「ねえさんのかみきれー」
『え?』
縁側に座るリクハの長い髪を、背後から小さな手で束ねたり離したりしながら興味深げに遊ぶサスケ。
「おそらとおんなじいろ」
『サスケに褒められちゃった』
「うれしい?」
幼子特有のつたない言葉でそう言いながら、リクハの背中に抱きつき肩越しに顔を覗かせた。
『嬉しいよ』
完全に緩んだ笑顔でそう答えると、気を良くしたのか大きな目をぱちぱちとさせて、さらに距離を縮めて問うてくる。
「にいさんにいわれるよりうれしい?」
と。
『えっ?』
どうしてそんなことを聞いてくるのか分からず首を傾げるリクハ。サスケの純粋無垢な瞳が嘘偽りのない答えを求めていて、かわいいが少しばかり圧を感じた。
「どっち?」
『ええっと…それは…』
「それは?」
『ど、どっちも嬉しいよ』
「えーっ!」
『え!?』
「だめー!」
『ダメなのっ!?』
予想外の反応に、なんで!?と渋い表情を浮かべる
リクハ。
「ぼくにいわれたほうがうれしいっていって」
『はっ…』
柔らかな頬をぷくっと膨らませて、納得いかないと抗議するように表情を歪めたサスケ。その小動物のような愛くるしい言動が見事にリクハの胸を打ち抜き、いとも容易くサスケの求める回答を引き出した。
『サスケに言われたほうが嬉しいです。はい』
「よし」
はは〜。と、まるで従順な家来のように深々と頭を下げたリクハを前に、サスケの無邪気な笑い声が響く。小さな手でリクハの頭をヨシヨシと撫でると、廊下の奥から聞き慣れた兄の声がサスケを呼んだ。
「にいさん!」
その声にすぐさま反応して、兄のもとへとかけ寄り飛びつく。
「リクハ、悪かったな。一日サスケの相手をさせて」
『ううん』
「聞いてにいさん、あのね!」
「ん?」
兄がどんな反応をするのかなんて全く気にも留めないまま、ついさっきまでのやり取りを元気いっぱいに話すサスケ。そんな様子をほっこりとした穏やかな気持ちで眺めているリクハ。やっぱり兄弟っていいな〜、なんてへらへらと呑気な笑顔を浮かべると…。
「リクハ…」
『なに〜?』
今度はイタチの不機嫌そうな瞳と視線が重なった。
『えっ…!?』
「ねえにいさん!かみのしばりかたおしえて」
ああ、そうきたか。と満面の笑みを浮かべる弟に視線を移し、困ったように微笑むイタチ。誰にも取られたくないと思っていた自分だけの特権だったが、どうしてか弟になら…そんな風に思えて"いいよ。"と小さく返事を返した。
「ねえさん!」
『なに?』
「かみ、ずっとこのままでいてね」
再びリクハのそばにかけ寄り、髪に触れる。
『サスケが縛ってくれるの?』
「うん!ぼくがやるからほかのひとはだめ」
『イタチも?』
「ん〜…。にいさんならいいよ」
『ふふっ。了解です』
そう言ってサスケの頭を優しく撫でると、魅入ってしまうほど愛らしい、純粋無垢な笑顔が返ってきた。
*
*
ということがあったのだと、懐かしい思い出に浸りながら話すリクハを横目に、思春期真っ只中のサスケは鬱陶しそうに表情を歪めた。
『可愛かったな〜、あの頃のサスケは』
「何回すんだその話し」
『最近全然褒めてくれないし』
「ガキか」
『うわっ…』
可愛い弟分からの容赦のない一言に、リクハはピキッと体を硬直させショックを受ける。そんなやり取りを眺めていたイタチが、嗜めるようにサスケの名を呼んだ。
「オレをいつまで経っても子供扱いする姉さんが悪い」
「だからと言って、辛く当たる必要はないだろ」
「違う。しつこいからやめろって言ってるだけだ」
これが成長か…と、幼かった頃の面影を感じさせないサスケの態度に寂しさを感じるリクハ。
「サスケは絶賛反抗期中だな」
『…なんか嫌われた気分』
「普通だろ。オレにもあんな感じだぞ?」
だから元気出せ。
そう言ってリクハの肩に手を置き励ますシスイ。
「そもそも。二人が姉さんを甘やかすからだ」
「…話しが飛び火してきたな」
『えっ、なに?なんの話しっ…?』
話しの流れが掴めないままビシッと人差し指を向けられたリクハが、今度は何を言われるのだろうと身構える。
「いちいち髪型を褒めてほしいだの、昔みたいに甘えてきてほしいだの、オレより年上なのにかまってちゃんかよ。はっきり言って面倒くせぇ」
『(ガーーンッ)』
「それもこれも二人がちやほやするからだろ」
なんという一撃。
まるで全身全霊をかけた言葉の雷切りを喰らったかのような衝撃に、リクハは胸元を押さえながら完全に落胆する。
