『あぁヤバいっ…!また携帯壊れたっ』

叩き落とされる既(すんで)に張った念動力の防御壁。純の体を円形の膜が包み込み、かなりの高さから落下したが塵一つ付けずに無傷のままで立ち上がった。不意をつかれた一撃だったが、彼女にとっては背中を強く押された程度の衝撃に過ぎない。
何故なら橘華純は、日々の鍛錬と称した強圧的な受け身の練習(嫌がらせ)を…五条悟から受けているから。

「素晴らしいぞ!一級呪霊よっ…!」
『…?』
「やはり贄は生きた人間に限るなぁっ…」
『(あの男…霧島さんの言ってた教祖か…)』
「そのまま術師を抹殺しっ、吸収するのだっ」

廃墟同然の古民家の中から拍手喝采で姿を現したのは、白い顎髭を蓄えた中肉中背の黒装束の男。霧島に見せてもらっていた写真と容姿が酷似していた為、黒幕はやはり教祖だったのかと確信を得る。呪霊を称賛する言葉を吐き出しながら両手を広げるその姿は異様な狂気に満ちていて、土煙が立ち込める中で舌打ちした純は防壁を解除して素早く地面を蹴り飛び上がった。

「ほぅ…。無傷か。(あの"少年術師"よりはできるようだな)」
『あんたはあとで殺す』
「叶わんさ。貴様はここで"彼の一部"となるのだから!」

視線は目の前にいる呪霊に向けたまま、意識は呪詛師にも向け警戒する。ここで一体何が行われていたかは定かでは無いが、経験則から予想するに恐らく… 出自不明の一級又は特級相当の呪物を使用しそこから発生した呪いを成長させるため集めた信者たちを誑(たぶら)かし『生きた人間』を贄にしていたのだろう。
少なくとも既に三人、そして呪霊と男以外の気配を感じないところからすると右京遊馬もあの呪霊に取り込まれた後だろう。
しかし彼は呪術師だ。
何らかの方法を用いて0.1%でも生存の確率を有しているのなら…。

「死ナナカッタ…オマ、エ…強イカ?」
『…(聞き間違いじゃ無い。この呪霊、人の言葉を…)』
「オマエヲ喰エバ、モット強クナレルッ」
『二級どころか特級案件じゃないのこれは…』
「コロッ…殺シタイ。…殺、ス…イィ?」
『いいけど、私を殺してもどのみちアンタは死ぬよ』

だってあと20分もすれば…。

「ヒヒッ」
『私以上に性格の悪い術師がアンタを祓いに来る』

呪力を流した純の両手に灯る円形の光。ヴヴッとノイズ音を立てながら一瞬のうちに圧縮すると、それを弾丸のようにバシュッ!と放つ。橘華純が有する最速の遠距離攻撃『ミラ(型変光星)』。光と同等の速度で飛んでいく圧縮された念動力は、五条悟以外目視不可、相殺不可能である。(呪力での防御は可能)
故に、気づいた時には体に大きな空洞が生まれる。

「…!」
『(人間を喰らい成長する呪霊…)』
「!?」
『(…呪力量からしてもギリ一級ってところだけど…)』
「ヒギャッ!」

呪霊の黒い体に穴が開き、一瞬のうちに背後へと回った純の鉛のように重く痛烈な両足蹴りが勢いよく呪霊の体を地面へと叩き落とした。ドーンッ!という爆発音が響き、さっきの仕返しだと呟きながら純は降下し地に足をついた。

「アメージング!強い術師は大歓迎だよっ」
『(こいつ、呪霊の成長を喜んでるの…?)』
「君より先に来た少年はあっという間に彼の一部になったからね」

気持ちの悪い悦な笑みを浮かべた教祖の言葉に純の口角がわずかに下がる。

『……目的は何?』
「私の望みはただ一つ。…"呪が享受する世界"を創ることだ」
『…は?』
「その為には、君のように強い術師は邪魔なんだよ」
『さっき、歓迎されたばかりだけど』
「ははははっ!それは彼の一部となる稀少な食材は、という意味だ」

ードウッ!!

まるで航空機が突っ込んできたような速度と衝撃が純を襲う。瞬時に両手を前へ突き出し防御壁を張ると、念動力の膜と呪霊の生えきっていないイビツな腕がぶつかり互いの体が数メートル後方へと吹き飛んだ。
人型ではない、未完成の黒い体はボコボコと肉塊が浮き出ていて、顔半分以上ある肥大化した左目がギョロギョロと動き純の存在を追う。

『さっきの攻撃で傷一つ付いてない…硬いな…』
「イギァアッ!」
『でもなんとかあと18分で祓いたいっ…じゃないと…』

念動力を足裏に集中させて軽く地を蹴ると、純の体が一瞬で呪霊の目の前まで移動する。先程もこの要領で背後へと回り一撃を浴びせたが、今度はより確実なダメージを与えるべく振りかざした右手に念動力を収束し、込められる力を最大限に込め、撃つ!

『…黒閃っ!!!!』
「…!!!」

打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪みを指す『黒閃』。衝突の際はその名の通り、黒く光った呪力が稲妻の如く迸り、平均で通常時の2.5乗の威力という驚異的な攻撃を叩き込めるのだが…。

『失敗!!!』
「ガッ!!!」

あくまでも自然現象である黒閃は、やはり狙って出せるものではないと実感しながらも、念動力のこもった拳を呪霊の頭部に叩きつける。そこから一瞬の怯みを見逃さず、目にも留まらぬ速さで顎を叩き、腹部に回し蹴りを命中させ仰け反った体にゼロ距離でミラを撃ち込んだ。

ードガァァァンッ!!

『あと、16分…っ』
「ガフッ…」

地面を抉りながら吹き飛ばされた呪霊の体が古民家を破壊し地を揺らす。手応えからしてまだ祓えていないと分かっている純は、追撃をかけるため再び瞬間移動をしようと足裏に呪力を流す。が、その刹那…背筋が凍るような憎悪の気配に体がぴたりとフリーズした。

「フフッ…ハハハハッ…ハハハハハハッ!!」
『………(呪霊の気配が…)』
「やはり術師だなっ!呪力で守っていた少年の魂がたった今っ、完全に取り込まれ彼の力となったのだ!素晴らしい!エクセレントッ!!術師は良材…今の今まで戦っていた呪霊の非ではないぞ」
『………』
「さぁ、どうする?…呪術師…っ…?」
『なっ……!』

教祖の口角が上がり、愉悦の表情を浮かべながら両手を広げたその瞬間。変態を遂げた呪霊の鋭く尖った大きな歯が教祖の頭を噛み砕き、肉を貪り絶命させた。ダラダラと血だらけの肉塊を散らしながら、両ふくらはぎから下だけを残し呪霊は純に視線を向ける。

『…縛りが解けて使役できなくなったわけか…(マズイ)』
「ハァァァァ…」
『あと15分…。倒すどころか、私が持つかな…』
「次はオマエを殺ス」




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