池の水面に写り込んだ自分は、なんとも情けない表情を浮かべていた。
「………」
漆黒の瞳の奥にある紅の双眼を感じると、面の男に殺された仲間の最期が脳裏に浮かび上がる。そして、幾度となく繰り返している葛藤が始まるのだ。
うちは一族の人間にとって、写輪眼の開眼はその背景とは裏腹に祝福を受けるが、イタチの胸の奥で膨れ上がる感情は、その価値観に対する違和感だ。人が死に、赤い血が流れ、強制的に断たれてしまった命を糧にして宿ったこの眼にどうして祝福の言葉をかけることができるだろうかと。
八歳にしてその重さを知ったイタチにとって、一連の出来事は心に深い傷跡を残していった。
『…魚の観察してるの?イタチ』
「え…?」
『そんな趣味あったっけ?』
「…っ、リクハ…!?」
突然背後から声がして、ハッと我にかえると水面には見知った幼馴染の姿が映り込んでいた。いつもなら気配に気づけるはずなのに、その余裕をなくす程考え込んでしまっていたらしい。気付いた時にはリクハの存在に驚いている自分がいた。
『ふふっ。全然気づかなかったね』
「悪いリクハ。声かけてくれればいいのに」
『ううん、いいの。何してたの?』
「いや…特に何も…。考え事をしてただけだ」
そう言って自分に向けられたイタチの笑顔を見た瞬間、それが無理をして浮かべた作り笑いだとすぐに分かった。それはずっと、幼馴染として付き合ってきたリクハだからこそ気づける本当に微妙な変化だ。
『そっか。隣座ってもいい?』
「もちろん」
『お団子買って来たから一緒に食べよ』
「え…」
『三色団子。イタチの好物』
「覚えてたのか?」
『ちゃ、ちゃんと覚えてるよっ』
少し意外そうな表情を浮かべたイタチの隣に腰を下ろし、心外だな〜と呟きながら袋から団子を取り出し手渡した。
『はい』
「ありがとう、リクハ」
穏やかな表情を浮かべて好物の団子を頬張ったイタチの姿はいつもと何も変わらなくて、少しだけだが安堵できた。しかし、それでもやはり元気がないのは伝わってくる。
『イタチ』
「ん?」
『眼の具合どう?うずいたりしてない?』
じーっと自分の目を見つめてくるリクハに少しだけ切なそうな表情を浮かべて「大丈夫」と返すイタチ。医療忍術を極めている視点からも彼のことを心配しているのだ。
そう言えばリクハに写輪眼の開眼を伝えた時、彼女は喜ぶ様子を一切見せなかった。それはその背景を自分と似た価値観で理解してくれているからなのだろうかと生まれた淡い期待。もしそうだとしたら、今のこの葛藤をリクハとなら共有できるとイタチは思った。
『班の編成があるって聞いた?』
「ああ。…どうなるかは解らないが」
『一緒の班になったりして』
「それは難しいな…そうなれば嬉しいけど」
『私も嬉しいな』
担当上忍である水無月の班に所属していたイタチだが、今回の事件を経て三代目が小規模な班編成をし直すと指示を出したのだ。今の班に不満があるわけではないけれど、二人一緒の班になれたらどれほど有意義だろうという思いはある。
『シンコさん、忍辞めるって聞いたよ』
「ああ。みたいだ。…無理もないさ」
『イタチは?』
「え?」
『イタチも忍を辞めたいって、そう思った?』
視線を伏せてそう言ったリクハの問いかけに、イタチは若干表情を歪めて「思わなかった…」と短く答えた。
「むしろ、逆のことを思った」
『…逆のこと?』
「そう。…もっと、力が欲しいって…」
『……イタチ』
「オレに力があれば…あんなことにはならなかった」
シスイ同様、イタチも自分の力のなさに無力さを感じていた。テンマが死んだのはイタチのせいじゃない。けれど悔やんでいるのだろう。守れなかった自分の非力さや、どうすることもできない立場にいることを。膝の上で固く握られている拳がそんな思いを表していて、リクハは小さくため息をついた。
『…イタチ、彼が亡くなったのは自分のせいだって思ってるの?』
「………」
リクハの問いかけに俯き、無言の肯定を見せたイタチになんと言うか…酷くもどかしい気持ちが募った。真面目で責任感の強いイタチの事には、何を言っても気持ちや考えを変えることは難しいだろう。だが、リクハにはどうしても理解して欲しいことが一つだけあった。
『何でもそうやって、いつも一人で背負い込むよねイタチは』
「…そんなことはない」
『そんなことあるよ。今だってそうだよ?』
「オレは別に、全部を一人で背負い込んでるつもりは…」
ジト目で睨んでくるリクハに威圧され、視線を反らすイタチ。有無を言わせずといった感じで、口を開いたはいいが最後まで意見を述べることは出来なかった。リクハはそんなイタチの腕に手を添えて、訴えかけるように口を開いた。
『イタチが悪いんじゃないよ』
「……っ」
『どんなに力があったって守れないものはたくさんあるし…それは悪いことじゃない』
「リクハ…」
『命を救おうとして救えなかったことが悪いんじゃなくて…命を傷つけ合う、この忍の世の仕組みが原因なんだって…私はそう思う』
幼くも、他者とは違う感性を持った二人の抱く思いは子供とは思えない程先を見据えている。リクハも戦争や人の死を通して、普通なら見えない何かを感じ、察し、自分なりに悟ったのだろう。全ての根元が、この忍の世の成り立ちにあるということを。
「…オレも、リクハと同じ考えだ」
『だったら尚更、もっと頼ってよ』
「…え?」
『イタチのそうゆうところが、私はすごく心配なの』
「……リクハ」
『だから一人で背負い込まないでね。…約束』
花が咲いたようにふわりと微笑んだリクハを前に、ああ…一人じゃないんだと思うことができた。自分が本当に守りたいものは今目の前にいる幼馴染なんだと、強い想いが湧き上がる。イタチは熱くなる目頭を苦笑いを浮かべて誤魔化すと、リクハの頭を撫でて「ありがとう」と感謝の言葉を口にした。
それと同時に湧き上がって来たある感情が、イタチの想いを明確にした。
「リクハ…」
『なに?』
「こんな風に思うのは…すごく不謹慎だけど」
『うん』
リクハの言葉が決め手になったかは分からないが、イタチの視界が徐々にボヤけて抑えていた感情が溢れ出した。頭を撫でていた手をすっと下ろして頬に添えると、少し驚いたような表情のリクハと視線を重ねて口を開く。
「…リクハじゃなくて、本当によかった」
そう言ったイタチの頬に涙が伝い、リクハは驚きと心配が入り混じったような表情を浮かべる。
『え…イタチ、泣いて…っ』
「………」
『大丈夫っ?ごめん私、嫌なこと思い出させたっ?』
服の袖を引っ張り、幼馴染の涙を拭うリクハ。少し戸惑いながらもイタチの気持ちを考えるとこっちまでもらい泣きしてしまいそうで、表情が歪む。それでも自分が泣いてはいけないと思い『大丈夫だよ!』と必死に励ますと、イタチはリクハの名前を呟きながら首元に両手を回して小さな体を抱きしめた。
『イ、イタチ…?』
「リクハ…」
『…?』
「これからもずっと、オレのそばにいて…」
*想の向こう側
(にはいつも君の存在がある)
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