イタチの怪我の治療を行うリクハを見て「神の身技を目の当たりにしているようだ」と封印班の男たちは口々にそう言った。

『イタチ、平気?』
「大丈夫だ。ありがとう」

ハクセンが消えた直後、リクハは今しがた目の前で起こった出来事から意識を切り離すと、何かを思い出したかのように肩を震わせた。
干渉に浸ってる場合でも、新しい力を得たことに安堵している場合でもなかった。今は先程自分を庇って怪我をしたイタチの治療をするのが最優先事項。
慌てて身を翻しイタチの元まで駆け寄ると、すぐさま傷口に白い手をかざしチャクラを流す。すると傷口が一瞬で塞がり、それどころか消費したチャクラまでもが補われていった。
全回復。
それをものの数秒で終えたあまりにも速すぎる術スピードに、イタチもカカシもリクハまでもが驚いた表情を浮かべていた。

「凄い力だな…」

珍しく心に浮かんだ感情をそのまま口にしたイタチの言葉に、リクハは若干戸惑いを見せた。手首に浮かんだ紋様とハクセンの白い羽が、今までの神手との違いを教えてくれる。

『カカシさん、イタチをお願いしますっ』
「え?」
『私行かないとっ』
「おい、どこに行くんだ…って…リクハ!」

イタチの治療を終えるなり慌てた様子で立ち上がったリクハは、カカシの問いに答えるでもなく一瞬でこの場から姿を消し数メートル先にある木の枝の上に飛び移った。彼女の姿はすぐに目で追えなくなり、カカシは「全然話聞かない」とため息混じりに呟いた。リクハがどこに向かったかなんて聞かなくても分かってはいるのだが…。

「イタチ…」
「…父さん…」
「神手は使い慣れていないうちは負担が大きい。無理をさせるな」

すれ違い様に見えた父親の瞳からは、安堵の色が見て取れた。



『シスイ!オビトさん!』

カカシたちの居た場所から少し離れた林の中。
すでに医療班が到着してシスイとオビトに治療を施しているところだった。聞き慣れた声に閉じていた目をゆっくりと開けその姿を視界に収めると、シスイはリクハの無事に口元を弱々しくつり上げ胸を撫で下ろした。

『すいません、私が治療を代わります!』

少々険しい顔つきでそう言ったリクハが二人に駆け寄りしゃがみ込む。数人の医療忍者たちがリクハならと身を引き三人を見つめた。
シスイはまだ意識があるが、オビトはもともとの疲労も重なり完全に意識を手放している。二人とも大きな怪我はしていないが、チャクラの消耗が著しかった。

「…リクハ」
『みんなのお陰で上手くいったよ』
「そうか…良かった」
『うんっ。ありがとう』

問いかけるように自分の名前を呼んだシスイに対して眉を下げ微笑んだリクハ。この二人の活躍が無ければ今頃木ノ葉の里の一部は大損害を受けていたと断言できる。
リクハが白く輝く両手でシスイとオビトの右手と左手を優しく握りしめチャクラを流すと、消耗していたはずのチャクラが一気に補われ気怠かった体に身軽さが戻ってくる。
そのあまりの速さに両眉を上げたシスイに続き医療班の人間たちが小さな歓声を上げた。

『すみません、二人をお願いします』
「えっ、あ、ああ、分かった。だけどもう…」

自分たちが手を加えられることは何もないと言おうとした瞬間、リクハが二人から手を離し立ち上がった。どうやら急いでいるようだ。そんな雰囲気が伝わってくる。

「(万華鏡を使った後のチャクラを一瞬で…)」
『シスイ、無理してすぐに動いちゃダメだよ』
「どこに行くんだ?」
『リンさんのところ』

そう言ったリクハの瞳から伝わってくる強い意志のようなものに、シスイは「そうか」と納得の表情を浮かべ頷いた。そして瞬足で姿を消したリクハを見送ると、シスイはゆっくりと立ち上がりオビトの体を小さく揺らした。



リクハたちが戦闘を行った区域では、忍による住人たちの安否確認、誘導、負傷者の治療なとが慌ただしく行われていた。医療忍者としてすぐにでも手を貸したいところだが、今はリンの元へと焦る気持ちがリクハの体を動かし続ける。
行き交う人々の合間を縫うようにして進み、微弱ながらもしっかりと感じることのできるチャクラを辿れば行き着いた先は病院の入り口だった。外まで患者が溢れていることに表情を歪め、リクハは迷うことなく病院内へと駆け込んだ。

『リンさん!』
「…!!リクハかっ!良いところに来てくれたっ」

ロビーに響いたリクハの声に、リンの治療に当たっていた仙波一族の医療忍者の男が大きく手を振り居場所を示してくれた。騒ぎの中なんとかリンの身の安全を保証してくれていたのだろう、並んだ待合い用のソファーの上で眠っているリンの姿を見つけるなりすぐに駆け寄りその頬に触れる。
白い手に浮かび上がった紋様と羽に、男の目が大きく見開かれた。

「お前っ、"神手"を完全な形にできたのかっ!?」
『…チャクラがほぼ消えかかってる…』

男の質問を流しリンの容体に全意識を集中させるリクハ。医療忍者である男の方も絶対に答えてほしいというわけでもなく、すぐにリクハの言葉に意識を運びリンを見つめた。

「ずっと回復を試みてるが、オレ一人のチャクラでは足しにもならない」
『大丈夫です。ここからは私が…』
「いけそうか?」
『はいっ。ジュウジさんは他の負傷者の手当てに回ってください』

ジュウジと呼ばれた男は自信に満ちた力強いリクハの言葉と新たな力に、絶対的な信頼を抱くことができた。ジュウジはリクハよりも一回り年上の上忍であるが、躊躇することなくその指示に従い「頼んだぞ!」とこの場を離れた。

『リンさん、遅くなってごめんなさい』

やっと救える。
そう思うだけで内にあるチャクラが高まっていくのを生々しく感じることができた。

『ふぅ…』

一度深呼吸をしてから目を閉じる。
祈るように両手を胸の前で組み、全チャクラに意識を向ける。すると光の玉が重なり合っている手の辺りから浮かび上がり、小さくも強い光を放ち始める。
それと同時に両手に浮かんだ紋様が一瞬、炎を思わせる陽の色と、翡翠の色を左右それぞれで放った気がした。
リクハは浮かび上がった光の玉を包み込むようにして両手で持つと、それをリンの胸の上にそっと落としてみせた。

『"神手・神療蘇生快包(しんりょうそせいかいほう)"』

光の玉はリンの体の中へと沈んでゆき、次の瞬間には体の中を無数の光が駆け巡り強い輝きを放つとすぐに消えて無くなった。
一瞬の出来事であった。

「……」
『…これで、もう大丈夫だよ……オビトさん』

狭まっていく視界、遠退いていく意識の中で、自分の名を呼ぶ幼馴染の声が聞こえた気がした。



(大切なものを救いたい。その為の力)


*前 次#


○Top