『イタチッ…!』
「…大丈夫だ」

脇腹辺りを片手で押さえ、体を起き上がらせるイタチの手の隙間から赤い血がじわりと滲んで滴り落ちる。一瞬何が起こったのかを把握すべくハクセンに視線を向けると、尾羽の一本に残っていた黒い影が見えた。封印しきれていなかったのかと驚愕する。
封印班とカカシの声が響く中で、リクハはすぐにイタチの治療を施そうと体を起こし傷口に両手をかざした。

「リクハ!ハクセンとの契約を続けろっ」
『「!!!」』
「今しかないのだ、急げっ!」

怒鳴り声にも似た強い言葉が聞こえてきて、イタチとリクハがそろって顔を上げるとそこには予想外の人物が立っていた。林の中から突如として姿を現し、勢いはそのままにリクハの腕を掴んで立ち上がらせた。状況が上手く理解できずに足がもつれて転びそうになる。

『待って下さい!イタチがっ…』
「命に関わる怪我ではない!こちらが先決だ!」
「フガクさん、何故あなたがここにっ…」

無理矢理に腕を引いて完全に封印を終えたハクセンの前に立たせると、カカシが怪訝そうな表情を浮かべて問いかけた。

「完全な"神手"を受け継ぐことは、うちはにとっても重要なことだ」
「…見届けに来られたと?」
「情に流され再び期を逃がさないためだ」

そう言ったフガクの鋭い視線が肩越しにイタチを見つめた。あの場でリクハがイタチを治療しチャクラを消費していれば、ハクセンとの契約が叶わなくなると言っているようだった。その言葉にリクハは俯き表情を歪める。

「さあ、続けろリクハ。母からの力を受け継ぐのは、お前の使命だ」
『………』
「リクハ、イタチはオレが。さあ…」

フガクに逆らったところで今はいい結果を生むわけではない。不服そうな表情を浮かべ、再びハクセンに両手をかざした。リクハの気持ちを理解しているカカシは一度フガクを見つめた後、イタチに駆け寄り体を支える。確かに命に関わるような怪我ではないが、赤い血が溢れ見るからに痛々しい。

「無理をしたな…。お前らしくもない」
「…っ。すみません…」

冷静な口調で、優しく語りかける。

「リクハを守りたかったんだろ?」
「………」
「お前の眼には、いつもあいつが映ってる」

そう言ってイタチの紅い瞳を見つめたカカシ。
二人は幼馴染。
お互いを大切にし合っていることも、イタチの気持ちにも気付いている。いつも冷静で暗部の任務中であっても私情など一切挟むことをしないイタチ。一族が里の監視下にあると知った時も、己の手で他里の忍を手にかける時も、どんなに過酷な任務を与えられようとも、イタチという男はいつだって感情の変化を見せてこなかった。
そんな彼が唯一、冷静な判断力を欠き、己の内にある感情に従順な態度を示し行動することがあるのをカカシは知っている。

「度を超えるなよ…イタチ」
「…解っています」

瞳を伏せ一呼吸置く。
強さを追い求めているイタチにとっては、弱みを指摘されているような気分になった。だがどうしても、あの幼馴染のこととなると考えるよりも先に体が動いてしまっている自分がいる。それは今回に限ったことではない。幼い記憶に焼き付いた戦争の爪跡が、大切な何かを失いたくないという思いに直結しているのだ。
いつもなら弱みを指摘されること自体に未熟さを感じ自己嫌悪するところだが、リクハのことはこれでいいんだと自嘲してしまうくらい府に落ちてしまっているイタチがいた。

『…!』

その瞬間、リクハのチャクラの乱れを感じ顔を上げる。
すると…。

「"…アァ…母ニよく似た…温かいチャクラだ…"」

はっきりと聞こえた威厳を感じさせる女性の声と羽根をゆっくりと動かす音に、この場にいた全員がピタリと動きを止めてハクセンに視線を注いだ。
手を離し、ゆっくりと体を起こし始めたハクセンを見上げ躊躇いがちに数歩後ずさるリクハ。ここにいる全員が、固唾を飲んでこの状況を見守っている。
すでに呪印からは解放され、正気を取り戻しているように見えた。

