「なんだ…今の声は…」

一気に静けさを取り戻した木ノ葉の里。
イタチは眉をひそめて幻術に堕ちて意識のない敵を見つめる。黒い影が消え、その姿がはっきりと浮き彫りになった。神々しささえ感じる真っ白な体に、閉じられた長い尾羽はまるで純白のドレスのよう。最小限には留めたが両翼から流れる赤い血に、心が痛む感覚がした。

『イタチ…ッ』
「リクハ、大丈夫か?ケガは…」

右手を押さえながら瞬身で姿を現したリクハ。無事だったことにひとまず安堵する。

『平気、大丈夫だよ。ごめんね、全然役に立てなかった』
「いや、あの螺旋丸で一瞬隙が生まれた。助かったよ」

イタチのフォローに苦笑いを浮かべて、目の前で意識を失っている母の形見とも呼べる存在を見つめたリクハは瞳を伏せて笑顔のない表情を浮かべた。

『母さんの、口寄せ動物…』
「……ああ」
『なんでこんなことにっ』

溢れそうな思いに下唇を噛み締めイタチから顔を背ける。疑問や悲しみや、怒りにも似た感情が複雑に絡み合い処理しきれない。それでも今は泣いている場合ではないと気持ちを切り替え涙を堪えると、イタチと向き直り二人はシスイの元へと駆け寄った。

『シスイ!大丈夫っ…?』
「…ああ。すまん、手を貸せなくて…」
『シスイのおかげでみんな助かった。今回復するからね』

膝をついているシスイの背後に周り、チャクラを灯した手をかざすリクハ。流石に須佐能乎を使用した後のチャクラ消費は著しくて、全回復にはしばらく時間がかかるなと表情を歪めた。

「おい、オレの回復は時間がかかる…後回しでいい」
『ダメ…!今動けるようにしておかないと…』

そう言ったリクハの言葉がやけに意味深に聞こえ、敵の動きを封じることには成功したものの、まだ安堵してないように見えた。イタチとシスイは顔を見合わせ眉をひそめる。

「何か気ががりなことがあるのか?」
『うん…嫌な予感がするの』
「嫌な予感?」
「どうゆうことだリクハ」

イタチの問いかけに顔を上げて視線を向けると、自分を心配そうな表情で見つめている。リクハは気持ちを落ち着かせるために小さく深呼吸をして、口を開いた。
彼女の不安は白孔雀の"ハクセン"がまたいつ目を覚まして暴れ出すか分からないというところにあった。綱手が口寄せするカツユに似て、その身に治癒力を宿しているためある程度の自己回復が可能だという。だが傷を回復したところでイタチの幻術にかかっているのだからどのみち動けないだろうというシスイの意見に、リクハは冷や汗を垂らし言葉を詰まらせた。まるでそこを危惧しているのだと言いたげな表情を浮かべて。

『あの超がつく程負けず嫌いな母さんが…』
「「??」」
『…幻術対策をしていないとは到底思えないの』
「…まさか、口寄せ動物にまで対策を?」

シスイの問いかけに頷き肯定する。

『楽観的な父さんと違って、念には念を入れる人だったから』
「確かに、ハスナさんなら可能性はあるな」

腕を組み、思考を巡らせるイタチが未だ倒れているハクセンを見つめる。幻術をかけた時、特に違和感は感じられなかった。妙なチャクラの流れも、何も。
だが一つだけ気掛かりなのは、最後に聞こえた自分の名を呼ぶ女性の声。聞き覚えなどもちろんなく、ハクセンのものなのかどうかも定かではない。

「とにかく今は、封印班を呼んで…」
「どうした?シスイ」

そう言いかけた刹那、シスイはある違和感に気付いて一瞬だけ目を見開いた。先程からおかしいと思ってはいたのだが、やはりそうだ。住民たちの避難を誘導する上忍や暗部の姿をちらほら見かけることはあったが、援護してくる者は誰一人としていなかった。これだけの騒ぎが起きているにも関わらず、どうして誰も自分たちの援護をしようと姿を見せないのか疑問が募る。

「誰も助けにこないなんて、おかしいと思わないか?」
『…!言われてみれば…』
「もうとっくに情報は伝わってるはずだ…上層部は何を」
「誰かが上層部を足止めしてると考えるべきか…」
「何のために」
「分からん…。今回の件は疑問が多過ぎる」

