「じゃあ、オレがいない間しっかり修行しといてよ」
『居ないって言っても、三日間だけですよね?』
「半年くらい行けばいいのにな」
「あのさ、お前ら二人は見送る気あるの?」
里の入り口、大門の前でカカシは見送りにきたリクハとオビトにジト目を向けた。なんだか最近二人の波長が合ってきたと感じるのは気のせいだろうか。
カカシは今日から三日間、部下二名を率いて他里と木ノ葉の防衛線を守る任に就く。一週間前にシスイが同様の任務に就いていた時はリクハも気が気じゃなかったが、今回はカカシということもあり心配はあまりしていない。冗談を言い合いいつものようなやり取りを繰り広げてからカカシの班を見送ると、リクハとオビトはそれぞれの任務を遂行するためその場で一旦別れを告げた。
*
夜になり、月明かりが木ノ葉の里を照らす頃…リクハは幼馴染であるイタチの家の縁側から夜空に輝く満月をぼんやりと眺めていた。雲一つない晴れた空には無数の星たちが輝き、まるでその美しさを競い合っているようだった。幼い頃から通い慣れたこの場所で眺める夜空がわりと好きで、心地よい夜風に吹かれながら目を閉じると一気に肩の力が抜けていくような感覚に陥る。
「リクハねーさんっ!」
『サスケ』
パタパタと廊下を走る足音が聞こえてきて閉じていた目をゆっくりと開けると、幼いサスケが満面の笑みを浮かべて膝の上に飛び込んで来た。その小さな体をしっかりと受け止めてふわりと笑って見せると「えへへっ」とさらに顔をゆるませてハニカンだ。
「姉さん何見てたの?月?星?」
ごろんとリクハの膝を枕に仰向けに寝転がったサスケが大きな目をぱちぱちとさせて夜空を指差す。
『そう。今日は満月だよ』
「ホントだ。…兄さんの好きなお団子みたい」
『あははっ』
小さな手をいっぱいに伸ばして両手を月に重ね合わせ丸を作る。素直で甘えたで、年相応の可愛さのあるサスケはやはりイタチとは雰囲気が違う。見た目は似ている部分もあるけれど、弟っぽいと言うか何というか。この子供らしさがイタチには無かったように思う。
「今日は姉さんがいてくれてよかった」
『イタチは任務があるからね』
「うん…。兄さんね、"暗部"っていうところに入ってからすごく忙しくなって、毎日帰りも遅いんだ」
「だから今日もきっと真夜中に帰ってくる。オレたちが寝ちゃった後にね…」そう言ったサスケの顔はどこか寂しそうでつまらなさそうだった。月に伸ばした手を下ろしてリクハを見上げると、『寂しいよね』と優しく頭を撫でてくれる。その対応が嬉しくて、素直に「うん」と頷いた。
『サスケはイタチが大好きだもんね』
「姉さんのこともねっ」
『…!も〜、可愛いなぁこの〜っ』
へらへらと笑いながらサスケの両頬を撫でくり回すリクハ。こんなに素直で可愛い弟なら毎日一緒に居たいくらいなのだが、そこは男と女で価値観の差があるのだろう。まあだからと言ってイタチがサスケを相手にしてないわけではないし、むしろ可愛くて仕方ないと思っているのは知っている。素っ気無い素ぶりは彼なりの愛情表現だということも。
「でもね、リクハ姉さん…」
『ん?』
「最近おもうんだ」
『うん』
「兄さんのこと、尊敬すればするほど…こうゆう日はすごく不安になるし、さみしくなる」
『………』
「このまま帰ってこなかったら、どうしようって」
サスケの頭を撫でていた手がピクリと止まる。伏せ目がちにイタチへの思いを教えてくれたサスケはお腹の上に手を置いて一度小さな溜息をついた。幼いながらに芽生え始めた、他人への関心や不安や寂しさ。それはアカデミーにいる同い年の友人たちへ向けられているものではなく、サスケの絶対的な存在イタチを思って芽生えた感情だ。もしもそれがサスケの深い愛情だとしたならば…リクハは少しだけ表情を歪めてまだ漆黒の目元へそっと手を添えて『大丈夫だよ』と穏やかに微笑んだ。