「"…幼イ頃よリ、お前を見てイタ…"」
『……』
「"…イツカ、我が主トなる…娘ダト…"」

両翼で体を支え、起き上がったハクセン。
影が消えて露わになった純白の体からは、神々しさを感じた。
数回翼を前後に動かしながらリクハに近づき頭を垂らすと真っ直ぐな空色の瞳と、ハクセンの宝石のような瞳が重なりリクハが息を飲んだ。緊張しているのだと分かり、伝わってくるその純粋さと若さにハクセンが微笑んだ。

「"母ハお前ヲ、待っテいた…"」

そう言って右翼をそっとリクハの頬にあてがうと、ハクセンは己のチャクラをリクハの中に流し込み目を閉じた。
その瞬間、ハクセンの言った言葉の意味を理解できた。
リクハの体を包むように伝わってくるチャクラはまるで母そのものの様で、言葉を交わしているわけでもないのに妙な安心感と面影を感じ瞳から涙が溢れた。ハクセンは目を閉じたまま、穏やか口調で口を開く。

「"私ノ中には、神手を受け継いダ歴代ノ者たちのチャクラが蓄積されテいる…"」

幼い頃の思い出、優しい手に、太陽のような笑顔。
負けず嫌いで誰よりも明るい母親の姿が、走馬灯のように頭の中で駆け巡る。死ぬ間際のことは何一つ分からないし、最後に交わした言葉は「またね」と再会を誓うものだった。突然訪れた両親の死に今もなお心は深い傷を負ってはいるが、今こうしてハクセンからチャクラを受け取ったことによりその傷が癒えていくような気さえした。
穏やかな風が吹き、リクハの髪を撫でるように揺らしていく。

「"仙波リクハ…"」
『?』

静かに名を呼ばれ、伏せていた瞳をゆっくりと開いたハクセン。

「"神手を私ノ前へ…"」
『…え…は、はい』

涙を慌てて指先で払うと、言われた通り白く輝く両手をハクセンの前に差し出した。

「"…契約ノ、証ダ…"」

そう言って頭を下げたまま両翼を広げ、リクハの体を抱きしめるようにして包み込む。大きな翼で見えなくなったリクハの姿を、反らすことなく全員が見つめている。
差し出した手の上にはハクセンの頭があり、再び閉じた瞳から涙が零れ落ちる。一粒の涙はリクハの神手に小さな水音を立て、浸透していった。
直後に純白の輝きを放っていた両手がさらなる輝きを放ち次第に小さくなっていく。
両手の関節に小さな紋様が浮かび上がり、そこからハクセンの純白の羽が伸びる。左目の下に浮かび上がった紋様とは少し違うが、似た様な形のものが浮かび赤く色付く。不思議そうに自分に起きている現象を見つめていると、ハクセンが頭を上げて瞳を開いた。

「"…お前ノ中にハ、強い想イのチャクラがある"」
『え…?』
「"……そウか…コレは…うちはノ者への想イだナ…"」
『え、あの…っ』
「"…しかと受け取っタぞ…仙波リクハ"」
『!!!』

ハクセンの言葉の意味をリクハが理解するよりも早く、自己完結するかの様に納得したハクセンが翼をバサッと開き頭を下げ会釈する。
両翼が地面に付くほど体勢を低くしてリクハに対して敬意を払うと、今度は勢いよく地を蹴り高々と飛び上がった。

『…!ハクセンッ…!?』

体を何度も回転させながら空高く舞い上がったハクセンは、白い翼を思い切り広げてリクハたちの姿を確認すると安堵したかの様に目を細め、白い煙となって姿を消した。

『………』



(それがお前の力となる)


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