「君は絶対に、そうなっては駄目だよ。イタチ君」
「………」
「里という強大な闇に、負けちゃ駄目だ」
「………」
「…リクハちゃんの為にも、自分の為にもね」
穏やかな口調の中に、ムスビの確固たる意志の強さが現れる。暗部という闇に身を沈めた親友とイタチの姿を重ねて必死にそうならないようにと切に願っているような。
「まるでオレの行く末を知っているような口ぶりだな」
「………」
「アキトさんがそう言ったのか?」
「どうしてアキトが言ったと思ったの?」
質問を質問で返されるのは好まない。ムスビはイタチやシスイほど頭のキレるタイプではないが、馬鹿ではない。イタチの問いが自分から何を引き出したいのか分かっているはずなのに、彼もまた何かを確かめるかのようにイタチの考えを引き出そうとする。回りくどい問答は好きではないが、答えなければヘラヘラ誤魔化されてしまうだろうと踏み溜息混じりに口を開いた。
「少し待ってくれ…」
「え、うん。いいけど…どうしたの?」
ゆっくりとした動作で呆れながらに立ち上がったイタチが、幼馴染の眠る簡素なベッドに近づきその肩を軽く揺すった。眠っているのにどうしてわざわざ起こすのだろうと目を丸くし疑問に思っているムスビをよそに、イタチは「おい」と小さく微笑み声をかけた。
「オレの前でまだ狸寝入りするのか?」
『……………スー……』
「盗み聞きは感心しないな」
そう言うと、今の今まで穏やかな寝息を立てていたリクハが壁に向けていた体をゆっくりとイタチの方へ向けて、『暗部がそれ言うの…?』と肩をすくめて起き上がった。
「起きてたのっ?」
『ごめんなさい、盗み聞きするつもりはなかったんですけど…』
「いつもの決まり文句だな」
『違うよっ。ホントにそのつもりじゃなかったの』
幼馴染の額を人差し指で小突き笑顔を浮かべたイタチとそれに対して不満を口にしているリクハ、二人の仲睦まじいやり取りを見つめながらムスビは漆黒の瞳を細めて穏やかに微笑んだ。自分と話している時はニコリともせず愛想の無さが悪目立ちしてしまっていたうちはの同胞が、今は幸せそうに笑っている。そこにいるのはうちはの天才でもなく、仙波の異端児でもなく、ただの少年少女…仲の良い幼馴染のイタチとリクハだ。本来ならば、こうでなくてはならないんだとムスビは言葉にできない思いを心で呟く。里と一族、二つの深い闇の間に立つべき人間は、この子たちではないんだと。
「凄いねイタチ君。どうして気づいたのっ?」
「リクハはチャクラの動きが分かり易い」
『そんなことないと思うけど…』
「ならシスイにも聞いてみるんだな」
『え"…シスイにもそう思われてるのっ…』
「フフッ…いいね、なんか幼馴染って感じで」
『「…………」』
「あっ、ごめんっ…。…もしかして恋人同士だった?」
後ろ髪をかきながら緩い笑顔でそう言ったムスビに、なんとも複雑な表情を浮かべたイタチとリクハは互いの顔を見れずに視線を逸らし合う。この状況下で心の片隅に置いておいた感情が改めて顔を出し、今日までの出来事が嫌でも蘇ってきた。
「……あ、えっと…余計なこと言った?」
『「………」』
「……あぁっと………なんか、ごめ…」
『幼馴染です…』
リクハの言葉が、静かに響いた。
*
「引け!ここはうちは警務部隊の管轄だ!」
「仙波の問題はうちはに一任してある。介入は不要だ」
「おたくらの意見は聞いてねぇよ。俺たちは暗部だ」
「何だと貴様!?」
「うちはと言えど里長の意向に背くのならば拘束する」
リクハたちがムスビと対面を果たした少し前、木ノ葉の里…うちは一族と仙波の居住区を結ぶ大門の前には、数名の暗部とうちはの警務部隊が睨み合う形で対峙していた。淀んだ空気、ピリピリと肌を刺すような緊張感が漂う。幸いにも時刻は深夜を過ぎていて、野次馬は少ない。上忍であるシスイとオビトがこの現場に駆けつけた時、すでにこの対立は始まっていた。理由は明白、どちらが起きてしまった事件を管轄するかで収拾がつかないのだ。暗部は里の権力を振るい、うちはは一族のプライドと誇りを守ろうと必死だ。両者が互いの主張をするばかりで、誰もこの悲惨な現状を本気で解決しようとは思っていない。シスイは少し離れた場所で互いの足元で息絶えている、仙波一族の者の無惨な亡骸を見つめ表情を歪めた。
「おい。止めろお前たち」
騒然とした状況下に響いた低い威圧的な声に、この場にいる全員の視線が注がれる。キツネの面をつけ表情こそ見えないが、その見慣れた銀髪にオビトが小さく「遅せぇよ」と呟いた。
「揉め事を起こすな。里の人間が死んでるんだぞ」
面下にある鋭い瞳が道を開けた部下を睨みつける。
「隊長、先に難癖つけてきたのはあっちっスよ」
「全てうちはに一任するおつもりで?」
「連携しろと言っている。歪みあっている場合じゃないだろ」
