「ねぇ父さん!」
「どうした?」
「今、白いクジャクが空を飛んでた!!」

若草色の甚兵衛を着た少年が、店先に立ち陳列されている商品を品定めしている父の着物の袖を引っ張り少々興奮気味に青い空を指さし言った。
父親はやれやれと呆れ気味な表情を浮かべると、我が子の頭に手を置き「そりゃ良いものが見れたな」とその場しのぎな笑みを作った。

「だがな、孔雀は飛ばねぇ。飛べても一瞬よ」
「違うよ本当に見たんだ!尾がたくさんあった!」
「尾じゃなくて尾羽ってんだ」
「すげぇキレイだったんだ。ウソじゃないぞ!?」
「わーったよ、良かったな」

子供の戯言だと軽くあしらう父親に、抵抗する息子。
そんな親子らしいやりとりを遠目から眺め、イタチは少年と同じように空を仰いだ。そして暗部の面を付けたまま、誰にも見られることなくその場から姿を消した。



『………』

左手にそびえる大きな崖からは、大地の鼓動が聞こえる。
右手に広がる緑林からは生命の息吹が吹き抜ける。
足の指先からハッキリと伝わる川の流れが、まるで自然の全てを循環させている血流のように感じた。
目を閉じ心を鎮めれば、肉体と精神が自然の一部になったような感覚がした。
大地の唸り、風の声、水の音に生命の息吹。
全てが途方も無い、予想もつかないほど広く、広大に広がっているのが分かるようになった。

『ハクセン』

川床に立ち、温かく、優しい口調で自らの口寄せ動物の名を呼ぶリクハ。すると青い空から美しい純白の羽根を羽ばたかせながら一羽の白孔雀が目の前へと降りて来る。両手を伸ばして頬に触れると、ハクセンから伝わる懐かしいチャクラに愛おしさを感じた。長い純白の尾羽がレースのように垂れ落ち水に触れる。
リクハの身長より二回り程大きな体をしたハクセンは、鋭い眼光を緩めて川縁へと視線を向けた。
するとそには…。

「よく暗部の監視を潜り抜けられたな」
『……』

川縁に暗部の面を外した幼馴染が立っていた。漆黒の瞳に映る純白の白孔雀は、とても神々しく美しい。そして、ハクセンの羽根に包まれるような形で川の中に立っているリクハの姿は、今までに見たことがないくらい儚いものに見えた。

「リクハ?」

返答のない幼馴染の名前を呼ぶ。
向けられた視線は、何かを知り、悟ったような眼をしていた。しかしそれは一瞬のことで、ため息を吐きながら瞳を伏せた後、もう一度重なった視線の先にいたのはいつも通りの幼馴染だった。

『誰かさんが貸してくれた本の中にこれが』

間をたっぷりと置き、イタチの問いに答えるため上着のポケットから四つ折りの紙を出し提示する。

『暗部の監視と死角のルートが詳細に書かれてた』
「………」
『"暗部だとばかり"思ってた』

含みのある言い方だった。規則など破らず従順で、真面目に任務をしている暗部の一人。という裏側の意味を瞬時に理解したイタチは、言いながらクスクスと笑っているリクハの笑顔に穏やかな表情を浮かべた。

「暗部である前に、オレはお前の幼馴染だ」
『だからこれを?』
「病室を抜け出すのは分かってたからな」
『流石は私の幼馴染』

冗談っぽくそう言ったリクハはハクセンと共にイタチのいる川縁へと移動する。くるぶし程の水位で浅い川だが、近くまで来るとイタチが手を差し出し支えてくれた。

「医療忍者のクセに起きていれば三日と居れないな」

これは病室に、という意味である。
二人は木陰に入ると腰を下ろし、特に変わり映えしない景色を眺めながらただただ語り合う。いつもと違うのは、リクハに寄り添うようにして羽根を休めるハクセンが居ることだ。

