『オビトさん!』
「…?」
『勝手に病室を抜け出されると困ります』
「リクハか…」

朝一番でオビトの病室に足を運んだリクハはため息をついた。また抜け出した、と。
もぬけの殻となったベッドには無理やり外された点滴の管が投げ出されていて、拘束具を付けておくべきだったと少し後悔した。
行き先の検討はついていたから探し出すのに時間はかからなかったが、集中治療室の外で窓越しにリンを見つめているオビトを見つけた時…胸がを締め付けられるような感覚がした。

「リンの容体は?」

隣に並んだリクハが申し訳なさそうに首を左右に動かした。それがなんの進展もないことを示しているとすぐに理解したオビトは、「そうか」と溜息混じりに肩を落としリンを見つめる。

「リクハ、悪かったな。昨日は…」
『え?』
「あんな風にお前を責めても、何も変わらないのに…」
『…オビトさん』
「カカシにも、謝らねぇと…」

目の前にいるオビトからはいつもの気さくで明るい雰囲気が消え、まるで別人と話しているような感覚がした。片脇に挟んだ松葉杖を反転させリクハの後ろを通り過ぎると、「誰が話を聞きに来る?」と振り返ることなく問いかけた。
あの一件以来、目が覚めた自分の情報を聞きに来る人間がいるということを理解しているようだ。

『シスイと私です』
「そうか…。なら屋上で話そう。病室は息が詰まる」
『構いませんけど…』

数歩先を行くオビトに駆け寄り松葉杖を付いていない方の体を支え歩き出す。「必要ねぇよ」と言われたが、有無を言わさず車椅子に乗せた。いつだったか、イタチとシスイがケガで短期入院をした際も…退院前日に病室を抜け出し修行をしていたことがあったが、うちは一族というのは皆そうなのか?と疑問に思いながら、リクハは屋上へと繋がる通路を歩き始めた。



シスイが屋上にやって来て空を仰ぐと、視界いっぱいに広がる澄んだ青色が妹分の存在を思い出させてくれた。こうしてどこまでも繋がっている空を見上げるだけで、自分がどこに居ようともリクハという存在を近くに感じることができることに穏やかな表情を浮かべたシスイ。それとほぼ同時に屋上の扉が開く音が聞こえて来て、待ち人二人の姿が確認できた。

『シスイ!』
「やっぱりここで正解だったな」
『どうして屋上だって分かったの?』
「病室嫌いは屋上に身を隠す。鉄則だ」
「上手いこと言うな、シスイ」

リクハたちに歩み寄って来たシスイはいつもと変わらない調子だが、オビトの纏う雰囲気はとてもシリアスで取っ付き辛さを感じた。とりあえず目は覚ましたようだが未だに万全じゃない状態のオビト。そんな中で行う聴取を謝罪をした。

「気にするな。まずはシスイ、お前が知り得た情報を話せ。その後でオレの知っていることを話す」
「分かりました」

シスイが腕を組み顎に手を添えて、今自分が知っている情報をまとめると、「今回の任務内容」「リンの状況」「三人を襲った忍に関すること」大まかに分けてこの三つだと言った。

「まずは今回の三人の任務内容から」

内容は、『火の国の国境付近において不審な動きをしている他国の忍の捕縛または、討伐。』
場合によってはSランク任務にまで跳ね上がる可能性があった為、確実に任務遂行のできる上忍たちを三代目が指名した。それが、カカシを中心にしたかつてのミナト班だった。
実績も経験も実力も申し分無いこの三人の任務失敗など、誰が想像できただろうか…。

「敵は三人。全員が般若の面を付け、一人は時空間忍術を扱う忍だと、カカシさんは言ってました。敵に関する情報が少なく、あまり憶測が立てられないのが現状です」
「ああ…続けてくれ」