『イタチは強いから、大丈夫』
「それは分かってるんだけど…」
『そんな顔しないで。本当に大丈夫なんだから』
「姉さんにもそう思う大事な人はいる?」
サスケが視線を上げて問いかけると、リクハは思いを馳せるような表情を浮かべながら月を見上げ『いるよ』と短くそう答えた。考えてみれば自分が成長すると共にそういった存在は増えていく一方で、失いたくないという思いは増していくばかりだ。
「それってだれ?」
『私の場合、誰か一人じゃないかな』
「兄さんやシスイさんってこと?」
『もちろん、その二人も大事だよ』
ふわりと優しい笑みを浮かべてサスケを見下ろすリクハ。挙げだしたらキリが無い様な気もするが、オビトにリンにカカシ。それからミコトやフガク、大好きだったミナトとクシナの忘れ形見であるナルトもそう。自分と関わりのある人全てが大事で失いたくないとリクハは呟くようにそう言った。
「姉さんには、たくさん大事な人がいるんだね…」
『うん。もちろんサスケもそうだよ』
「えへへっ」
『だけどね…』
「ん?」
『その中でも、イタチとシスイは凄く特別』
目を閉じて、幼い頃の記憶に浸るといつも二人が一緒にいて…どんな時でも支えてくれた。自分の全てを知り、理解し、受け入れてくれるイタチとシスイは本当にかけがえのない存在なのだ。それを聞いたサスケは大好きなリクハが自慢の兄を大事だと言ってくれたことに嬉しそうな笑みを浮かべ、誇らしげに微笑んだ。
「兄さんもきっと、そう思ってる」
『え?』
「おさななじみの姉さんのこと、すごく大事だって…そう思ってるとおもう」
『サスケ…』
「だからね」
『ん?』
「ずっと、兄さんのそばにいてあげて。シスイさんと一緒に」
ヒョイっと上半身を起こしてリクハの隣に座り直した幼いサスケの言葉に、なんて出来た弟なんだろうと感心する。同じように月を見上げて「早く帰って来ないかなー」と足をぶらぶらと揺らしながらイタチの帰りを待ち侘びているサスケの頭を優しく撫でて、『約束するね』と穏やかな口調でそう言った。
*
『「スー……」』
「…………」
木ノ葉の里が静寂と暗闇に包まれて、人々が幸せそうな寝息をたて夢の中へと誘われる時間帯。疲れ果てた体を引きずり帰宅したイタチは、玄関に並んでいた幼馴染の靴を見て少しだけ急ぎ足で客間へ向かった。突然やって来ることは不思議なことではないし、また偶然鉢合わせたサスケか母親であるミコトに強制的に連れて来られたのだろう。
そんな憶測を頭の中で展開しながら物音を立てないようにゆっくりと襖を開くと、視線の先では規則正しい寝息を立て寄り添うようにして眠るリクハと弟の姿がありイタチは困ったように、でもどこか穏やかな笑みを浮かべた。
「(…またサスケにせがまれたか)」
『……』
リクハが来る度にこうして一緒に寝るのがサスケの楽しみで、今日も無理矢理付き合わせたんだろうなと甘えるようにして眠っている姿を見れば一目瞭然だった。子供の特権だな、なんて思いながら少し乱れた布団をそっとかけ直して二人の穏やかな寝顔を眺めるイタチ。不思議と任務の疲れなど忘れてしまいそうになる程、この瞬間を幸せだと思えた。
「…ん〜……にいさん……まってよ…」
どんな夢を見ているのだろうか、むにゃむにゃと寝言を呟いたサスケにくすりと笑みがこぼれる。ああ、父親とはこんな感覚なのだろうかと感じながら。