その言葉に、シスイは同意を示すかのように小さく頷き両腕を組み、オビトはジッと友の様子を伺っている。二人とも立場上動向を見守ってはいるが、これ以上の揉め事が起きればすぐにでも仲裁に入るつもりでいる。一体この場にいる幾人の大人たちが、彼らのように物事の本質に目を向けられているのだろうか。第三次忍界大戦を生き延びてきた歴戦の猛者たちは多くの仲間の死、人の死を通して何を学んできたというのだろう。
「お前が暗部の部隊長か?」
低く威圧的な男の声が、部下を諭しているカカシに向けられる。
「はい。部下の無礼を、お許し下さい」
うちはと仙波の集団の前に立ち、敵意で吊り上がった糸目で頭を下げたカカシを見つめたのは、イタチの父フガクの側近である白髪頭のヤシロだ。
「三代目の意向を聞こう」
「はい。今回の件は三代目よりうちは警務部隊と協力するようにと仰せつかっております」
「頭を下げれば済むのか?……里の犬が偉そうに…」
「最後の最後で手柄を横取りするつもりだぞっ」
「また俺たちに濡れ衣を着せようとしてるんだっ」
暗部の部隊長という立場でありながらも傲慢な振る舞いはせず誠意を見せたカカシに対し、野次馬たちから罵声が上がる。刹那、オビトの表情が歪み一歩前へ出ようとしたのをシスイの手が静止した。
「なんだよ!黙ってろってのかっ?」
「…あれを」
「あっ??」
野次馬たちの背後、少し離れた場所へと視線を向けているシスイに合わせて目線を動かすと、厳しい表情を浮かべたうちはフガクと部下イナビがそこにいた。「道を開けてくれ」という冷静な一声に野次馬たちが左右に分かれ、ヤシロが一歩身を引き頭を下げた。
「ヤシロ、イナビ、野次馬を下げろ」
「「はっ」」
「……(うちはフガク…)」
他里の忍から兇眼のフガクと恐れられている男の醸し出す雰囲気は、ヤシロやイナビ、親友であるオビトのそれとは異なり隙が一切無い。厳格さを感じさせるその立ち姿に、ふと部下であるイタチの存在が脳裏をよぎった。彼も将来はこの一族を束ねる役目を担うのか…と。
「一族の者たちの振る舞いを許してくれ」
「え…?」
「仙波はうちはの懐刀…昔からそう呼ばれているほどうちはと仙波は親交の深い一族だ。…言わば身内のようなもの。故に、家族に等しい者が殺さられ殺気だっているのだ」
「…こちらも配慮が足りず、申し訳ありません」
血まみれの死体の前に片膝をつき、恐怖で見開かれたままの瞼にそっと手を重ね安らかにと黙祷を捧げたフガク。息子であるイタチの幼馴染と同じ一族の少女。その無惨な遺体を目の当たりにするのは、決して気分のいいものではなかった。
「フガク様、我々暗部は三代目様より…」
「堅苦しい言葉は不要だ。揉めるつもりはない」
ゆっくりと立ち上がったフガクが、真っ直ぐカカシを見つめる。
「…暗部の周辺捜査の許可を頂きたい」
「警務部隊にも連携して捜査に当たるよう伝える」
「御助力感謝します。…聞いたな。私情を挟まず任務を遂行しろ」
「……御意」
「ちっ…。了解」
視線を僅かに後ろへずらし、部下たちに指示を出すと二人は地を蹴り一瞬で姿を消した。互いの部下たちがこの場からいなくなり、残っているのは向かい合うカカシとフガク、そしてそれを見守るシスイとオビトだけとなった。
「少し、話せるか?」
「…私とですか?」
「ああ。…お前たちも此方に来い」
胸の前で腕を組み、少し離れた場所にいる若き同胞二人を呼び寄せる。シスイにとっては親友、オビトにとっては後輩であるイタチとは関わりの深い仲ではあるが、フガクとは一族の集会でしかまともに顔を合わせる機会がない。二人は一度顔を見合わせ、歩みを進めた。
「今回の被害者を見て、お前たちはどう思う?」
「どうって…そりゃあ…」
「…酷似していると思います」
「……背丈や髪の長さだけなら判別できねぇっすよ…」
「二人に同意です」
「……やはりそう思うか」
ここにいる各々と関わりの深い人物によく似た背格好の少女の遺体。この少女が狙われ殺害されたのは、偶然ではない。意図して何者かが仕組んだ、計画性のある犯行。
「……二人が里の外に出ていることを知り得ていない者の企てでしょうか」
「いや、そうとも限らん。神手を狙う輩は多い」
「…護衛に就いてるイタチに知らせるべきじゃ?」
「…内密に動きたい。犯人が特定できない以上周りを安易に信じ込むのは危険だ。…今の暗部とうちはでは、連携など不可能だからな」
溜息混じりにそう言ったフガクに対し、何とも言えない複雑な感情を胸に抱いたオビトとシスイ。今この場にいる各々の間には、里、一族といった境界線がないように思えたからだ。あるのただ、大切な者を守らなければならないという強く純粋な意志だけだ。
「上手く動いて欲しい。表向きのことは俺が何とかする」
「暗部のことは私が…。オビト」
「ああ。オレもうちはと暗部が揉めないよう間を取り持つ」
「イタチとリクハにはオレが」
「了解した。各自警戒を怠らず、ここにいる者以外はあまり信用するな。…解ったな?」
フガクの威厳ある声色に、三人は大きく頷いた。
「リクハを何としても守らねばならん」
Mission.7
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