「別にちやほやしてるつもりはないが、イタチがリクハに対して甘いのは認める」
「シスイ…」
肩を持ってくれるんじゃないのか?と言いたげなイタチの視線に、白い歯を見せけらけらと笑う。
「ただ、オレにとってリクハは妹同然だし、お前の兄さんとは恋仲なんだ。否が応でも多少の甘さは出るってもんだ」
「多少じゃないだろ」
「というか、リクハがそうゆう態度を取るのはサスケにだけだ。な、イタチ」
「ああ」
「………なんだそれ」
自分を見てもらえているような嬉しさもあるが、やはりどこか気恥ずかしくて受け入れ難い。心の底から嫌がっているわけでないのだが、思春期特有の心の変化が自分に対するリクハの態度に苛立ちを感じてしまうのだ。いつになったら兄同様、一人前の忍として扱ってくれるのか…と。
「それだけをお前を溺愛してるってことだ」
『もう詰んだ…サスケに嫌われた…悲しい…』
「ほらな?見ろよこのヘタレっぷり」
自分の背後で膝を抱え、ズーンと落ち込んでいるリクハに視線を向けるシスイ。なんとも情けない姿だが、自然と悪い気はしなかった。
「こんだけ愛されてちゃあ兄さんがヤキモチ妬くな」
「シスイ、余計なことを言うな」
「だって事実だろ?」
「お前が勝手に言っていることだ」
「ムキになるのは肯定とみなすぞ」
兄が自分に対してそんな感情を抱くことがあるのだろうか?シスイが言った一言に疑問を抱きながらも、もうこのやり取りを終わらせたくて深いため息を吐き口を開こうとしたその時だったーー。
「あ、リクハ姉ちゃんみっけたってばよ!」
民家の屋根の上からナルトが姿を現したのは。
「よう!二人とも!あのさ、姉ちゃん貸してくんない?」
リクハのそばへと着地して、近くにいたイタチとシスイにそう切り出したナルト。その唐突すぎる頼み方に、二人は呆れたように顔を見合わせほぼ同時に"理由は?"と問いかけた。
「修業付けてもらうんだってばよ!」
「そうゆうことなら構わないが…」
「ああ!!姉ちゃんもしかしてっ」
イタチの言葉を遮るようにして急に話題を変え声を張り上げたナルト。相変わらずだと思いながらリクハの周りをぐるりと一周したナルトに視線を向けると、"やっぱり!"と手の平で拳を叩いた。
「姉ちゃんちょっとだけ髪切った!?」
『えっ?…う、うん。毛先をちょっとだけね』
絶対に気付かれないと思っていた。
まさかサスケではなくナルトが気づくなんてと驚いた表情を浮かべると、両手を頭の後ろで組んだナルトがニッと笑って、
「あったり前じゃん!オレ姉ちゃんの髪好きだもん」
とはっきりとそう言った。
その瞬間、イタチとサスケの表情がわずかに歪み、シスイが吹き出すように小さく笑った。
『ナルト〜ッ…なんて良い子』
「それより修業付き合ってくれる?」
リクハにとってはナルトも可愛い弟分。
その持ち前の明るさと素直さに感動しながら頭をヨシヨシと撫でると、サスケがその間に割って入るようにしてナルトを睨みつけた。
『ちょっ…』
「気安く姉さんの髪を褒めるな、ウスラトンカチ」
「ああん?んだとサスケェッ」
「大体ドベのお前に姉さんの修業はまだ早いんだよ」
「はあっ!?お前が決めんなってばよ!」
「時間の無駄だ、ドベ」
『二人とも喧嘩はやめなさっ…』
「姉さんは口出すんな!鬱陶しいっ」
『(ガーーンッ)』
今日何回目かも分からない痛烈な一撃を再び喰らい、廃人のように項垂れるリクハ。反抗期怖い…とつぶやきながらシクシクとイタチに縋りつき、胸元に顔を埋めた。
「悪い。…きっとお前に認められたくて、ああゆう態度を取ってるだけだ」
『…私の可愛い弟分が…』
「サスケも成長したってことだな」
謝罪の言葉を口にして、リクハの髪を優しく撫でるイタチ。
「それよりお前、リクハが髪切ってたことに気づいてたか?」
口論する二人を眺めながら、ナルトの観察力をなかなかのものだと話すシスイの問いに、イタチは小さく笑みを浮かべて返事をした。
「気づいていたというか、オレが切ったんだ」
「クスッ。なるほどな」
言いながら愛おしげにリクハの長い髪を撫でるイタチを横目に、シスイはいつも通りの人懐っこい笑顔で笑う。そしてー、
「お前の特権、弟に取られずに済んだな」
その言葉に小さく頷いたイタチに、幼い頃の面影を見た気がした。
*君は特別
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