「一体なにを考えているんだ、イタチ」
「…ごめんなさい、父さん」
「軽症で済んだものの、相手の子に怪我を負わせるとは」
父フガクの声が、なぜか遠く聞こえた。
自分のとった行動は、確かに感情に身を任せた不適切なものだったかもしれない。だが、大切なものを守ろうとすることや、傷つけられて悔しいという想いまでをも無理矢理に抑え込むことが正解なのか、幼いイタチには分りかねていた。あの時少年に手を上げてしまったのは、リクハを傷つけられたような感覚がしたから。大切な幼馴染の、大切な物を壊した少年たちがどうしても許せなかった。
「リクハが何故彼らに手を出さなかったか分かるか?」
「…それは…」
あの二人よりも、リクハの方が強いから。
「彼らよりも勝っているからだ。やり合えば必ず自分が相手を傷つけてしまうと理解していたからこそだ」
「はい……」
イタチが口を開いた瞬間、かぶせるようにして問いの答えを先に口にしたフガク。そんなことを理解できないイタチではないが、厳格な父の、父親らしい振る舞いを無にしてしまわぬようにと頭を下げて押し黙った。
「お前も戦争を経験している身であれば、もう少し己の行動に責任を持ってだな…」
「まあフガクさん。そんくらいにしてやって下さい」
「…?」
漂っていた重々しい空気を物ともせずに、閉まっていた障子戸を開け堂々と部屋の中に入ってきたのはー、
「アキト…声かけろといつも言っているだろう」
「いやあ〜すんません」
ヘラッとこの場に似つかわしくない笑みを浮かべた、リクハの父親だった。
「リクハから全部聞きました。自分の大切なもん、イタチが代わりに守ってくれたって」
「…え?」
「だからもう叱らんといてほしいんですわ」
「…だからといってだな…」
「まあまあ。うちの娘にも非はあるし、相手側にも非はある」
喧嘩両成敗っちゅーことで一つ!と、涼風のような軽い口調でそう言ったアキトに、フガクは腕を組んだまま深々とため息をついた。
「もう身勝手な振る舞いはするなよ、イタチ」
「……はい」
「リクハにも謝ってこい」
仕方がないと言葉にせずとも、表情から読み取れてしまう父に向かって深々と頭を下げ立ち上がるイタチ。アキトと共に部屋を後にし客間へ繋がる縁側を少し進んだところで、感じていた疑問を目の前を歩く大きな背中に問いかけた。
「どうして助けてくれたんですか?」
「あ?」
「いつもはオレを、リクハから遠ざけようとするのに」
なぜ?と首を傾げたその瞬間、立ち止まったアキトがくるりと振り返りイタチを見下ろす。自分の問いに答えるのが面倒くさいのか気怠そうに後ろ髪を掻く。超がつくほど過保護な幼馴染の父親が、自分のことを庇うなど有り得ない。そんな男がなにを言うのか、イタチは同じ漆黒の瞳を真っ直ぐ見つめたまま静かに答えを待った。
「お前のとった行動が、間違ってたとは思わんかったから」
「え…」
「なんで大切なもん守った男が、否定されなあかんの?」
「…………」
アキトの真っ直ぐ過ぎる問いかけに、なにも言うことができなかった。
「オレなら半殺しにしとったで。あのクソガキ共っ」
父はイタチを否定した。
だがアキトはそうではない。
他人である彼がイタチを間違っていないと言ったのは、大切な娘のためにとイタチが躊躇なく行動したからだ。そんなアキトからは、娘への愛情をひしひしと感じる。これが親の、本来あるべき姿なのではと、先程のフガクの言葉を思い出し幼いイタチの胸にちくりとなにかが突き刺さった。
「…だけど父さんは…」
「フガクさんは厳格な人やから、ああ言っただけや」
瞳を伏せ、なにが正しかったのかと正解を探っているであろうイタチを見つめながら、アキトは不器用な奴だと内心笑いしゃがみ込んだ。
「お前、リクハのこと好いとるやろ?」
「……はっ?」
「あんな花の冠なんちゅーもん贈っといて違います〜はなしやぞ」
「え、いや、あれはただ…深い意味はないです」
「嘘つけキザなことしおって!ムカつくガキやのぉ!」
いきなりなんなんだと、詰め寄ってくるアキトに身を引くイタチ。絶対にリクハには聞かれたくないと内心思っていると、大きな手がイタチの頭に乗せられて視線が強制的に足元へと向けられた。
「いいかイタチ。お前がどんな忍目指そうがオレには関係ないことやし興味もない。だけどな、リクハに対してだけは嘘つくな。自分を偽ったり隠そうとすんな。お前があいつの為にしてやりたいと思った心のままに行動しろ」
「…………」
「ええな?」
アキトの言葉に、イタチの瞳がわずかに揺れた。
なぜかは分からないが、どこかこの言葉は今後一生忘れないような気がしてイタチの中に深く深く入り込んでいく。命とはなにか、生きるとはなにか、里とは、忍とはなにかといつも考えているイタチにとって、この言葉はとても重要に思えた。
「けどな!だからって娘のことはそう簡単にやらっ…」
『イタチ!』
「リクハ…」
『ごめんね、私のせいで…。フガクさんに怒られたよね…』
「リクハのせいじゃない。オレが勝手にしたことだ」
「せやでリクハ。悪いんはあのクソガキ共や」
アキトの手をやんわりと払い退け、近づいてきたリクハと向き合うイタチ。二人で話したいんでとアキトに言うと「ちっ」と舌打ちをし立ち上がり、脅すような表情を浮かべながらイタチの額を小突いた。
「いっ…」
『父さんっ』
「今言ったこと忘れんなよ、クソガキ」
「クソガキではないです…」
「はっ。5分したら帰んで、リクハ」
いいことを言ったり、今のような態度で突っかかってきたりと、本当によく分からない人だなと思いながら歩き去っていくアキトを見つめる。『ごめんね』と父親の代わりに謝罪の言葉を口にしたリクハに、イタチは穏やかな表情を浮かべて首を横に振った。
*
*前 次#
○Top