『二人が…生きてる…?』
「悪魔でも、可能性ノ話ダ」
『……』

深夜の病院の屋上。
暗部の監視の目は離れている。
漆黒の闇に包まれた中でも、ハクセンの純白の体ははっきりと目視することができ、月と同じ黄色い瞳は美しく浮かび上がっていた。夜風がリクハの長い髪を撫でると肩を揺らし我に返ったようで、視線をハクセンへと戻す。

『大蛇丸が、母と父を…?』
「あれは以前カら、仙波一族の医療忍術二異様なまでの関心を示しテいた。奴の動向ヲ内密に探ってイたお前ノ父は、いつカその奇行ガ神手を持つハスナに…つまりお前ノ母に向けらレるのでハないかと危惧シていたのダ」
『父さんはそんな話一度もっ…』
「幼イお前二する話でハなカった」

いつからだったかは分からないが、今の話を聞き思い返してみれば、父は時々長い間家を空け、帰ってくるなり母ととても重々しい雰囲気で会話をしていることがあった。それがこの事に関連していたのかは定かで無いが、あの時の二人の表情は…どこか悲しみと焦りに満ちていたように記憶している。

「そシてあノ日、父の危惧シていたことハ現実とナった」
『……』
「ダンゾウからノ、任務要請ダッた」
『ダンゾウ様の…?』

ハクセンは瞳を伏せ、数年前の記憶に意識を沈ませる。
あれは、疑念を抱くような任務内容だった。
火ノ国の国境付近で水ノ国の数名の残党たちの怪しい動きを確認したと、根から情報が入った。その情報を頼りに討伐を言い渡された二人が現地へ赴くと、何の手違いがあったのか…そこには黒地に赤い雲が描かれた外套と笠を装束している男と、大蛇丸の姿があった。

「大蛇丸ノ呪印の影響カらか、記憶ガ曖昧になってシまってはいるガ…私ハ二人が絶命すル瞬間を見てイない。あれが神手を欲しがっテいたことヲ考えると、少なクとも母の命だけハ生かすハズだ」

大蛇丸は火ノ国付近に部下を配置し、木ノ葉の忍を襲撃。誰でもよかったのだが、たまたま懐に入り込んできたのはリクハと関わりの深いカカシたちだった。仲間が傷つけば必死になって救い出そうとする。リクハの性格をよく分析した上での計画だと言える。だからこそ、呪印を解く為の治療を、神手を持つリクハが行うと踏んでいた。そしてハクセンを縛り里内でリクハを襲撃させ、神手を完全な状態へと導いた。まるで獲物をわざと肥えさせてから捕食にかかる、知恵のある肉食動物のようだとハクセンは声を低くしてそう言った。

『私を狙ったのなら…母さんは、やっぱりもう…』
「どんな状況ニせよ、可能性ハある」
『実験体として生かされている状態でも…?』
「リクハ、それハ…」
『…可能性はあるのよね…』
「定かデは無イ。オビトの写輪眼ヲ狙ったのも、神手と同様、さらナる力を欲っしてイる意外ニないだろう」

近くにあった長椅子に力無く座り込んだリクハ。数年間ずっと、死んだという現実を受け入れながら生きて来た。木ノ葉の上層部から知らされた両親の死の背景に、ダンゾウの影がチラつき不信感が募っていく感覚を覚えた。

「もう一つ、お前ノ両親ノ生存の可能性ヲ示すものを、オビトがもたらしタ」
『……』
「彼ハ敵の中ニ、仙波の人間のチャクラを見てイる」
『…っ、それがまさか、二人のどちらかだとっ?』
「こノ一族から抜け人は出テいない。遺体ヲ回収できていないノなら、その可能性ハ高い」
『母さんと父さんは木ノ葉の忍よっ。同胞を襲ったりしないっ』
「人ヲ操ることなド造作も無くやっテのけるのが、大蛇丸とイう男ダ」

ハクセンの鋭い眼光が、周りを取り囲む闇に向けられる。その眼はまるで、その先にいる獲物から決して目を逸らすことなく射抜くような、彼女の強さを象徴しているような眼差しだった。

『……ねぇ、ハクセン』
「なンだ」

隣にいるハクセンから一瞬瞳を逸らし、何かを考えた後に再び黄色の眼光と視線を重ねる。呪印の影響で記憶が断片的に喪失し、二人の最後を全て語ることはできないが、今の話の中で自分の知らない両親の一面が垣間見えた。だから知りたいと思ってしまったのだ、二人が置かれていた運命というやつを。

『父さんは、大蛇丸の動向を探ってたって言ったよね?』
「アあ」
『…ただの上忍だった父が、どうして?』
「……」
『母さんも時々、家を空けることがあって…』

幼い頃の記憶を思い出しながら話すリクハ。二人が任務に出る時は、必ずミコトに自分を預けていくのだ。母と同じ上忍でありながら、家に留まるイタチの母の姿を羨ましいと感じることが時々あった。
まだ何も知らないリクハを前に、自分の知ることを全て打ち明けることが果たして正解なのか頭を悩ませ、瞳を伏せるハクセン。本来であれば両親の口から直接聞くのが最良なのだろうが、今はそれも叶わない。
赤の他人の口から聞くよりも、リクハにとっては母の形見のような存在である自分から説明された方が幾分ましかと納得させ、溜息混じりに口を開いた。

「今かラ私の話すことヲ聞いても…」
『?』
「絶対二上層部や同族ノ者、うちはノ者ニ他言してハいけない」
『え…』
「お前自身ヲ守る為だ。…約束できるカ?」

真剣なハクセンの眼差しに、戸惑いながらも首を縦に下ろしたリクハ。この話を聞いたら、いつもの日常がひどく遠のいていく感じがして急に不安が広がっていった。いつも過保護で明るく陽気な父親の笑顔と、負けず嫌いで芯のある母から与えられる安心感に霧がかかっていく…そんな感覚。
そしてハクセンは、重い口を開いた。

「お前ノ父アキトは…"根"の暗部だっタ」



(それは、すべての闇の始まりに過ぎない)


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