眉をひそめ、目には見えない暗躍する何かを疑うような表情を浮かべたシスイ。

『シスイ、多少は動ける?』
「ああ。だいぶ楽になった、悪いな」
『ううん。それよりハクセンが起きる前に封印班を呼ぼう』
「ならオレが行く。二人はここでハクセンを見張れ」

押さえていた右目から手を離し、よろよろとおぼつかない足で立ち上がったシスイ。イタチがすかさず体を支えて、心配そうな表情を浮かべた。

「無理するな、オレが行く」
「いや、万が一の事があった時今の状態じゃオレは戦えない。何かあったらお前がリクハを守れ」
「シスイ…」

弱々しく微笑んだシスイ。その言葉に守られてばかりではいられないと口を開いたその時だった。

『二人とも、私のことなら…っ!』

ードクンッ…!

『……!』
「リクハ?」

体が大きく脈打ったかと思えば手足の感覚が自分の意思に反して動き始める。それはまるで幻術をかけられ第三者に体を乗っ取られているような感覚。

『体がっ…勝手に…っ』
「おいっ、リクハ」
「どうしたっ」
『(まさかっ…!)』

リクハの内にあるチャクラの流れが変わり、腰のホルスターに入っていたクナイで自身の指先を斬りつけた。それはあまりにも瞬間的な出来事で、イタチがリクハを止めようと手を伸ばしたが遅かった。意図しない動きで血の垂れる手を地面に下ろす頃には、三人の足元に術式が広がり白い煙が立ち込める。そして翼の開く音が聞こえたかと思えばハクセンと同じ甲高い鳴き声が響き、リクハの背後に色鮮やかな孔雀が姿を現した。

「口寄せっ…!?」
『待って…!』

孔雀はすぐに両翼を広げ三人の頭上を通り過ぎていく。静止をかけようと伸ばしたリクハの手は空を切り、届かない。

「ハクセンの幻術を解くつもりかっ」
『…っ!』

契約者である自分の声すら届かず、まるで先程の自分と同じように意識を奪われているような孔雀。何かがおかしいことは今に始まったわけではないが、ハクセンの幻術を解かれてしまっては被害がさらに大きくなるだけ。リクハは唇を強く噛み締めると、瞬身でその場から姿を消した。

「リクハ待て!…無茶しやがって…!」
「シスイッ」

孔雀が倒れているハクセンの真上で羽ばたきを止めると、その体に覆いかぶさるように身を沈めていく。すると孔雀の体が半透明化してハクセンの中に吸収される光景が二匹の頭上に現れたリクハの眼下に広がった。その右手にはチャクラが乱回転し始めていて、こうなる前に孔雀を止めようとしていたことが分かった。どんどん姿が確認できなくなっていく孔雀に表情を歪め右手を突き出した、次の瞬間っ。

『!!!!』
「っ!」

瞬身で姿を現したシスイによって体を抱き留められ、一瞬で元いた所まで戻されてしまった。

『シスイ!どうしてっ』
「もう間に合わん!」
『っ…!』

シスイの言葉に視線を移すと今の今までリクハが居た場所に白い翼が振り払われて空気と瓦礫を斬っていた。あそこにいたら間違いなく体を真っ二つにされていただろう。再び目を覚ましたハクセンは、両翼を勢い良く広げてクナイでついた傷口を一瞬で治癒していく。
そして地面を蹴り上げ宙に飛び立つと、先程とは打って変わってグラデーションのように色鮮やかになった尾羽を広げて先端にチャクラを圧縮したいくつもの球体を生み出すと、三人を鋭い眼光で睨みつけた。

『…うそっ…そんな…』

再び眩い光が辺りを照らし、ハクセンが甲高い声を上げた瞬間。圧縮されたチャクラがリクハたち目掛けて投げ放たれ、眼前に目を開けていられないほどの光が広がり死を覚悟したその時だった。

「よく、リンを守ってくれたな。リクハ」
『「「…!?」」』

この場には似つかわしくない程の、穏やかな声が響いたのは。

「ありがとう」

聞こえて来た声に閉じていた目を開くと…見覚えのある背中が自分たちを守るようにして立ち塞がっていた。

『オビト、さんっ…!』
「イタチ、シスイ、よくこのバカを守ってくれた!」

少しばかり振り返ったオビトの眼は紅く、万華鏡写輪眼を宿していた。

「あれを里の外に飛ばす!…神威!!!」


ヒーローは遅れて登場してくるもんだから
(大事なもんは、必ず守る)


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