心霊スポット、自殺の名所などには呪いが吹き溜る。
今回指定の場所で呪霊が確認されたのも、そんな曰く付きの一ヶ所に過ぎない。与えられた情報を元に純が補助監督の霜島と共に向かうのは、地元では有名な心霊スポット。町外れの森の奥、忽然と佇んでいる不気味な雰囲気を醸した古民家の画像を見つめながら、純は車の後部座席で小さなため息を吐いた。

「橘華さんが来るまで、亡くなった三人のご遺族にお話を伺ったんですが…。三人共同じ宗教団体の信者だったそうで、週に二度の集会には必ず出席していたそうです」
『宗教団体かぁ…となると、悪質な呪詛師絡みかもしれませんね』
「はい。その線かなり濃厚だと思います…」

教祖は温厚な性格の持ち主で、誰に対しても分け隔てなく接する物腰の柔らかい人物だと近所からの評判も厚かったという。しかしその一方では謎の多い宗教活動を用いて半年足らずで100人近くの信者を集めた、"人たらし"の一面持ち合わせていると霧島はハンドルを緩やかに回しながら説明した。

『教祖が呪詛師の可能性は?』
「探ろうにも信者以外には一切の活動内容は非公表。こっちは緊急事態なんで信者になりすまして潜入捜査する時間もなくて…」
『そうですか。どちらにしても可能性は0ではない…か』
「ですね…。生死不明の京都高の生徒に関しても、情報はなくて」
『……(嫌な予感するなぁ)』

眉間にシワを寄せ、はっと携帯画面から視線を上げた純が運転席のシートに手を置き『霧島さん止まって!』と慌ただしく声をかける。急なことに「えっ?」と目を見開き半ば反射的にブレーキを踏むと、二人の体が前後にしなり車が急停車した。

「な、なんですかっ?」
『目的地までまだ距離ありますよね?』
「あ、えっと…約3km強あります…」
『ここまで呪いの気配が届いてる…』
「え!?…私何も感じないですけど…」

時刻はまだ15時過ぎだというにも関わらず、人、車通りの全くない少しばかり荒れた道は両側が森に面していて、後少し進めば獣道に変わるだろう。純はフロントガラスから上空を確認し、渋い表情を浮かべている霧島の肩に手を置き口を開いた。

『霧島さん、ここからは私一人で向かいます』
「はっ!?橘華さん本気で言ってます!?」
『思ってた以上に呪霊の気配が強いしそれに…』
「それに…?」
『霧島さんを守りながら戦う余裕がないかもしれないので』

もしも…。
もしもこの先に待つ呪霊が変態を遂げるタイプの呪いだとしたら…、二級どころの話しではない。ここまで届く禍々しい憎悪の気配は恐らく一級…いや、特級にすら匹敵する代物ではないかと純の体にじんわりと汗が滲んだ。一時間経っても戻らない場合には、至急高専に連絡。特級呪術師の派遣要請を行うよう指示を出し、霧島の制止を無視して車から降りた。と、その時…。

『…?』

手に持っていた携帯が震え、画面を確認するとそこには五条悟の名前が表示されている。こんな時になんだと思いながら電話に出ると、「"ワンコールで出ろよクソが!"」と緊張感を削ぐ罵声が飛んできた。

『いや、今任務中で…(クソって言った)』
「"今どこにいる?"」
『は?え、今はあの…秋田県ですけど』
「"ちげーよ!呪霊の近くにいんのかって聞いてんだよ!"」
『なんでキレてるんですかっ。近くっちゃ近くですけど、それが何…』
「"俺が行くまで待機してろ"」
『はっ?』

予想だにしていなかった五条の言葉に、素っ頓狂な声をあげ表情を歪める。心配そうに車から降りて来た霧島が、大丈夫ですか?と歩み寄って来るのをやんわりと静止し頭を下げた。

『こっち来るまであと何時間かかると思ってんですかっ』
「"いいから待機。従わなかったら殺す"」
『呪霊を祓おうって時に殺すとか言うのやめて下さい』
「"いいから一旦退け。あと30分くらいで着くから"」
『えっ!?30分!?』

相変わらず理解し難い力を持ち合わせている五条悟のチートさには恐れ入る。というか気味が悪い。純がどうしたものかと思考を巡らせ空を見上げたその時だった。

『……!!っ、霧島さん伏せて!!』
「っ!?!?」

森の奥から鋭く尖った黒い物体が飛んで来て、車の前に立っていた霧島を貫こうとしたのは。

「"…おい"」

乱れる電波のせいで途切れ途切れだが聞こえて来るのは、純と霧島の慌ただしい声と術式を使ったであろうノイズ音。五条は携帯を耳に当てたまま表情を歪め、もどかし気に奥歯を噛んだ。

『…霧島さん大丈夫ですかっ?』
「は、はははいっ…!すみませんっ…」
『(かなり攻撃が重い…やっぱりこれは…)』

霧島が恐怖のあまり固く閉じた目を恐る恐る開けると、目の前の空間が蜃気楼のように歪んでいて黒く鋭利な物体を堰き止める防壁の役割を果たしていた。ウ"ウ"ゥ"ッとノイズのような音が聞こえたかと思えば歪んだ空間が物体を吸収して消滅する。一瞬時間が止まったかのように見えたのは、気のせいではないのだろうかと霧島の中で疑問が浮かんだ。

『霧島さんすぐ退いて下さい。想像以上に敵が強いです』
「で、でも橘華さんはっ…」
『私は大丈夫です。応援もすぐに来てくれるみたいですから』
「応援…?」

霧島の肩に手を置いて、この場に相応しくないほど綺麗な笑顔を浮かべた純が落とした携帯を拾い画面を確認する。まだ通話は繋がっているようで、再度霧島に指示を出すと地面を軽く蹴り空高く飛び上がった。

『やっぱり先向かいます、私が退いたら霧島さんも狙われるんで』
「"(無事か…)一級案件だぞ。…特級になる可能性だってある"」
『予想はしてたんですけど、やっぱ等級引き上がったんですね…』
「"は?お前聞いてねぇの?"」
『上層部から嫌がらせ受けてます?私…』
「"(…あの老いぼれ共…マジで潰す)"」

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ深い溜息を吐き、広大な森林全体を見下ろせる高さで止まり浮遊する。先程まで自分たちがいた場所から森を抜けた先に広がる草原地帯。その一角に佇む不自然なまでに異様な流れを生んでいる古民家を視界におさめると、純は躊躇することなく降下を開始した。

ードゥッ…!!

『っ!?えっ…?』
「"どうした?"」
『…帳が、降りてく…』

不穏な空気。
ドス黒い殺意と憎悪。
凄まじい死の臭いがまとわりつくように吹き荒れて、純の体を通り抜けた。そしてー。

「イギャギャギャギャギャギャッ」
『え……』
「死ッ…ネッ!!!」

黒光する鋼のように硬い拳。剥き出しになった大きな白眼、鋭く尖った歯はガキンガキンッと金属音を立てながら、人語を解した呪霊は純の体をいとも簡単に地面へと叩き落とし快楽の笑みを浮かべた。

「……純?」


*painted in black-対峙
(電話越しに響く無情な電子音。
最後に聞こえたのは、彼女の小さな悲鳴だった。)



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