「悟」
「あ?」
「お前、一年の橘華を知ってるか?」
「知らね」

純が二階級特進を果たす際、彼女のポテンシャル強化に五条悟という問題児を推薦したのは当時2年の担任であった夜蛾正道その人であった。話を振られた時は面倒だし興味も湧かず無視しようと思っていたのだが、彼女の同級生である七海健人から話を聞くと意外にも好奇心がくすぐられた。夜蛾が五条に話を振らなくともいずれは目を付けられていたに違いないが、こうして純の悲惨な高専生活の幕が上がったのだ。

『五条先輩っ……もうしんどいです…っ』
「はい、もういっちょ〜」
『え、ちょっ…人の話を聞けえぇぇぇっ!!ギャーッ!』
「へへへへっ。ウケる」

一年生の純にとって、特級呪術師 五条悟との日々の鍛錬は…、

『硝子先輩、夏油先輩ヘルプ!アレに殺されます!』

毎秒死の宣告を喰らっているようなものだった。

「「ファイトッ、純!」」
『(ピキッ…。この二人っ…)』


**

現二級術師が特級相手に無傷で済むとは思っていない。
それでも敵の体を半分再起不能にまで追い込み、領域まで展開しようとした純のポテンシャルはやはり見込み以上だったと彼女に強制的な鍛錬をつけ続けてきた五条は口角を釣り上げた。

「純ボロボロじゃん。ウケるね〜」
『……私の滲んだ涙、返してください』
「冗談冗談。大丈夫?」

サングラス越しの六眼に見下され、少しでも期待した自分を呪った。やれやれとしゃがみ込んだ五条が純の頬についた土か血かよく分からない汚れを拭うと、そのまま頭をポンポンと軽く叩き「頑張ったな」と優しい笑みを浮かべた。

『…でも…祓え、なかった…』
「特級だろ、アレ。しかも生きた人間を食って成長する稀な…」
『五条先輩みたいに…強くないからっ……』
「…………」
『彼を、助けられなかった…ぅっ…ごめんなさいっ…』

悔しそうに唇を噛み締め、涙を流す純を見つめる五条。初めから死んだも同然の右京遊馬の生存に望みを抱いていたのなんて、純以外にいないだろう。自分だったら迷うことなく諦めている。どこまでいってもお人好しな女だなと内心呟き、意識を手放そうとしている後輩の体をそっと抱き上げ一瞬でその場から姿を消した。

ー同時刻。現場から3km離れた国道沿い。

「…っ!?また帳が降りたっ…橘華さん全然連絡付かないしっ、これ緊急事態なんじゃっ…」

脇道に車を停車させ、待機していた補助監督の霧島は再び現れた帳に驚き車から急いで降りる。数十分前から全く連絡のつかなくなってしまった携帯を片手に、冷や汗を垂らし表情を歪め、いよいよ高専へ連絡を入れようかと考えていたその時だった。

「霧島」
「へっ…?って、えっ!?えぇえっ!?ご、五条悟っ!?」

何でここに居るの!?と何の前触れも連絡もなしに突然フワッと現れた五条の姿に、切長の瞳をこれでもかというくらい見開き驚愕する。そんな彼女をよそに後部座席のドアを開けろと指示を出すと、五条の腕に抱かれ気を失っている純がいることに霧島の心臓がどくんっと大きく脈打った。

「橘華さんっ!?…え、やだっ、死っ…」
「死んでない。気絶してるだけ」
「す、すぐ病院へ連れて行きますっ!」
「あー、いや。ホテルまで運んどいて」
「は?でも酷い怪我ですよっ。すぐ手当てしないと!」
「大丈夫」
「…!?(またこの人は…何を根拠にそんなことっ…)」

何の説明もないまま大きな体を折り曲げて、後部座席に純の体をそっと寝かせる。

「あの、五条さん…彼女がここまで追い込まれていて貴方がここにいるってことは…その相手(呪霊)…まさか」
「ああ、特級に"なった"」
「…っ、と、特級になった!?二級呪霊からっ?」

まあ、そうゆうこと。と特に驚いている様子もなく、余裕すら感じられる口調で答えると、自分の着ている制服を脱ぎ純の体にかけてから車のドアを閉めた。

「じゃ、あとよろしく」
「え、あとよろしくって…五条さんはっ?」
「後始末」
「なっ…まだ生きてるんですか!?」
「お前さっきから質問多いよ。いいから早く行けって」
「(あんたが何も言わないからでしょうがっ…)わ、分かりました」

「めんどくせえ」という文字が顔に浮き出ているような表情を浮かべ、五条は車から離れスタスタと歩き出す。年下のくせに最強だからってクソ生意気!と腹を立てながら、霧島が運転席に乗り込もうとすると…。

「あ、霧島!」
「え、あ、はいっ…?」
「安全運転しろよ。そいつ俺の彼女だから扱いには気をつけて」
「………(な!な!な!なにィィィィ!?!?)」
「じゃね〜」

完全にフリーズしている霧島にひらひらと手を振って、五条はその場から姿を消した。




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