『イタチって、好きな子とかいるの?』
「…………」

いつもと変わらない穏やかな表情で首を傾げるリクハ。予想もしていなかったその問いかけに、イタチの心臓が大きく脈打ち一瞬時が止まったような感覚に陥った。が、そこは流石のイタチ。すぐに平然とした態度を装うとリクハから視線を反らして両膝の上に腕を置いて手を組んだ。
言うべきか、言わないべきか…この数秒の間にイタチの内々で凄まじい論争が繰り広げられ小さなため息の後に出た言葉は…。

「ああ、いるよ」

正直な、今の気持ちだった。



うちは一族の中でも優秀で天才のあのイタチが想いを寄せている相手とは一体誰なのかと、そんなことをここ数日悶々と考え込んでしまっている。今日の空は雲一つない快晴だというのにも関わらず、リクハの心は連日曇り空のようで何度目かもわからない溜息を吐いた。

『はぁ〜〜』
「おい…オレの幸せまで吸い取りそうな溜息吐くなよ」
『だってオビトさ〜ん…』
「ああ?」
『イタチってば、頑なに教えてくれないんですもん』
「それが普通の反応だ」
『え〜〜〜…』
「自分の好いてる奴の名前ベラベラ言うわけねぇだろ」
『だってオビトさんはいつもリンリンリンリン言ってるじゃないですか』
「言ってねーよ!」

今日もうちはの演習場は騒がしい。様々な忍術や忍具がぶつかり合う音が響き、まだ始まって2時間程しか経っていないが既に数十人のケガ人を手当てした。少し休憩しようと思い医療テントの近くにあるベンチに座り考え事をしていると、「リクハ」と自分の名を呼ぶ声がして視線を向ければオビトが歩み寄って来るところだった。話をしたくてもシスイは熱心に若手を指導しているし、割と恋愛の話も普通にできるオビトになら相談できるなと思い神妙な面持ちで伝えてみると、意外にも「話してみろ」と受け入れてくれた。

「今日はリン居なかった…」
『ほらまたリンって言いましたよ』
「う"っ…」
『ちなみに、午後から来ます』

本当に大好きなんだなぁと苦笑いを浮かべながらリンが来ることを教えてやると、今の今までどこか元気のなかったオビトの表情がパァっと輝く。なんて素直で単純なんだろうと可愛ささえ感じた。

「この間まで恋愛経験0だった超鈍感娘が急に乙女モード全開か?」
『さらっと酷いこと言いますね』
「本当のことだろうが」

欠伸をしながら背もたれに寄りかかり、片腕を回すオビト。その隣で渋い表情を浮かべるリクハ。

『別に乙女モード全開じゃないんです』
「だからアレだろ?今まで何でも打ち明け合ってきた幼馴染のイタチに隠し事されたってところで引っ掛かってんだろ?」
『はい…』
「察してやれよそれくらい」

呆れながらにそう言うと、納得いかない表情を返された。

『オビトさんだって、リンさんに隠し事されたら知りたいって思いません?』
「バカ言え。オレは紳士だからそんなことは…」
『思いません??』

大人ぶろうとしたがリクハの威圧的な視線にやられ、意図も簡単に本音が引き出される。

「……思う。思うな!」
『ですよねっ』
「オレも一日中考えるタイプだ」

変なところで意気投合しなぜかハイタッチをする。あのイタチが好きになるくらいの女の子なわけだから、さぞかし完璧な子なんだろうと話すリクハ。誰がどう見たってイタチはお前に惚れてるだろ…とは口が裂けても言えずオビトはこの鈍感さに苦笑いを浮かべた。シスイもカカシもオビトも、弟のサスケですら一目瞭然なのにだ。

『いずみちゃんかな…』
「誰だ?」
『同期の子です。うちは一族の』
「知らないな」
『むしろオビトさんってリンさん以外のくノ一の顔と名前分からないでしょ』
「お前失礼だな〜っ。そうゆうとこカカシに似てきたぞ」
『え、イヤです』

何か話す度に話が脱線していく二人。

「で?その子がなんだって?」
『頭もいいし、忍術もできるし、女の子の中の女の子って感じで可愛いんです』
「へー。まさにリンだな」
『オビトさん本当リンリンリンリンうるさい』
「その言い方やめろよ!」

一途なのはいいがここまで来ると若干引いてしまう。ジト目でオビトを見つめれば同じような視線で睨まれた。

『そもそもイタチは、どんな子がタイプなんでしょう?』
「あー…そうだな〜…う〜ん」

顎に手を当てリクハをじぃーっと見つめるオビト。いざどんなタイプかと聞かれてしまうとリクハをどうまとめ上げればいいのか迷ってしまう。シスイがいればさくっと答えてくれそうなのだが…今彼は物凄く真剣な表情で若手を指導している。