『もう十分休んだから』
「一昨日目を覚ましたばかりだろ。病み上がりだ」

正論であるイタチの言葉に小さく笑い、一呼吸置く。そして少しの沈黙の後、リクハがゆっくりと口を開く。

『ハクセンから全部聞いたの』
「………」
『今回の件のこと。…だから一人になりたくて』
「…そうか」
『暗部が私を監視してるのも、そのせいでしょ?』
「お前は今、里の保護対象だ」
『聞こえはいいけど、要は監視と変わらない』

はぁ…と自由を奪われることを嫌う幼馴染の不満げな溜息に、イタチも表情を歪めた。

「近いうちに護衛が付く」
『護衛っ…??』

まさかそこまで大袈裟な話になっているとは予想外で、リクハは空色の瞳を見開きイタチの言葉の続きを求めるように少しだけ身を乗り出した。

「大蛇丸が関わってる。当然の判断だろう」
『だからって…私は四六時中暗部の護衛と行動しなきゃいけないの?』
「ああ、そうゆうことなる」

淡々と返事を返すイタチに、リクハの表情はさらに曇っていく。護衛なんて冗談じゃない、イタチには悪いが湧き上がってきた苛立ちを言葉にしようと息を吸ったら、それよりも早く先手を打たれ今度は唖然とさせられてしまった。

「お前の護衛にはオレが就く」
『え……えっ?』
「三代目に嘆願して、許可を貰った」
『イタチが?』
「ああ」
『なんで…?』
「なんだ、他の奴が良かったのか?」

眉間にしわを寄せて険しい表情を浮かべるイタチに対し、リクハは両眉を上げて左右に首を振り否定の意を示す。長い付き合いである幼馴染の性格を理解しているイタチは、護衛を付けると言ったら火影室にまで直談判しに行きそうなリクハを納得させるため、最良の考えだと思い嘆願したのだ。
それに、命をかけて守り抜きたいと思える存在が手の届く距離にいるのなら個人的にも好都合といえる。

『でもイタチ、暗部の任務は…』
「しばらく主要任務から外れるだけだ」
『…なんか、ごめんね私のことで迷惑かけて』
「迷惑?」
『だって、本当はもっと任務に携わって経験を積むことがイタチの…』

夢に繋がる…。リクハの言いたいことを理解しているイタチは目を細め、小さな笑みを浮かべた。アカデミーの頃、同級生たちからは笑われた夢を茶化すでも笑うでもなく唯一理解してくれたのが、リクハであったことを改めて思い出した。確かに暗部の任務を遂行し経験を積むことはイタチの志に近づくことになるのかもしれない、けれど…それよりも大切なことがあるのだと、今目の前で申し訳なさそうな表情を浮かべている幼馴染は教えてくれた。

「オレのことより、リクハを守ることの方が大事だ」
『…!』
「仮にもし、夢が叶ったとしても…」

あえてリクハから視線を外し、川の流れる景色を見つめるイタチ。

「その時隣にお前が居ないと、オレにとっては意味が無い」
『……』
「お前と一緒に成し遂げたい」
『イタチ…』
「だから、いいんだ。気にするな」

リクハの前ではこうも自然と本心が出る。
自分でも不思議だと思う。
普段は暗部とうちは一族の自分を装い、挙句最近では父の前でも仮面を被り過ごすことが多くなった。血の繋がりのある家族なのにだ。口数も少なく、他と繋がりを持つことを好まないのは幼い頃から変わっていなくて、けれどここに来ると…まるで別人のように本来の自分で居ていいんだと解放されるのだ。

「それに…」
『ん?』
「信用の無い人間にお前を守らせたくなかった」
『…そこまで考えてくれてたんだね』

ジーンと目頭を熱くさせているリクハを愛おしそうに見つめながら、イタチは小さく、

「いつも考えてるさ…」

そう言いながら幼馴染の額を小突くのだった。


唯一の場所
(君を守るためなら、この命だって惜しくはない)


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