「神手」とは、仙波一族に与えられた血継限界である。
純白に輝く手があらゆる病を鎮め、傷を癒す。
神の身技とも称されてきたその力の始まりは、木ノ葉隠れ創立者である千住柱間やうちはマダラたちと共に戦乱の世を生き抜いた一人の忍にある。
名を、仙波ノカゼという。

「ねえさんと同じ姓だ…」

兄の留守中居室に入り、机の上にあった分厚い本をめくった。難しそうな文字の羅列と対面すると、書き出しには少しだけ知り得ている知識が記載されていた。

「………」

その力を扱うためには膨大なチャクラ量が必要不可欠で、並の忍びが有するチャクラ量では到底扱うことが出来ない。神手を扱う条件としては生まれつき多量のチャクラを保有する仙波一族の人間あることと、口寄せ動物の白孔雀と契約をすることだ。これらの条件を満たせるのは一族の中でも限られた者だけである。故に神手を扱える忍びはとても希少価値が高く、同時にその力を手に入れようと命を狙う輩も少なくはない。

「…リクハねえさんも、この力を持ってるのかな」

興味深く文字を追い、その未知な力を前にして幼いサスケは少しばかり目を輝かせた。



例の事件から二週間が過ぎた頃、リクハには護衛がつく運びとなった。
護衛といえば聞こえはいいが、要は暗部の監視下に置くことに変わりは無い。
今は火影室に呼び出され、その経緯説明をされているところだが、正直言って彼女の心はここに有らず。
目の前にある机の一点を見つめたまま、思考の世界に入り込んでしまっているようだ。誰から見ても話が完全に右から左へ流れている。窓の外を見つめながら煙管を吹かしている三代目には、まだその様子が見えていない。

「……」
『……』

重要な内容を話しているというのに呆然としている幼馴染を横目に見た後、三代目に視線を戻し左手を上げてその肩を揺らした。

『…!!』
「という経緯があり、イタチをしばらくの間暗部の主要任務から外し、お前の護衛に就かせる。良いな、イタチよ」
「はっ」

きちんとした動作で頭を下げ、示された任に対し強い意志のこもった返事を返したイタチ。一瞬の返事ではあったが、何故だかとても印象的だった。
その横で全く話を聞いていなかったリクハは苦い表情を浮かべ、暗部としてのイタチの姿勢に感化され少しばかり背筋を伸ばす。

「護衛中は暗部の面を外し、いつもの様に幼馴染として振る舞え。周りにあまり気取られぬようにな」
「分かっています」
「今回の件で現場にいたお前の父親には既に話は通してある。お前もその方が、何かと都合が良いだろう」
「…御心遣い、感謝します」
「リクハ、お前も良いな?」

白い煙を吐き出しながら振り返った三代目と視線が重なり、『はい』と短い返事を返したリクハ。ずっと信じてきた火影という存在を改めて目の前にすると、ハクセンから聞いた両親の話が脳裏でチラつき真意を問いただしたい思いが喉まで出かかる。

「くれぐれも用心を怠るなよ。イタチ、何かあれば直接ワシに報告しろ」
「了解しました」

が、当然それをせず言葉と思いを飲み込んだ。
口外しないことが、ハクセンとの約束だからだ。
そもそも、事を荒立てたいとも思ってはいない。

『あの…三代目』
「どうした」
『…一つだけ、お願いしたいことが』

余計な思考を押し殺し、リクハはどこか控え目に口を開いた。



幼馴染という間柄、常に一緒に居る自覚は互いにあるが、共に任務へ赴いたのは数えられる程だ。アカデミーを卒業して下忍になり、互いの班の仲間が一人死に、異例の再編成で同じ班になった。しかし二ヶ月も経たないうちにリクハは医療班の精鋭部隊に引き抜かれ、それ以来任務を共にすることは今日までなかった。しかしいざ戦いが始まると、幼い頃から共に修行してきた成果がそのまま現れる。互いを理解し合っている二人の動きは、この間の戦闘時においてもまさに一心同体という奴だった。

「…リクハ」
『ん?』
「里に居たくないのか?」
『……』

その問いに、苦笑いを浮かべる幼馴染。
無言の肯定だった。

「そうか」
『…気付いてたんだ』
「最近のお前の様子を見ていれば分かるさ」

イタチには隠し事が出来ない。
リクハが出来ない、というわけではなく、はなから通用しないのだ。昔から人の微細な感情の変化や動きに敏感で察しがいい。なんなら数手先まで相手の思考を読み取ってしまうくらいだ。そんな幼馴染に対して嘘や隠し事はしない方がいいと、シスイから度々言われていた。

「ハクセンから話を聞いた日から、ずっとそうだ」
『……』
「命を狙われ、恐怖心があるのは分かるが…何か別の理由があるんじゃないのか?」

そう言って、川沿いを歩いていたイタチの歩みが止まり、リクハも数歩先進んでから同じように立ち止まった。背後からイタチの視線を感じながら、瞳を伏せ溜息を吐き出す。いくら気丈に振る舞っても、イタチにはいつも全てを見透かされてしまう。

『敵の中には仙波一族の人間が居たって話も気がかりだって言ったでしょ?両親の死体が回収されてないこと、大蛇丸の関与…命を狙われてるって意外にも心配事が沢山あるの』

また、嘘をついた。

「………」

命を狙われるなど忍の道理。そんなことくらいでリクハが恐怖心を抱かないことは、幼馴染であるイタチが一番よく分かっている。
他にも気がかりだと言って並べられた理由には、具体性が感じられなかった。自分を誤魔化すために取ってつけたような説明にしか聞こえない。もっと別のことで、リクハは悩んでいるように見えるのだ。

『だから、大丈夫だよ』

そう言ってやっと振り返ったリクハは、心配をかけまいと無理をして笑っていた。イタチにしか分からない、微細な違い。その笑顔に胸の辺りが締め付けられるような感じがして、思わず幼馴染の名を口にすると困ったような表情が返ってきた。

『でも、里に居たくないのは本音。…任務に出れないと、ついいろんなことを考えちゃって落ち着かないの』
「だから三代目にあんな提案を?」
『イタチとのツーマンセルなら必ず承諾してくれると思ったから。ごめんね、迷惑かけて』
「…オレは構わないが、お前…本当に悩んでいるなら…」

自分に打ち明けて欲しい。
そう言葉をかけようとしたところで、リクハが無言で手招きをする姿が視界に映り込んだ。その姿はまるでデジャブを見ているようだと感じる。弟を呼ぶと時の自分の姿と重なって見えて、イタチは若干不安げな表情を浮かべてリクハの前まで歩み寄る。
そして…。

『許してイタチ。また、今度ね』
「…!」

リクハのすらりとした指先がイタチの額を小突き、離れていく。これ以上その話に触れないで欲しいという願いを込め、その場しのぎの行動でイタチの真似をして見せたリクハ。

『フフッ』
「お前……」

突然のことに驚き額に指先を重ねたイタチ。リクハはくすくすと笑いながら再び歩き出し、きっと納得のいかない表情を浮かべているであろう幼馴染をイメージしながら、心の中でごめんねと呟いた。

stay with you.
(ただ、君と一緒に…)



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