「おい、カカシは居るか…」

木ノ葉の里で連日続いていた雨が上がり、久しぶりに太陽の陽が注いだかと思ったのも束の間…曇天の空がすぐに顔を出し、再び雨を降らせた。
雨の日は理由もなく憂鬱な気分になる。そうでなくとも毎日のように気が滅入りそうな任務をこなしていると言うのに、今日は重ねて嫌なことが起きそうな確信が持てた。

「誰だ貴様!ここは一般の忍は立ち入り禁止だぞ!」

薄暗い部屋、降りしきる雨音をBGMに暗部部隊「ろ班」が集まる部屋の扉を躊躇なく開いたのは、うちはオビトその人だった。服の袖口から見えるハズの素肌には包帯が巻かれ、左目は眼帯で覆われている。見るからに軽症ではない傷を負っているオビトは、側から見ても分かるほどの怒りを放出させながら部屋の中へと入って来た。

「おい、今は暗部の作戦会議中だ。出てけよ」
「知るか、そんなこと。オレはカカシに用がある」

面を付けた暗部の人間たちが皆オビトに対し警戒心を露わにする。何人かの人間が歩みを止めようと立ち塞がるが、「邪魔だ」と振り払われてしまった。最後の一人の体を強引に押し退けると、探していた人物が面を付けずにオビトをじっと見据えている。

「…カカシ」

地を這うような低い声に名を呼ばれ、一切動じずに座っていた椅子から立ち上がったカカシは、まるでここにオビトが現れることを想定していたような落ち着き方をしていた。カカシの傍らにいたイタチが面越しにオビトを見つめ、表情を歪める。
今のオビトからはいつもの明るく気さくな雰囲気が一切感じられず、伝わってくるのは怒り…それだけのように思えた。

「カカシお前っ…なんでちゃんと守らなかったっ」
「………」
「お前がついていながら、なんでだよ!!」
「ちょ!やめて下さいっ」
「いいんだ、ヤマト。…手を出すな」

勢いよく伸ばされたオビトの腕が、カカシの胸ぐらを掴みヤマトが仲裁に入ろうとする。が、それを片手で制止し怒りに満ちた表情を浮かべているオビトをただただ見つめる。いつもと変わらないカカシの冷静な態度に、オビトが更に力を込め「ふざけんなよ!」と声を荒げた。

「見舞いにも来ねぇのは、生きてるから心配要らないってか!?誰のせいであんな状態になってると思ってんだ!」
「任務だった。あいつもそれを理解した上で…」
「もう1週間目を覚ましてねぇんだぞ!」
「……」
「リンをあんな目に合わせておいて…よくそんな冷静でいられるなカカシ…」

投げ払うように掴んでいた手を離し、怒りに震える感情を必死にコントロールしようと体に力を入れるオビト。すると治療途中の傷口が開いたのか、白い包帯に血が滲んでくるのがわかった。

「リンはお前を庇って敵の前に立ち塞がった…。あいつは仲間を…お前を守るために自らの犠牲をいとわなかったってのに…お前には…」
「オビトさん、もうやめて下さい。傷口から血が…」

ポタッと床に流れ落ちるほどの出血量にイタチが声をかけるが届いていない。オビトが俯かせていた顔を上げれば、その眼には本物の殺意が滲み出ていた。

「お前には、仲間を思う気持ちってのがねぇのかよ!!カカシ!」
『…!!居たっ…オビトさん!』

オビトがカカシに向かって拳を振りかざしたまさにその瞬間、リクハが血相を変えて部屋の中に入って来て制止を呼びかける。「おい!」と自分を止めようとする暗部の手をすり抜け、カカシとオビトの間に割って入り間一髪…振り下ろされた拳を両手で受け止めることができた。

『オビトさん!』
「リクハっ…」
「…どけリクハ。オレはカカシを一発ぶん殴らねぇと気が済まねぇ」

予想だにしていなかった人物の登場に、カカシは少しばかり目を見開く。リクハはオビトの傷口が開き、血が滲んだ包帯を視界に収めるとさらに悲しそうな表情を浮かべた。

『病院に戻って下さい!オビトさんは絶対安静ですっ』
「もう治った。そこどけっ」
『適当なこと言わないでください!骨だって何本も折れてるんですよっ?』

リクハの口ぶりからすると、オビトは入院中の病室から抜け出しここまで来たようだった。なんとか連れ戻そうと説得を試みるが、今のオビトの視界にいるのはカカシただ一人。当然ながらその制止は虚しく終わる。

「お前こそここで何してる…」
『え…』
「早くリンを治せと言ったよな。医療忍術には長けた一族なら、務めを果たせ」
『だから、リンさんはまだっ』
「ならもっと腕の立つ奴に見させろ!お前じゃ足りないんだよ…。そこどけっ」
『…っ』

掴まれていた腕を乱暴に振り払い、リクハの肩を押し退ける。いつものオビトからでは想像のつかない言葉に力が抜けてしまったのか、体が大きくよろめき転びそうになる。すかさず近くにいたイタチが肩を支え「大丈夫か?」と声をかけた。

『イタチ…』
「…いつものオビトさんじゃないな」
『うん…。今朝突然病室を抜け出して…』
「ぐっ…」
「おい、オビト!?」
『…!!』

リクハの言葉を遮るかのようなタイミングで聞こえて来た痛みに悶える声。それがオビトのものだと分かるまでには一瞬で、視線を向ければ膝をつき肩を大きく揺らしている。すぐさま駆け寄り顔色を確認すると、血の気が引きとても苦しそうだった。

『痛み止めが切れて来たんだ…』
「よせっ、オレに構うなっ!」
『オビトさん、動かないでっ』
「うるせぇ!」

体を押さえようと伸ばされた手をパチンッと弾いたオビト。医療忍者として患者であるオビトの命を最優先に考えているリクハの思いに抵抗してばかりいるその態度に、イタチの表情が面の下で曇った。

「オビトさん。今あなたがすべき事は、こんなことではないでしょう」
「…っ…」
「あなたは馬鹿じゃない。正しい判断をして下さい」

リクハを手伝おうとオビト近づいたイタチが片膝を付き、珍しく少しばかり強い口調でそう言うと視線が重なり虚な目を向けられる。

『…ちょっとごめんなさい』
「…??」

チャクラを溜めた手をオビトの額にそっと重ねると、一瞬にしてフッと意識を手放す。これ以上無理をされて傷口が開くのは勘弁だと思ったのだろう。リクハが倒れかけたオビトの体を支えようと腕を伸ばすと、イタチが先に体を支えてくれた。

『イタチ…』
「手伝うよ」
『でも、暗部の仕事の途中じゃ…』
「いいですよね、カカシさん?」

隊長であるカカシに許可を得るため視線を向ければ、
「頼む」と短い返事が返って来た。
作戦会議は一時中断。いつも張り詰めた空気のあるろ班に、さらによどんだ雰囲気が立ち込めた。


雨上がり、のち
(陽の日はまだ出ない)


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