リクハ



病室のベッドの脇に立っているイタチの小さな手が、リクハの左頬に添えられた。その大きな漆黒の瞳は安堵していて、リクハは穏やかな笑みを浮かべ『ありがとう』と感謝の言葉を口にする。その言葉に首を左右に振ったイタチが、今まで浮かべていた表情を崩し伏せ目がちに視線を落とした。

「同じ班なら、オレがリクハを守れた…」
『え?』

予想していなかったイタチの言葉に少しだけ目を見開き首を傾げたリクハ。
頬に添えられていた手が力無く離れていき、膝の上に乗せられている両手の上へと落ちてきた。重ねられ、優しい体温が伝わってくる。イタチは小さなため息を吐いた。
数ヶ月に目の前で殺されたテンマの姿が目に浮かんだ。体がすくみ、死の恐怖を感じて何もできなかった自分に果たしてリクハを守れるのだろうか。そんな気がしているようになっているだけなんじゃないのかと思ったが、顔を上げて視線を重ねるとテンマやシンコには抱くことのなかった感情が溢れ出し必ず守れる…そんな強い想いに目の奥がドッと熱くなった。

「班編成があるって聞いたんだ」
『…うん』
「テンマが死んで、シンコは忍びを辞めたから」
『…カンナさんも死んだって…。私が居たのに』
「リクハのせいじゃない」

カンナはリクハと同じ班の忍びだった。飛び級で異例の卒業をした二人にとってはテンマもカンナも先輩に当たるが立場は同等、自分より優れた才を持つリクハを妬んでいたのだろう。手柄を上げようと下忍でありながら任務中に無謀な独断をしたカンナ。彼女を助けに敵の懐に踏み込んだリクハたちは怪我を負い、着いた時にはカンナは血を流し息絶えていた。自身の負の感情に呑まれ自制を失った彼女に待っていたのは死という現実だけ。
価値観の違いからか、リクハはカンナの対応に頭を悩ませていた。それを知っているイタチは悔やんでいる様子の幼馴染の手をギュッと握りしめた。こんな時でも湧き上がってくるのは、リクハじゃなくて良かったという身勝手な感情。

「あの状況下で、独断先行した彼女が招いた結果だ」
『…でも』
「リクハのせいじゃない」
『………』

黒い漆黒の瞳から伝わってくる強い意志にリクハは口を噤んで、少しだけ表情を歪め小さく頷いて見せた。
時々あるのだ。自分と同じ幼い年齢でありながら、その年に似つかわしくない眼差しと有無を言わせない強さを垣間見せる時が。優しくて思いやり深い一面があるにも関わらず、冷静で理路整然と人の死を受け止めてしまう幼馴染に黒い影が見え隠れしているのをリクハは不安に感じた。

「一人で背負い込まなくていい」
『……』
「オレの時も、リクハが一緒に背負ってくれた」
『それは、イタチが何でも一人で受け止めようとするから…』
「リクハに言われたくないな」
『なっ』

クスッと目を細めて微笑んだイタチに、納得がいかないような表情を浮かべたリクハ。

「一人で背負おわなくていいんだ、リクハ」
『…うん』
「オレが一緒に背負おうから」

座っていた椅子から立ち上がり、リクハの両頬に両手を添えて視線を合わせるイタチ。安心させたくて優しく微笑むと、リクハはイタチの言葉を受け入れて一度だけはっきりと頷いた。

『一緒の班になれるといいね』

リクハの言葉に「ああ」と短い返事を返したイタチ。心の底からそうなればいいと切願し、リクハの額に自分の額を重ねて目を閉じた。突然の行動に驚いた表情を浮かべたリクハだったが、伝わってくる体温が心地良くてゆっくりと目を閉じ微笑んだ。

「リクハが無事で良かった…」
『ありがとう、イタチ』



(いつもそばに居た。これからも…)


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