「お、お前みたいな奴とか!」
『え?』

もっとイタチを意識してくれればと願いを込めて遠回しにそう言ってみるオビト。普通の女の子ならここで多少は意識をするだろうし、喜ぶところなのだろう。しかし超鈍感なリクハは『一番ありえないですね』とあははと笑いながらそう言った。

『絶対私ではないです』
「…なんでだよ」
『料理できないし、いつも泥だらけだし、怪力なのバレてるし、おっちょこちょいだし…』
「怪力は関係ないだろ」

一時期綱手に気に入られて、強制的に叩き込まれた馬鹿力。その見た目からでは想像もつかないが、リクハが拳で地面を叩き割るなんて造作も無い。

『そもそも、私女に見えますか?可愛げないですよね』
「リンよりはない!」
『リンさんと比べないでくださいよ!』
「オレの基準は全部リンだから」
『かっこつけて言ってますけど正直ちょっと引きます…』

ジト目でオビトを見つめると「引くなよ」と頭を小突かれた。

「安心しろリクハ」
『何をですか?』
「女は愛嬌だ。料理ができなかろうが、修行で泥だらけになろうが、怪力だろうが関係ない!可愛げが多少なくたって、お前には愛嬌がある」
『…!!!』
「リンにもある」
『オビトさんっ』
「少しドジな方が、男は可愛いって感じるもんだ」

オビトの言葉に感動し、大きな目をキラキラと輝かせるリクハにグッと親指を立て「イタチもきっとそうゆう女が好きなはずだ!」と付け足した瞬間、目の前を黒い何かが通過して更にリクハとオビトの間を裂くようにしてベンチに数本のクナイがシュドドドドッと勢いよく突き刺さった。
一体何事だと思い飛んできた方に視線を向けたのだが、既に瞬身で目の前まで来ていたイタチが黒い笑みを浮かべてワザとらしくクナイを抜き取っていく。嫌な予感しかせず冷や汗をかくオビト。

「すみません。手元が狂って」
「……へ、へぇ〜。…お前が?手裏剣術で?」
「ええ。気が立つとたまにあるんです。オレもまだまだ未熟ですね」
「…あ、ああ…だよな。ある。オレもたまにあるから…」

イタチが手裏剣術で失敗することなどまずあり得ないわけで、絶対にワザと…と言うより狙ってやったんだろうなとその行動に恐怖を感じたオビト。優しい性格の持ち主こそ怒らせると一番怖いタイプだということを再確認する。

「リクハ」
『び、びっくりした…。イタチがミスするなんて珍しいね…』
「驚かせて悪かった。どこも怪我してないよな?」
『私は全然平気だけど…』
「なら良かった」

一方のリクハは本当にただイタチがミスしただけだと思っているらしく、心底驚いた表情を浮かべて抜き取ったクナイをイタチに手渡している。なんでそこまで気づかないんだ!と内心ツッコミを入れるオビトの叫びは虚しく届かない。不自然なまでの綺麗な笑みを浮かべるイタチから伝わってくるトゲのある殺気のようなものに、声をかけるんじゃなかったと後悔した。

「リクハ、少し組手の相手をしてくれないか」
『え、私?』
「ああ。たまにはいいだろ?」
『別に構わないけど…。私組手は…』
「いいからほら、行くぞ」

座っていたリクハの両手を取って強制的に立ち上がらせ、軽く背中を押して「先に行け」と合図を送る。首を傾げながら自分が相手でいいのだろうかと考え歩き出したリクハを確認すると、イタチはもう一度オビトに向き直りほぼ無表情のままその瞳を見つめた。

「…なんだよ」
「オビトさん」
「おう…」

何を考えているのか分からない表情。一体何を言われるのかとドキドキしていると、イタチがスッと入り口の方を親指で指差したものだから顔だけを少しだけ動かすと…そこには。

「…リン」
「オレも」
「え?」
「オレもずっと前から、片想いのままです」

小さく俯き苦笑いを浮かべるイタチに、オビトは少しだけ驚きイタチを見つめる。

「リクハがオビトさんを応援してるって言ってたから…オレも、影ながら応援してます」
「イタチッ…おまっ…」
「失礼します」

女顔負けの綺麗な笑みを浮かべそう言ったイタチに、オビトは感動のあまり心の中でイタチの名前を叫んだのだった。

「リクハ」
『オビトさんと何話してたの?』
「ん?…お前は愛嬌があって可愛いって話をしてた」
『え……まさか全部聞こえてたの…?』
「さあ、なんの話だ?」


その気持ちにづけるように
(オビト?…なんで泣いてるの?)
(…な"、なん"でも"ない"っ…)


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