オビトの言葉に頷くシスイ。

「次にリンさんの状況だが…」
『カカシさんはなんて?』
「原因は強力な呪印。そう見てると話していた」
『やっぱりそうなんだ…』

リンに関しては里へ運ばれて来てから施した一度目の治療以降、全ての医療忍術が効かない状態にあり、高度な医療忍術を施すことのできるリクハの"神手(しんしゅ)"でさえ効力が見られないのだ。
なぜ一度目の治療だけが効いたのか、ここも謎が残る。

「オビトさん、カカシさんから聞いたんですが…」
「?」
「リンさんはカカシさんを、敵の攻撃から庇ったそうですね」
『えっ…?』
「………」

気まずそうな表情でそう言ったシスイに、オビトの隣に立つリクハは驚きを露わにした。オビトは目を閉じ小さく溜息を吐くと、カカシの話を肯定するかのように「そうだ」と短く返事を返す。

『…リンさんが…』
「アイツはそうゆう奴だよ。身を挺して仲間の命を守ろうとする…。医療忍者は最後まで倒れてはならないって決まりがあるのにな…お前とそっくりだ」
『えっ』

リンとリクハには似ているところがいくつもあると、オビトは常々思っていた。
二人とも医療忍者の掟というものを熟知しているはずなのに、ここぞという時にそれを守らず仲間を庇い命を投げ出そうとする。今までの任務で幾度となく身を挺して仲間を守る、という場面を目の当たりにして来たシスイにも、オビトの気持ちが伝わったのか「全くだ」と呆れ口調で言われてしまった。

『ちょっと待って。じゃあ敵は最初から、リンさんを狙ったわけじゃなくて…』
「ああ。カカシさんに呪印をかけようとしたんじゃないかと推測できる」
「その事をカカシはなんて言ってた」
「間違いなく自分を狙っていた確信はあるようです」

そしてシスイは、「最後にもう一点」と人差し指で自分の目を指差し口を開いた。それが何を意味しているのかすぐに分かり、オビトは包帯が巻かれている左眼を軽く押さえる。

「敵が、オビトさんの写輪眼を狙ったということです」
『他里の人間が写輪眼を欲しがるなんていい気がしないよ』
「ああ、争いの火種にしかならん」

シスイは腰に片手を添えて溜息混じりにそう言った。同じ里内でもうちはの力を危惧する者が居るくらいだ。
そこまで言い終わると、シスイは今度はオビトが持つ情報を知りたいと伝えた。

「オレは写輪眼を持っていたから、敵の情報はカカシよりも明確に伝えられる」
「助かります」
「まず、敵は三人。男が二人に女が一人。チャクラの流れからすると女は恐らくまだ子供だ」
『戦時でもないのに、ですか?』
「ああ、間違いない。ただ、戦いに加わろうとする動きはなかったから、感知タイプか医療忍者だと思う。そしてさっき話した時空間忍術を使う男と、もう一人の別の男は…」
「男は?」
「………」
『オビトさん?』

そこまで言ったオビトは急に言葉を詰まらせ、車椅子の肘置きの上で拳を握りしめた。その表情は決して穏やかなものでは無く、苦虫を噛み潰したようなそれで…。一度大きく深呼吸をしてから隣に立つリクハを見上げ、オビトしか知り得ない衝撃的事実を口にした。

「オレの写輪眼を狙った男は、"仙波一族の人間だ"」
『………!』
「…なっ…」

返す言葉を失う二人。
オビトの眼は冗談を言っているわけでも無く、ましてや間違った情報を伝えているわけでもなさそうだ。
写輪眼を持つオビトだからこそ見えた真実に、どこからどう手をつけていいのか困惑するのは当然のことだろう。いつも冷静なシスイは動揺し、リクハは目を見開き驚愕の表情を浮かべていた。

「奴はこう言ったよ」

瞳を伏せ、表情を歪めるオビト。

「オレのクナイと奴のクナイが交わる瞬間、奴は…"片翼を探している"。確かにオレに、そう言ったんだ」


もたらされた
(紅く染まる眼が見た真実の表側)


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