気持ちの整理が追いつかず、一晩中枕に顔をうずめて泣いた。
放心状態を抜け、やっと感情が動いたのだ。

『目が…』

幼かったとはいえ、本当のことを知らずに今まで過ごして来た自分の不甲斐なさや、未熟さがとても悔しかった。
両親に対する悲しみや憤りが入り混じった複雑な感情と、里の上層部に抱いた不信感がリクハの胸をかき乱し何とか理解しようと頭でいろいろ考えては見たものの…結果、先に心が悲鳴を上げた。
何の前触れもなくツーと頬を伝った涙は想像以上に止めどなく溢れ、朝になると目が腫れ充血していた。

『こんな事くらいで泣くなんて…』

情けない。と、鏡に写る自分自身に投げ捨てるように言葉を吐き出した。今日はこれからうちはの演習場に赴き、救護班の手伝いをする予定のリクハ。一足早く目を覚まし怪我人の治療にあたっているリンとやっと会えるというのに、こんな顔をしていては心配をかけるだけだ。
イタチとシスイが来ていれば尚のこと。
二人の気遣いを思うと気が重くなり、リクハは深い溜息を吐いて洗面台の蛇口を捻ると、冷水を両手に溜め顔を濡らした。



「オビト、包帯取ってくれる?」
「おうっ」

差し出されたリンの手に、オビトは嬉しそうに返事を返し真新しい包帯を乗せた。
あれから一週間が経ち、体調も怪我も以前の状態に戻った二人。今のところは何の異常もなく過ごせているようだ。一時はどうなることかと多くの人間が不安視していたが、その思いは一部の優秀な忍たちによって再び平穏へと導かれた。
ただ、全ての問題が解決したわけではなく、これは束の間の休息であると、オビトはリンの背中を見つめながら思っていた。

「オビト」
「ん?」
「カカシから聞いたよ」
「…な、何をだよ」
「私が眠ってる間、毎日治療室まで来て付き添ってくれてたって」
「!!!!」

受け取った包帯を銀色のトレーの上に乗せ、他にも医薬品などの準備をしながらそう言ったリンの表情はとても穏やかだ。カカシというワードに一瞬肝を冷やしたが、内容を聞き、途端に恥ずかしくなって口をへの字に曲げる。気恥ずかしそうに頬を赤くしたオビトは人差し指で頬を掻いた。

「と、当然のことをしただけだって」
「凄く心配してくれてたって、そう聞いたよ」
「だってお前、全然目覚さねぇから…だから…」
「ありがと」
「え…?」

自分の言葉に被せるようにして伝えられたリンからの感謝の言葉。逸らしていた視線をゆっくりと戻すと、リンは花が咲いたような笑顔を浮かべて「ありがとうオビト」ともう一度と改めてその言葉を口にした。
想いを寄せるリンの笑顔に魅せられ口をポカン…と開けてフリーズしたオビト。が、次の瞬間には感極まったような表情を浮かべ唇を噛み締めた。

「リンッ…」
「二人もケガしてたのに、心配かけちゃってごめんね」

リンの笑顔をまたこうして誰よりも近くで見れたことが嬉しくて、幸せで、目の奥から込み上げて来そうになるものを必死で堪えた。けれど気を緩めたら一気に溢れ出してしまいそうで、オビトはそんな情け無い姿を誤魔化すためにくしゃっとイタズラな笑みを浮かべリンに向かって親指を立てた。

「オレは絶ってぇ、諦めない男だからよ!」
「フフッ、そうね。うちはオビトだもんねっ」
「おうよっ」

笑顔でやり取りをする二人は今、とても良い雰囲気に包まれている。温かくて優しい、実に幸せそうなあの二人を見ていると、もう出ないだろうと思っていたハズの涙がポロポロと頬を伝って来たものだから自分自身でも驚いた。

『よかったねっ。よかったね、オビトさん…!』

ぐすっと鼻をすすり、二人の邪魔をしまいと物陰に身を潜めるリクハ。少し離れた場所から元気そうな姿を見れただけでも嬉しくて、既に感極まっている。服の裾で涙を拭おうとすると、タイミングよく背後から手が伸びて来て綺麗に折られたハンカチが姿を現す。なんて空気の読めるハンカチなんだと呑気なことを思いながらそれを手に取ると、聞き馴染みのある声が背後から聞こえて来た。
そこでやっと我に返り、背後へ体を反転させる。
するとそこには…。

「ねえさん!」
『!!』

ニコニコと太陽のような笑顔を浮かべ抱き着いて来るサスケと、穏やかな表情を浮かべた幼馴染の姿があった。

『サスケ、イタチッ…』
「ねぇ、もう体は大丈夫なのっ?」
『え…?』
「すまないリクハ。サスケがどうしてもお前に会いたがってな」

そう言ったイタチからサスケに視線を移すと、大きな漆黒の瞳が質問の答えを待ちながら自分を見つめている。リクハは受け取ったハンカチで目元を交互に拭った後、サスケの身長の高さになるようしゃがみ込み、両頬に手を添えて優しく微笑んだ。

「ねえさん?…オレ、凄く心配したんだ」
『私はもう大丈夫だよ。ありがとう、サスケ』
「本当?」
『うん。本当。心配かけてごめんね』
「ううんっ。ねえさんが元気ならそれでいい」

添えられた両手に小さな手が重なり、サスケは思い切り可愛らしい笑顔を浮かべた。

『ありがとう…。優しいサスケが大好き』

そう言ってサスケという純粋な存在に縋り付くように、リクハはその小さな体をギュッとと力強く抱きしめた。


End and beginning
(この温もりが、永遠のものとなりますように)


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