「(おやすみリクハ、サスケ…)」
数時間前に、任務とはいえ自分が人を殺めてきたことを忘れてしまいそうになる穏やかな時間。心の中で感謝の気持ちを込めながらそう呟き、襖を閉め部屋を後にしようとしたその時…。
『…ん…イタ…チ?』
「……」
眠っていてもさすがはリクハだった。やはり気配で気づかせてしまったようで、目を擦りながらゆっくりと上半身だけを起こした幼馴染に申し訳ないことをしたとイタチは苦笑いを浮かべた。
「悪い、起こしたな」
『ううん…大丈夫』
サスケを起こさない様にと極力小声で話す二人。
『…イタチ』
「??」
『おかえり』
自分の帰りを迎え入れてくれるその言葉と、ふわり柔らかくて優しいリクハの笑顔に心臓がトクンと高鳴る。どんなに手を赤く染め業を背負おうとも、必ず受け入れてくれる絶対的な居場所がここにある気がした。イタチが目を細め穏やかに微笑みながら「ただいま」と返事を返すと、リクハはその無事な姿に安堵する。
『ケガしてないね。よかった』
「ああ。ありがとう」
『サスケ、イタチが帰って来るまで待ってるって頑張って起きてたんだけど…限界だったみたい』
「…そうか。付き合わせて悪かったな」
『ううん。…待ってる間、ずっとイタチのこと話してたよサスケ』
月明かりに照らされながらサスケの頭を愛しむかのように撫でるリクハはまるで母親のように見えた。自分が帰って来るまでどんな話をしたかは分からないが、サスケのそばにいてくれたことに感謝の気持ちが込み上げて来る。
『あ、ごめん引き止めて…もう休んで』
「リクハ…」
『ん?』
「…いつも、そばに居てくれてありがとう」
『そんな、改まって感謝されるようなことじゃ…』
少し気恥ずかしそうに困った表情を浮かべるリクハ。自分はただ、いつまでも変わることのない大切な居場所で大事な人たちと一緒にいるだけなのだから。
「そんな事はないさ。…現にこうして、オレもサスケもお前の存在に救われてる」
出て行きかけた足を部屋の中に戻し、サスケの隣に腰を下ろしたイタチはその純粋無垢な可愛らしい寝顔に穏やかな笑みを浮かべた。リクハが居なければ、きっとサスケは一人で本当に寂しい思いをしていたかもしれない。厳格な父親の元で、優秀な兄と比較され続けながら。
「…オレといる時は、ほとんどお前の事ばかり話してるよサスケは」
『ふふっ…どんな話されてるんだか…』
「ん……ねえ、さん…?」
『…あ、ごめんサスケっ。起こしちゃったね』
眠たそうに半分目を開けて、ぼーっとしながら数回瞬きをした後寝ぼけているのだろうゆっくりと上半身を起こしリクハの腹部に小さな手を回し「にぃさんだ…」と嬉しそうに笑みを浮かべて抱きついて来る。そんな愛らしい行動に顔を見合わせた二人の表情は実に穏やかだった。
『サスケ、兄さんはあっちだよ。ほら』
「ん〜…?」
「サスケ、ただいま」
腹部に回された手をやんわりと離してイタチの方に体を向けてやる。するとサスケは目を擦りながら待ちわびていた兄の存在を視界に入れ、嬉しそうに小さな手を伸ばし抱きついた。
「おかえり…にぃさん…」
「待たせて悪かったな」
「ううん……ねぇさんが、ずっといっしょに…いてくれた」
イタチの肩に頭を預けて幸せそうに微笑むサスケは再び目を閉じまどろむ意識に身を任せる。すぐに規則正しい寝息を立て始めたサスケにリクハとイタチは顔を見合わせくすりと微笑んだ。
『おやすみ、サスケ』
*ぼくの大切な人
(それはぼくの大好きな人たち)
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