昔から、医療忍術を得意とする母親から言われていた。仙波一族の持つ高度な医療忍術は、人を助けるためにあり、決して人を傷つけるために用いてはいけないと。だからやり返さなかった。大切な物を壊されても、医療忍者として母の教えは守らなければならないと…それが正しいことなんだと思っていたから。
『…………』
でも、失って気づいた。壊されて気づいた。
大切な物を守るためなら、その教えに背くことも必要なのだと。
「弟をコケにしたバツだかんな!」
年上の、随分と恰幅のいい少年が、無惨に千切れたシロツメクサの冠を見つめたまま立ち尽くしているリクハを見下ろし声を荒げる。一方的に浴びせられる言葉には、理不尽な感情が入り混じっていた。
「せっかく仲間に入れてやろうとおもったのによっ」
「こいついつもそうなんだ!さそってもすぐムシすんだぜ」
リクハは無視などしていない。どう関わればいいのか分からないから、私は遊ばないと断りを入れているだけだ。まあそれが、可愛げのない無愛想な奴だと捉えられてしまったのかもしれないが…。それでも優秀な医療忍者を目指しているリクハにとっては、同年代の子供たちと過ごすよりもイタチやシスイと過ごす時間の方が有意義で、心の底から安堵できる居場所なのだ。
「イタチとはあそぶくせにさっ」
「前にお前が話してたガキか?」
「ちょっとユウシュウだからってちょうしにのってるヤツさ」
『…!』
兄を盾にイタチを馬鹿にするような発言をした弟を睨みつけたリクハ。その予想外の迫力に一瞬たじろぎ表情を歪めた。だが決して手は出さない。それはリクハに勝ち目がないからでも、臆病者だからでもない。幼いながら彼女には、それをしてはいけないという忍としてのプライドがあるのだ。むやみやたらに傷つけてしまっては、それこそこの少年たちとなにも変わらない。
『もう帰ってよ。この辺りは薬草林で遊び場じゃないの』
「だからって仙波の物じゃねーだろっ」
「オレたちがどこでどう遊ぼうがじゆうじゃんかっ」
『踏まれたら使えなくなる貴重な薬草もあるの。だからっ…』
忍の子であれば、多くの医療忍者が出入りするこの場所での行動規則くらいは知っていて当然なのだが彼らはそうでは無いらしい。むやみやたらに駆け回り、ボールを蹴り合っていた。遊ぶなと言っているのではなく、場所を弁えてほしい。そう伝えたつもりが自分たちに一切怯むことのない態度が気に入らなかったのか、感情的になった兄がリクハとの距離を縮めめるために一歩前へと踏み出した。
「生意気なガキだ!女のくせにっ!」
「やっちまえ兄ちゃん!」
『待って!そこの花は踏まないでっ…』
この辺りには白くて小さな、細々とした花が咲き乱れている。その花はれっきとした薬草であり、リクハはそれを踏ませまいと待ったをかけるが無意味に終わる。少年の膨れた手がリクハの髪を掴みかけ、靴底が花を踏み潰そうとしたその時だったー。
「ーーっ!」
『!!』
「うぎゃっ!!」
「に、兄ちゃんっ!?」
頭上にある木の枝から降りてきた人影が、少年の体を斜め上から横向きに蹴り飛ばしたのは。
「痛ってぇーーっ!なんだよ!」
「リクハに触るな」
地面に打ちつけた左肩を押さえながら声を荒げた少年。目の前では、不快な表情を浮かべたイタチがリクハを庇うようにして立っていた。これが弟の言っていた…少年は自分より一回りも小さく華奢な体で、見るからに大人しそうなイタチに睨みを効かせて起き上がる。こんな弱そうな奴が自分を蹴り飛ばしたなんてまぐれだ!と表情を歪めて、イタチを見下ろし腕を組んだ。
「兄ちゃんになにすんだよイタチ!」
「お前たちこそ、ここでの規則を知らないのか?」
「あぁ?なんだ偉そうにっ」
足元に咲いている白く小さな花に視線を落とすイタチ。
兄だという妙に威張り散らしている少年は、確実にアカデミー生だろう。ならば知らずはずがないと、睨むように視線を向けた。
「ここは薬草林だ。地面に生えている薬草を誤って踏んでしまわないように、知識の無い医療忍者以外の者は木の枝をつたって移動するのが規則だ」
淡々とそう言ったイタチだが、心中穏やかではなかった。先程兄を蹴り飛ばした際、弟の足元に千切れたシロツメクサの冠が見えていたからだ。なんともいえない、ふつふつとした…怒りにも似た感情がイタチの中で湧き上がってくるが、ここで冷静さを欠いては忍失格だと気持ちを抑え込みリクハに振り返り穏やかな表情を浮かべた。
「行こう、リクハ」
『…う、うん』
「ちょっと待て!話は済んでねぇぞ!」
「話し?…なんの話しだ」
「その女はオレの弟をコケにしたんだっ」
「……………」
「てめぇにゃ関係のねぇことだがなっ……ッ!?」
ードゴッ!!
「兄ちゃん!!!」
イタチの肩を掴もうとした少年の手首を逆に掴み、流れるような動作で拳を左頬に打ち込んだ。肥満した大きな体がたったの一打で吹き飛んで、勢いよく地面に叩きつけられる。もちろん咲いている花を避けた、完璧な攻撃だった。
『イタチ待って!』
「ふざけんな!!てめぇなにすんだイタッ…チ…」
「人の大切な物を壊しておいて、よくそんなことが言えるな」
「ひっ……」
完全に気を失っている兄を軽く飛び越え、弟の前に立つイタチ。全く表情の変わらないその不気味さに、冷や汗を垂らし数歩後ずさった。リクハが大切にしていた物を壊し、大きな態度をとっていた割には兄がやられる姿をただ見ていただけ。弱者がはたかも強者であるかのように振る舞う惨めな姿に、イタチは表情を歪めてーー、
「二度とリクハに近づくな」
そう冷たく言い放った。
腰をぬかして尻もちをついた弟から視線を外し、イタチは無惨に千切られたシロツメクサの冠だった物を拾い上げた。
*
*前 次#
○Top