「…跡をつけなくても、時間くらい作るぞ」

日が沈み夜が訪れた頃。
カカシが背後に感じていた気配に立ち止まり声をかけたのは、暗部での仕事を終え家に向かって歩いていた時だった。振り返り物陰から姿を見せた人物を確認すると、やっぱりなと言いたげな表情を浮かべ小さくため息を吐いた。

「すみません、尾行してたわけじゃないんですが」
「構わないよ。そろそろ来る頃だと思ってたし」
「わざと、避けていましたよね?オレを」
「オビトが先に目を覚ますもんだと思ってたからさ」
「…自分の口からは何も語れないってことですか?」
「いや…」

油断すると全てを見透かされてしまいそうな漆黒の瞳がカカシを冷静に見据えている。イタチともオビトとも違う醸し出されるオーラのようなものは、実に読み取りにくく手練れを前にしているような気分になった。

「そうじゃないんだけどね…」
「なら…」
「ああ分かってる…。で?何が知りたいの、シスイ」



夜。
休息を取るため帰宅しようと思っていたが、サスケとミコトの圧に負けた。ずっと病院の仮眠室で寝泊りしていたせいか、温かい食事に医療関係者以外との会話がいつもの日常を思い出させてくれる。何よりサスケと過ごす時間は不安や心配を取り除き、久々に気が楽になる束の間となった。
そして夜空に月と無数の星が輝く時間。リクハが縁側に座りそれらを眺めていると、

「リクハ」

不意に自分の名を呼んだ幼馴染の声が聞こえ、視線を移した。

『…イタチごめん、起こしちゃった?』
「いや、オレも寝付けなくてな」
『…?どこか気分でも悪い?』

心配そうな表情を浮かべ問いかけると、返事の代わりにふわりと膝掛けがふってくる。「風邪引くぞ」と言いながらリクハの隣に腰を下ろし穏やかに微笑んだイタチからは、少しだけ疲れの色が見て取れた。

「二人が心配か…?」
『うん。最近そればかり考えちゃって…』
「…そうか」
『あの、イタチ…。…なんかごめんね』
「??」
『せっかく気を遣ってもらったのに、ちゃんと休めなくて』
「別に謝ることじゃない。気にするな」
『……ありがと』

ふわりと力無く笑うリクハがどこか儚く見える。

『久しぶりにみんなと過ごせて嬉しかった』
「…そうか」
『私が別の環境でちゃんと息抜きできるようにって、あえて連れて来てくれたんだよね?』

膝の上で両手を組み、少しばかり俯き加減でそう言ったリクハにイタチは少しだけ意外そうな表情を浮かべた。サスケにすらお見通しの想いに気づかないほど鈍感な幼馴染は、こういった気遣いの裏側にある想いには気づけるらしい。

「サスケもお前に会いたがっていたし、だから…」

自分は特に何もしていないと言いたげなイタチに対しリクハが肩を竦めて小さく笑う。細やかなイタチの優しさは、幼い頃から何一つ変わっていない。
天才故に周囲から距離を置かれ、次第に妬まれ、忌み嫌われ、人との関わりを極力築かないようにしているイタチに対し、冷たい印象を持つ人間も多いだろう。しかしイタチが誰よりも平和主義者で無駄な争いを好まない優しい心根の持ち主だということを、リクハはよく理解している。

「なあリクハ」
『ん?』
「お前、時々オレに言うだろ。"私たちは唯一無二の幼馴染だ"って」
『…うん』
「その言葉、今はそのままお前に返すよ」
『??』

小さく笑みを浮かべ夜空を見上げだイタチ。誰にも打ち明けられない複雑な思いを抱える度、それを見抜き支えてくれる幼馴染。彼女が事あるごとにかけてくれるこの言葉に、何度背中を押されたことだろう。唯一無二の幼馴染という言葉の中にあるリクハの思いは温かく、とても心強い。
鈍感だが人一倍仲間思いな幼馴染は、特別な意図もなくああ言ってくれたのだろうが…イタチにとっては特別な言葉となって、ずっとずっと心の中で生き続けているのだ。

「リンさんのことは、お前のせいじゃないだろ」
『…!!!』
「だから一人で背負い込むな」

イタチがかけてくれたその言葉に、少しばかり俯き唇を噛み締める。仙波一族の優れた医術があれば、大勢の人間を救うことができると日々修行に励んできた。しかしそれは理想に過ぎないと、今回壁にぶつかり痛感したのだ。父と母を亡くした時、もう二度とあんな思いはしないし、大切な仲間にもさせまいと誓ったはずなのに。

「オレたちは忍である前に人間だ。万能な神じゃない」
『うん…』
「お前はお前だよ、リクハ。身を削ってまで周りの期待に応えようとするな」
『……っ』

その言葉に、次第に目頭が熱くなる。
『泣きたくない』という意志とは裏腹に、目の前が涙で歪みこぼれ落ちないようにと夜空を仰いだ。

『ありがと、イタチ…』
「………」
『元気でた。…また明日から頑張るね』
「リクハ」
『…なに?』
「オレの前では強がらなくていい」
『…っ…』
「苦しい時に意地を張るな。お前の悪い癖だ」

そう言ってリクハへと視線を移せば、堰を切ったように溢れ出す涙を両手で拭っていた。イタチに見られまいと顔を背け『ごめんねっ』と謝罪の言葉を口にする。少しだけ困ったような表情を浮かべてリクハの頬に両手を添える。こうして涙を拭うのも、幼い頃からのイタチの役目。もう我慢せず、何でも話せと言う彼なりの優しさに、リクハはゆっくりと口を開いた。

『私っ…大好きな人たちにっ…悲しんで欲しくないのっ…』
「…………」
『もう父さんと母さんを失った時みたいな思いはっ…したくないっ』

肩を揺らし、大粒の涙をポロポロと流すリクハを前に不謹慎だが愛おしいと思わずにはいられなかった。自分にはないこの純粋さを、守らなければと強く思う。

『…大切な人が居なくなっちゃうのは、もう嫌だっ』
「…リクハ」
『だからっ…リンさんを助けられなかったらどうしようって…私たちの前からいなくなっちゃったら、どうしようって…怖くてっ』
「……」
『怖くて堪らないのっ…』

大きな空色の瞳を固く閉じて自分の思いを口にしたリクハ。その思いにイタチは穏やかな表情を浮かべてリクハの腕を引き、その体を優しく抱き寄せた。


馴染
(もう、なにも怖がらなくていい)


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