「リ……ン……」
最後にリンの姿を確認できたのは、今にも飛んでしまいそうな意識を手放す前だった。霞む視界に映り込んだリンは正気をなくし、呼吸をしているのかも分からないほど。自分と同じように倒れた状態で隣に並んでいて、オビトはリンに触れようと傷の深い手を懸命に伸ばすが痛烈な痛みが走り思うようには動かすことができなかった。
「ストレッチャー持ってこい!急げ!!」
「出血が酷い!心音も微弱だぞ!」
「医療上忍をかき集めて病院に待機させろ!」
「おい!こっちだ!早く!」
自分たちの周りをかなりの人数の人間たちが行き交っているのが気配で分かり、騒がしいハズが遠くに感じる。聞こえてくる言葉の端々から分かるのは、自分たちはすでに里に連れて戻されているということだった。
「だ…れ…か……リ、ンを……」
「カカシ隊長の手当て急げ!」
「止血が先だ!こっちにもっと人をよこせ!」
届かない声に焦りと悔しさが募る。自らの視界にリンを映したまま、内心「リンを助けてくれ」と強く呟いた。次の瞬間…。
「リクハこっちじゃ!」
ふわりと穏やかな風が吹いたと同時に、チャクラを灯した手がリンの心臓辺りにかざされたのが見えた。
「……リクハ…」
『オビトさんっ!しっかりして、私が分かりますか!?』
視界に映り込んだ空色の髪に、聞き覚えのある声。その人物がまさに今自分が待ち望んでいた存在だと分かると、オビトは少しばかり安心したかのように目を閉じて小さく頷いた。
『オビトさんっ!?』
「…ンを…」
『えっ??』
最後の力を振り絞りリクハの腕を掴んだオビトが体中の痛みに耐えながら、強い意志の宿った眼で空色の双眼を見つめる。乱れた呼吸を数回繰り返した後、オビトは震える声でリクハに全ての望みを託した。
「リンをっ……たのむ!!」
『!!!!』
「…うっ」
『オビトさん!!』
軽く吐血しリクハの服が赤く染まる。虚な眼が完全に閉じてオビトは意識を手放した。
『っ…』
医療の現場は感傷に浸っている暇などなく、次から次へと解決していかなければならないことが押し寄せてくる。リクハはオビトの想いをゆっくりと受け止める間もないまま両手で素早く印を結ぶと、オビトとリンの肩に直接触れる。そして…。
『(神手生療(しんしゅせいりょう)の術っ)』
手先に溜まったチャクラを二人の体に流し込むと、まるで電気が体中を駆け巡るような動きでいたる場所にある傷口を次々に塞いで行った。目にも止まらぬ速さで出血を完了させたリクハの医療忍術に、近くにいた別の医療上忍たちが息を飲む。
「流石に早いな、リクハ」
『…イタチッ』
「オビトさんはオレが運ぶ。お前はリンさんを」
『うん、ありがとうっ』
イタチの後に続いてやって来た看護師たちがストレッチャーを運んで来てリクハに指示を仰ぐ。すぐさまリンを乗せ自分もストレッチャーに乗ると、そのまま左胸あたりに両手をかざし心臓マッサージを始める。
『このまま向かって下さい!』
「わ、分かりました!」
『イタチはオビトさんをお願いっ』
「ああ。すぐに向かう」
*
長い夜が空け、朝日が木ノ葉を照らす頃…。
手術室の出入り口の脇にある椅子の上で眠っているリクハにそっとブランケットをかけ、シスイは心配そうな表情を浮かべた。
「…シスイ。来ていたか」
「ああ。…チャクラ切れで倒れたらしいな」
「…一晩中三人の治療にあたっていたからな。当然だ」
シスイの名を呼び、少し疲れた様子でやって来たのはイタチだった。暗部も一晩中駆り出されていたと聞いていたから、イタチが睡眠を取れていないことはすぐに分かった。
「医療忍者が倒れてどうする…」
溜息混じりに言いながらリクハが眠っている椅子に腰を下ろすと、長く指通りの良い空色の髪を優しく撫でる。
「お前も休め。任務は終わったんだろう?」
「とりあえずはな…。ところでシスイ、何をしにここへ?」
重たそうな瞼を一度閉じてからゆっくり開き、シスイを見上げる。
「親友と世話の焼ける妹が心配で見に来ただけだが?」
「…嘘だな。隠さず話せ」
「ははっ。お前相手に嘘は通じないか」
苦笑いを浮かべながら腕を組んだシスイは、暗部でも医療忍者でもない自分がここに来た理由を話し始めた。それは今朝方、三代目ヒルゼンが警務部隊を通してシスイ一人を召集したところから始まる。わざわざ警務部隊を通したのは、今回の負傷者の中にオビトの存在があったからだろうとシスイは話す。同胞がこれだけの負傷を強いられた事実説明をしなければ、うちは側からの里への不信感が更に増すとヒルゼンは踏んだのだろう。
「リンさんの状態を聞いたか?」
「いや、まだだ…」
「そうか。オレも詳しいことは専門外だが、リクハがこれだけチャクラを消費して治療できない状態ってことは…何かがおかしいと言うことだ」
「三代目はそれを調べろと?」
「ああ。どうやら何らかの呪印がリンさんにかけられ、治療を困難にしている。それと、こいつだ」
言いながらシスイは自らの目を指差す。
「写輪眼?」
「ああ。…敵はオビトさんの眼を狙っていた可能性が高いって話だ」
「確かに左目を負傷していた。だからうちはのお前が…」
「ああ。でもまあ、話を聞こうとしていたリクハはこの通りしばらく眼を覚ましそうにないし…カカシさんもオビトさんも同じ状況だ。他の医療上忍に会って話を聞いてくる。そのうちお前にも呼び出しがかかるかもしれない。備えておけ」
「ああ…何か分かったらすぐに伝える」
「頼んだぞ」
イタチの肩に手を置き頷いた後で、規則正しい寝息を立てているリクハに視線を移す。
「仮眠室に連れて行くか。お前もとりあえず休め」
「ああ、じゃあ…オレが連れて行くよ」
「いや、お前は帰って休んだ方が…」
「リクハを連れて行ったら帰る。ありがとう、シスイ」
「……全くお前は…」
それから夜が明けて
(本当に不器用なやつだな)
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