この部屋に近づいてくる気配によって我に返った。
長い長い思い出の中からようやく意識を現実へと戻せたのは気づかず内に夜が明けた後で、ずっと同じ姿勢で固まってしまった体を動かすと少しだけ解放されたような感覚がした。イタチは未だに目を覚ますことなく穏やかな表情で眠っているリクハを見つめ、小さなため息を吐きこの部屋の入り口で止まった足音の方へと視線を移した。

「やっぱりここに来てたか」
「…」
「昨日見舞いに来たシスイが、お前を心配してたぞ」

木ノ葉病院の病室で、窓から差し込む陽の日に照らされたオビトの姿を視界におさめると、少しばかり疲れている顔で苦笑いを浮かべて見せたイタチ。
数日前まで巻かれていたオビトの左目の包帯は取れていて、チャクラも安定している。彼もまた、リクハの神手によって病み上がりの状態から全快した一人だ。

「もう、体は大丈夫なんですか?」
「ああ。…リクハのお陰でな」

冷静な口調で言葉を発したイタチの問いかけに、深いため息を吐き軽く笑みを浮かべたオビトはやれやれといった感じでベッドの脇にある椅子へ腰を下ろした。先程苦笑いを浮かべた瞬間が珍しいなと思いながら。

「疲れた顔をしてるな。シスイが心配するわけだ」
「オレは大丈夫です」

言うと分かっていた。イタチらしい回答。
オビトは苦笑いを浮かべた。

「そんな顔で言われても説得力ないぞ」
「………」

そう言い自らの目元を指差しながら「隈(くま)が酷い」と今のイタチの状態を口にしたオビト。自分では特に何も感じてはいなかったが、他人からはそう見えるのかと興味なさげに内心呟きオビトから視線を逸らした。

「お前の気持ちは痛い程分かるよ」
「………」
「オレもそうだった」

リクハを真っ直ぐ見つめたまま、オビトはリンが目を覚さない現実を受け止めきれなかった数週間前までの自分を思い出し、自嘲気味に声を出して笑い一瞬顔を俯かせてため息を吐いた。生きてはいる、だがいつ目を覚ますか分からない現状がすごく不安で堪らなかった。もしかしたらこのまま…なんて思考に押し潰されそうになったりもした。だから分かるのだ、イタチの気持ちが。

「どんなに過酷な任務よりも、正直怖いと感じた」

その言葉が何を意味するのか、イタチはすぐに理解することができた。

「お前は優秀で天才だが…そこはオレと同じだな」
「…オレは…」
「お前にも、ちゃんと弱みがあるんだな」
「………」

ゆっくりと顔を上げたオビトは自分の言葉を否定するでもなく、恥じる様子でもなく、ただリクハを見つめたまま口を紡いでいるうちはの天才を前に吹き出しそうになった。
想いを寄せる相手のこととなると不安に押しつぶされそうになるという意外な弱点を突かれたイタチが、その通りだと無言の肯定をしているように見えたからだ。

「初めてか?ここまで目を覚まさないのは」
「…いえ。昔一度、下忍の任務で怪我をした時に」
「そうか。その時もそばに居たんだな、お前」
「………」

「イタチ、そろそろ帰らないと…」
「母さんは帰っていいよ。オレはここに居る」
「看護婦さんたちが付いてくれてるから大丈夫よ?」
「…嫌だ。リクハが目を覚ますまで離れない」


家族以外の人間に、どうしてここまでの想い入れがあるのか正直自分でもよく分からない。家族と言ってもイタチにとっての両親との関係は格段良いものと呼べる代物ではないし、父親とは特に価値観の相違が広がるばかりだ。自分が置かれている立場が原因というところもあるが、自身の生みの親が同じ状況であっても恐らくここまでの行動はしないだろうと断言できた。
幼い頃から苦楽を共にし、自分の全てを受け止め常に隣を歩んでくれる幼馴染の存在が、いつの間にか居場所と呼べるものになっていた。弟であるサスケが自分の存在を兄という価値ある者にしてくれたように、リクハもまた、自分が愛を持った人間なのだと教えてくれた存在なのだ。

「なあイタチ」
「はい」
「お前いつだったか、オレに言ったよな。"応援してる"って」
「…ええ、確か」

曖昧な返事をしたイタチに、オビトは表情を変えるでもなく椅子からゆっくりと立ち上がり右手を拳に変えてイタチに向かって差し出した。

「オレもお前を応援してるよ」
「…」
「他の奴になんか取られんなよ?」

「特にカカシには」とイタズラな笑みを浮かべたオビトだったが、本心から自分の想いを後押ししてくれているのが分かった。イタチはこの手の話にどう対応していいか迷ったが、差し出された拳に控えめに自身の拳をぶつけるとオビトはニッと白い歯を見せ人懐っこい笑みを浮かべた。

「それと、お前も少しは休めよ?シスイが心配してた」
「…はい」
「じゃあな。また演習場で」

拳にしていた手を広げて軽く挨拶をした後、オビトはイタチに背を向けて病室から出て行った。再びやってきた静寂に、小さくため息を吐く。シスイの言う通り少し休もうかと考えて、リクハに視線を移したその時だった。イタチが座っていた椅子から勢いよく立ち上がり、表情を歪めてリクハの左手を強く握りしめたのは。

『………イタチ…』

ゆっくりと開かれていく瞳がイタチの姿を映し出し、ずっと聞きたかった声が名前を呼んでくれる。たったそれだけのことなのに愛情が溢れ出すような感覚が胸の奥からして来て、イタチは空いている方の手をリクハの頬に添えて優しく微笑んだ。


がいる
(ただそれだけで)


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