木の幹に打ち付けられた呪霊の頭と胴体が、与えられた衝撃により引きちぎれ、ボトッと鈍い音を立て落下する。頭部からは夥しい量の血がダラダラと流れ、三つあるうちの二つの眼は完全に潰され見るも無惨な姿と化していた。

「ナメた真似しやがって…」

頭部だけとなった呪霊の目の前に移動して、残された一番大きな紅い眼を鷲掴みにする五条。片足で顔面を押さえつけながら、それを無理矢理引きちぎろうと力を込める。成す術なく悲痛の呻きを上げるしかない呪霊に対し特段表情を変えることなく、行為は進む。

「いつもなら、お前みたいな雑魚は一瞬で殺すんだけどさぁ」
「グガッ、ギッ…ガ…グッ」
「今俺、虫の居所がどうにも悪い。解るか?お前をぐちゃぐちゃにしてやらなきゃ気が済まなかった」

上がる血飛沫に肉が引きちぎられていく生々しい音が静かに響く。

「ギギ、ガッ…グ…女…オンナ、ヲッ…」
「ああ?」
「…食ワセッ…吸収サセッ…ロ…」
「変態か?なに言ってんのか分かんねぇよ」

ーブチッ…!!!



PM.19:40
秋田県 北秋田市某ホテル。109号室。

「"で?純は?"」
「無事。折れた骨も治ってるし、外傷もほぼ完治」
「"え…完治?マジで?それってまさか…"」
「そ!"反転術式!"しかもほぼ無意識でやってるっぽいんだよね」
「"へぇ〜。やっぱ純すげ〜"」
「まぁ9割俺の指導の賜物だけどなー」
「"はははー、それはねぇわ。つーか声がニヤニヤしててキモい"」

純が穏やかな寝息を立てて眠っているベッドの縁に座り、後輩の安否を気にかけていた家入に任務完了と純の無事を報告している五条。結果としては最後まで戦い抜くことはできなかったが、命の危機に瀕した中で新しく得た力は今後の純にとっては大きな収穫となった。これまで手を掛けてきた分(一方的なパワハラ)、五条にとっても喜ばしい成長である。

「"でもホント、間に合ってよかったよ"」
「俺がヘマすると思うか?」
「"遅刻魔が偉そうに。で、明日帰ってくんの?"」
「え?帰んないよ。もう一泊してから帰る」
「"は?何で?一応純の診察したいんだけど"」
「何でって、秋田観光するから。純と一緒に」
「"…………"」

さも当然の権利!と主張しているかのような五条の言葉に、電話越しの家入がタバコの煙をフーッと吐き出し「"金萬買って来い。あんたの金で"」と吐き捨てた。

「じゃっ、俺は純の看病あるから切るわ」
「"ふざけんな部屋分けろよ変態が"」
「え?何だって?電波が……あー、もしもーし」
「"うざっ。絶対ワザとじゃん"」
「上になんか言われたらテキトー言っといて。じゃね〜」

プツッ……ツー、ツー、ツー…。
強制的に切られた通話終了の画面を見つめながら、家入はタバコの灰を落とし鼻で笑い穏やかな表情を浮かべた。

「修学旅行中のガキみたい」



「(純…)」

………?

「(純、大丈夫?)」

………?

「(まだ痛い?泣かないで。今治してあげるから)」

……子供の、声?

「(純は強い子だから、がまんできるよね?)」

……だ…れ?

「(大丈夫だよ。ボクがついてる)」
『うっ……うっ…ぅうっ…』

……泣いてるのは…私…かな…。
分からない。…何も見えないの…。
ただ、体中が優しい温もりに包まれていて、とても心地良いのは分かる。…まるで、母親の腕に抱かれおひさまの陽を浴びながらスヤスヤと安眠している赤子にでもなったみたいな…そんな心地良さ。

「(…泣かないで、純。ボクなら平気だよ)」
『うっ……ひくっ……』
「(さあ、お行き?いつまでも泣いてちゃダメだ)」
『…でもっ……こわかったのっ…しんじゃったらって…』
「(ん、そうだね。でも、純にはボクが"在る"。だから涙をふいて、またたくさん人をたすけるんだ)」
『……っ……(コクッ)』
「(ボクはいつでも、純の味方だよ)」


透き通るような汚れのない幼子の手が、純の頬を優しく包んだ。レディッシュブラウンの綺麗な瞳が僅かに見えて…。

『………にぃ……さん……』
「…………」

自分の腕に抱かれて眠る純の瞳から流れた涙と呟かれたその言葉に、五条は閉じていた眼をゆっくりと開いた。


*painted in black-夢



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