「兄さん」
「…?」

任務終わりに一度帰宅し、身支度を整え早々と家を出ようとする兄。我が家だというのに滞在時間はたったの数十分。夕食の支度をする母と、兄の帰りを待ちわびていた弟に声をかけるでもなくイタチは玄関先に座わり靴を履いている。そんな兄の姿を納得のいかない表情で見つめながら、顔だけを振り向かせたイタチを少しばかり睨んだ。

「今帰って来たばかりでしょ?」
「…サスケ」
「いつもいつも、どこに行ってるの」
「………」
「任務じゃないよね?…修行ならオレもいっしょに」
「大事な用なんだ」

サスケの言葉を遮りそう言ったイタチの表情は、困った時によく見せるそれだった。自分よりも遥かに優れた忍であるイタチが言う大事な用であれば、任務に関係していることか、はたまたシスイとの何かか…どうせ問いただしたところで教えてくれないことは予想できたが、最近自分に関心を示してくれない兄への細やかな抵抗になればと、サスケは口をへの字に曲げた後口を開いた。

「たまにはオレの修行に付き合ってよ」
「サスケ…大事な用があると…」
「リクハ姉さんは付き合ってくれるよ」

自分を諭そうとしてくる兄の言葉を今度はサスケが遮る。
思った通り、イタチはその名前に反応を示した。

「最近は会えてないけど」
「………」
「でもお願いすると、ちゃんと付き合ってくれる」

だから兄さんも…そんな言葉が続きそうだった。自分との時間をもっと作って欲しいと望みはするが、大好きな兄を本当に困らせてまで叶えたいとは思わない。幼いサスケなりに気を遣っているのが分かり、イタチの胸がちくりと痛んだ。サスケがリクハの名前を出す時は、自分との交渉の最終手段。幼い弟にまで自分の弱点を突かれてしまい、イタチは小さな溜息を吐くとサスケを手招きして自分の元へと歩み寄らせた。いつもなら額を小突かれ「また今度だ」と言われるのがお決まりだが、今日に限ってはイタチの手がサスケの額に触れることはなかった。

「兄さん?」
「修行は付き合ってやれないが…」
「…むぅ」
「お前も一緒に来い」
「!!」

一瞬思い切り顔をしかめたサスケが閃光の速さでぱぁっと表情を輝かせる。その移り変わりの速さにイタチは吹き出しそうになったが笑いをこらえ、穏やかに微笑んだ。自分が幼い頃には持ち得なかった子供らしさをサスケは持っている。

「いいの!?兄さん、大事な用にオレが行っても」
「ああ。来るか?」
「う、うん!ちょっと待ってて」

さっきまで不機嫌だった弟はどこに行ってしまったのか。イタチの大事な用というやつに自分が関われるのだと分かり、水を得た魚のように活力を帯びたサスケは、自分も身支度を整えるべく部屋の中へと駆けて行った。そんな姿を見届け小さな笑みを浮かべたイタチは、5日前から目を覚さずにいる幼馴染の説明をどうサスケにすればいいのかと思考を巡らせることにした。



「あれ…イタチ君?」
「「??」」

行き先など知らなくても、自慢の兄と他愛も無い話をしながら過ごす時間はとても嬉しかった。大事な用とやらの内容をすぐには教えてくれない代わりに、アカデミーでのことや、会得したい忍術のこと、兄の背中を追いかけ日々努力を惜しまないサスケの修行話に耳を傾け、目的地へと足を進めていた時だった。うちはの敷地を抜けた辺りで名前を呼ばれ、立ち止まったのは。

「イズミ」
「やっぱりイタチ君だ。久しぶりだね」

少女は嬉しそうに二人に歩み寄る。暗部での任務や日々の生活の中で忘れかけていた存在を前に、イタチは珍しく驚いた表情を浮かべた。が、すぐにいつも通りの表情で少女を見つめ、定型文のような返事を返した。

「ああ、そうだな」
「元気にしてた?」
「普通だ」
「そ、そっか。変わりないならよかった」
「そっちはどうだ?」
「とりあえず任務をこなす毎日かな」

ふわりと笑う少女。
サスケにとっては見知らぬ相手だった。
初めて知る兄の繋がりに、何故かモヤモヤとした感情が湧き上がるのを感じた。

「イタチ君、珍しいね…」
「?」
「今日はリクハちゃんと一緒じゃないんだ」
「…ああ」
「そう言えば最近見かけないけど…」
「……」
「あの……喧嘩でも、した?」

リクハという名前に一瞬瞳を伏せたイタチに、恐る恐ると言った感じで問いかける。上目遣いで遠慮がちな瞳と視線を重ねると、イタチはほぼ無表情で年頃の女子が気にしそうな問いに答えるべく口を開いた。

「オレたちはそんな無意味なことはしない」
「そ、そっか…。そうだよね…」
「数日前の騒ぎで怪我人の対応に追われてるだけだ」
「優秀な医療忍者だもんね!凄いね、リクハちゃんは」

イタチの返答に困惑しながらもふわりと笑う少女の視線が自分へと移る。サスケは警戒心を抱きイタチの服の裾を引っ張った。
少女は長い黒髪に、切れ長で冴え冴えとした眼が印象的で、どこか優しさを感じさせる雰囲気と魅力を持っていた。着ている服やうちはの敷地内に居ることから、自分たちの同胞だとすぐに分かった。
物心ついた時から"姉"と慕うリクハとは違った雰囲気の少女に、サスケの表情が歪みイタチの背後に身を隠した。

「もしかして、イタチ君の弟?」

穏やかに、でもどこか嬉しそうな笑みを浮かべたイズミ。前屈みになりサスケの姿を覗き見る。

「ああ」
「へぇ〜っ。目元がイタチ君にそっくりだね」
「……」
「名前はなんて言うの?」
「………」
「サスケだ」
「サスケ君かあ!素敵な名前だね」

イズミの問いに答える気すら無いのか、怪訝な表情を浮かべているサスケの代わりにイタチが答える。先程まであんなに饒舌に話をしていたのに…、そんなふう内心呟きながら自分の背後に身を潜める弟に視線を移し、「大丈夫だ」という意を込めて肩に手を置いた。今は沈黙を頼りに、イズミという人間を見極めているようだ。

「私はうちはイズミ。お兄さんとは同期なの、よろしくね」

満面の笑みを浮かべながら手を差し出したイズミ。サスケはすぐに反応を示さずじっと漆黒の瞳を見据えた。そして差し出された手からイズミへと数回視線を行き来させた後、サスケは思い切り眉間にシワを寄せて…。

「アンタと仲良くする気はない」

ぶっきらぼうな口調で痛烈な一言を言い放った。


知らないがり
(率直な感情が言葉になった)


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