「…リンのこと…」
『え?』
「お前にばかり頼んで、悪いな…リクハ」

シスイとイタチが南賀ノ川の川岸で今回の件に関して論議をしている同時刻。
屋上から病室へ戻って来た二人。万全ではないのに無理をしたせいか案の定気分が悪くなり、ベッドの上で横になっているオビトの体に布団を掛け、点滴のクレンメを確認するリクハ。調整した時間で規則的に落ちる液を見つめた後、ゆっくりとオビトに視線を移した。

『私は医療忍者です。命を救うのが仕事ですから』

優しく穏やかな表情で伝えられたその言葉に、オビトは「言うようになったな」と皮肉混じりないつもの感じで小さな笑みを浮かべる。その反応にリクハもやっと胸を撫で下ろすことができた。いつものオビトだ…と。

『でも、正直言うと数日前まですごく不安でした』
「……お前が?」
『はい。オビトさんとの約束、守れなかったらどうしようって』
「……」
『すごく怖くて、仕方ありませんでした…』

いつも明るく、前向きなリクハが自分に対して弱みを見せるのは珍しい。瞳を伏せ、自嘲気味に笑ったリクハに負担をかけたかもしれないと思うと、申し訳ない気持ちになる。だがどうしてだろう…たった数日で気持ちを切り替えたのか、今目の前にいるリクハからは不安も恐怖も感じられない。むしろ、覚悟を決め、決断したような強い意志がその瞳からは伝わってくる。

「今は、そうは見えないがな…」
『…イタチが、背中を押してくれたんです』
「イタチが…?」
『はい。不安や恐怖は自分も一緒に背負ってやるから、お前は迷わずリンさんの命を救えって…そう言ってくれました』

ふわりと花が咲いたように笑うリクハを、ただただ純粋に、綺麗だと思った。

『だから、私一人の力じゃないんです』
「…リクハ…」
『オビトさんの思いやイタチの優しさが、私の背中を押してくれるから…絶対に助けるんだって、また前を見ることができるんです』

自信に満ちた空色の瞳が、今までにないほど、とても頼もしく見えた。いつもはふざけて言い合いをしたり、悪友のようにイタズラをしたり、恋愛について相談し合ったり、オビトにとっては楽しい時間を共有できる後輩であり、友のような存在だった。
だがいつの間にか、リクハはこんなにも自分の隣を歩くことのできる忍になっていたんだとその成長を見た気がした。

「リクハ!封印班の準備が整った!取り掛かろう!」
『あ、はい!すぐに行きますっ』

会話の途中、部屋の入り口の方から聞こえた医療上忍の男の声にリクハは振り返りながら返事を返す。「急げよ!」という言葉が遠のいて行くのと同時に、一気に緊張感が高まった。

「リクハ…」
『…はい?』

不意に掴まれた手に気づいて、リクハが振り返りオビトを見つめる。
痛み止めの効果が出て来て今にも意識を手放してしまいそうなオビトの手を、両手でぎゅっと握り返した。彼の言いたいことも、思いも、全て分かっていると気持ちを込めながら。

『大丈夫。リンさんの命は、私が守ります』
「………」
『だから安心して、眠って下さい。オビトさん』
「………たの…む」

リクハは短い言葉を呟き眠りについたオビトの手をそっとベッドの上に戻すと、長い髪を後ろ手に結び上げ集中治療室へと足を進めた。その表情からは、強い意志が見て取れた。



そして今。南賀ノ川から急いでリンの治療が行われている木ノ葉病院までやって来たシスイとイタチは、ほぼ同時といってもいいタイミングで鉢合わせした人物を前に、少しばかり驚いた表情を浮かべた。

「…お前らっ」
「…!カカシさん」

互いに顔を見合わせたその瞬間、表情から何故ここに居るのかが分かったような気がして三人の間に不穏な空気が漂う。

「お前らとこのタイミングで鉢合わせるってことは…気づいたってことか」

その問いかけの意味を即座に理解できたのは、考えていることが同じで自分たちの立てた仮説が間違いではなかったから。と同時に、落胆させられることにもなった。

「正直間違いであればと思ってます」
「オレもだ。もしこの推測が正しいなら、事は里にも影響する」

シスイの言葉に目を閉じ眉間にシワを寄せたカカシ。

「もう治療は始まっているんだろう?急ごう、シスイ」
「ああっ」

珍しくポーカーフェイスを崩し焦りを感じているイタチに視線を向けるカカシ。相当リクハのことを案じているのが伝わって来て、その気持ちに共感してしまう自分がいることに少しだけ嫌気がさした。一刻も早く状況を確かめたいのは同じで、三人が病院の入り口に足を進めた…その時だった!!

ーガシャァァアンッ!!

「「「!?!?」」」

視界の右側で窓ガラスの割れる凄まじい破壊音が響き、そこから何か黒いオーラを纏った塊と共にリクハの体が吹き飛ばされて来たのは。

『…っ!!』
「…!リクハっ」
「おい、待てイタチ!!」

ズドンッ!!!と地響きのする音が聞こえ、リクハの体がかなりのスピードを保ったまま地面へと叩きつけられる。得体の知れない黒い塊が不規則な動きで追撃を仕掛けようとしたのとほぼ同時に、イタチはシスイの制止を無視して一瞬でこの場から姿を消した…というよりも珍しく感情を優先して動いたように見えた。

「最悪な予感が的中したな…!」
「全くだっ!オレは二人を援護しますっ」
「ああ任せる。オレは院内を見て来る、頼んだぞ」

カカシの落ち着いた口調に強く頷いたシスイは、先程のイタチ同様一瞬でこの場から姿を消す。先程吹き飛ばされていたリクハの無事を祈りながらも、リンやオビトの安否を確認するため院内へと身を翻した。

「…リン、オビト…無事でいてくれよ…っ!」


沈んだ夕陽に映る
(それでも手を離すことはしない、絶対に)


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