途方もない話のように思えた。
終わりの見えない争いに疲弊し、親友を失い、自らの命を手放そうとした祖父センリが、その眼(写輪眼)に映ったイタチとリクハの未来を変えようとしていること。
そして、その思いに父アキトを始め母親、そして目の前にいるムスビまでもが強く共鳴し、自分たちを導いている現実に。
『父さんはセンリの話を聞いて…私たちの未来を…』
「そう。他の何を差し惜いてもね」
そう言ったムスビの視線が、リクハではなくイタチに向けられた。
幼馴染の父親が、うちはの同胞であったこと。
フガクによるアキトの暗部入りへの選奨。
うちはセンリの存在。
そして彼が、イタチとリクハの行く末を案じ未来を変えようとしていること。
どれも他人事ではない。イタチにとっても衝撃的な事実が多かっただろうに、動揺することなく冷静に物事を受け止めている姿が視界に映る。この若さで暗部の部隊長を担うだけのことはあると改めて感じた。
「リクハ、大丈夫か?」
『うん…大丈夫』
そう言いながらも両手を脇の下に押し込めて、自分に苦笑いを浮かべてくるリクハに対し「オレも驚いてるよ」とあえて安心させるかのような共感を見せたイタチ。その言葉に肩をぐっと落としため息を吐いたリクハは小声で、
『…ごめん嘘ついた。今結構動揺してる…』
と打ち明けた。
「物事を俯瞰できるようになるまでには時間がかかる。今回の場合は特にな。…だが、これはオレにも関係することだ。お前だけの問題じゃない」
『イタチ…』
「一人で抱え込むなよ?今までと変わらない」
『………っ』
「一緒に乗り越える。いいな?」
『…うんっ…。…分かったっ…』
「(あの年であの冷静さ…イタチ君本当に凄いな)」
実際に言葉を交わし思うことは、うちはイタチには人格者の素質が備わっているということだ。
他を寄せ付けない独特な雰囲気も、凛とした容姿も立ち振る舞いも、異様に大人びた言動も、自己中心的で軽率な発言ばかりする鬼才と呼ばれたアキトとは比較にならないほど遥か上を行っている。
それこそ溺愛する愛娘と一番仲が良いと言う理由だけでイタチを目の敵にしていアキトの行動を非難したくなるほどに。
だかそんなアキトが「一つだけ、あいつは自分に似たところがあるから気にかけてやって欲しい」とイタチの身を案じるような言葉を時折り口にしていたことを、ムスビは思い出した。
「(ああゆうとこが君そっくりなんだね…アキト)」
ここに来てから数時間程度。
そのわずかな時間の中でも知ることができた共通点。
それは、二人の瞳の奥にはいつもリクハがいるということ。穏やかで、愛おしむような眼差しはアキトのそれとよく似ている。
だからこそ案じていたのだ。
大切な者の為なら自身の命を投げ打つ覚悟のできる強い意志を持つイタチが、娘の為に命をかけるような決断をしてしまわぬようにと。
「(僕も、同胞にそんな覚悟はさせたくないよ。何より…)」
イタチだけに当てていた視線をリクハにも向けて、二人が会話をしている姿を視界におさめる。そして…、
「(この子たちはいい子だもの)」
そう内心呟き笑顔を浮かべた。
「アキトはさ…」
『え?』
「ただリクハちゃん、普通の暮らしを望んでた。結婚して、子供を産んで、温かい家庭で幸せに暮らして欲しい。そして、戦場ではなく君が選んだ大切な人のそばで、その生涯を終えて欲しい。親が子に望む当たり前のような願いだけど、忍として多くの人の死を超えてきたアキトには、その普通がとても特別なことのように思えたんだろうね…」
『………』
「…ハスナもセンリさんも、きっとそれを望んでる」
瞳をゆっくりと伏せながら、自らの足元に視線を落としたムスビ。思い返してみれば、うちはの鬼才と呼ばれ、どう抗っても拭い切れない業を背負った親友の荒んだ人生を変えたのは…妻のハスナでも、信頼に足る仲間でもなく、たった一人…血を分けたリクハの存在だけだったのかもしれないと今は思う。
「アキトが君に対して酷く過保護だったのは…」
『………』
「一緒にいられる時間があまりにも短いと、知っていたからかもしれないね」
ムスビの言葉に、リクハの幼い頃の記憶が走馬灯のように蘇ってくる。イタチといてもシスイといても、任務がなければ常に自分の隣にいたアキト。当時の記憶は若干曖昧なところもあるが、思い返せばいつも近くで自分の成長を見守ってくれていた。そして今も…。言葉にならない複雑な感情が心の奥底から湧き上がってくる感覚に、妙な苦しさを覚えた。
「君の父親は、誰よりも愛情深い男だよ。リクハちゃん」
『……っ。…はいっ…』
溢れそうになる涙を必死に堪えながら下唇を噛み締めると、ムスビが眉を下げ穏やかに微笑んだ。
忍だからという理由で無理矢理に感情を押し殺すことをしないリクハの素直な感情表現が、アキトにとてもよく似ていたから。
「と、まあ、長くなったけど伝えたいことはこんな感じで…」
重要な内容を伝える役割に気を張っていたのか、肩の力を抜き脱力し、軽く両手を広げたムスビ。なにか質問があれば答えるよと穏やかに微笑むと、イタチの視線が待っていたと言わんばかりにムスビを捉えた。
「うちはセンリの情報を抹消したのはアキトさんか?」
「…!」
その問いかけに、思い出したかのような表情を浮かべたムスビ。
『過度な平和主義者だったセンリが、仮にもし自身の力が火種になることを懸念して、情報の抹消を望んだ。ってことならそこは納得いくんですけど…』
「"必ず現実化する未来を見据える写輪眼"、"うちはカガミの親友"、そして"うちはの鬼才と呼ばれた忍の父親"…これほど話題に事欠かなさそうな男の情報が残されていないのも、里の人間がセンリの存在を知らないというのも不自然だ」
『第二次忍界大戦前後の忍なら絶対知ってるはずですよね?』
湧いた疑問をその場でディスカッションさせるかのように出し合いながら、ムスビに投げかけていく二人。
容易なことではないが、情報の抹消自体は可能だ。暗部の"根"に属していたアキトならば上手くやるだろう。
しかし人の記憶から特定の人物を、まるで最初から存在していなかったかのように消し去ることは容易ではないだろうと、回答を待たずに話しは進む。
「その件なんだけど、実はアキトが一芝居打ってるんだよ」
『…どうゆうことですか?』
「つまりその…なんてゆうのかな…」
渋い表情を浮かべ、どう説明したらいいのかと思考をぐるぐると巡らせ始めたセンリ。頭では理解していても、その過程を言語化するのに少々時間を要する様が伺えた。
「センリさんの同意の元、彼を"戦争犯罪者"に仕立て上げ、うちはと一部の上忍、上層部の眼前でアキトが彼の処刑を執行したんだ」
さらなる疑問が胸の内から湧き上がった。
Mission.10-1
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