「大蛇丸様…」
「あら、随分と早かったのね。報告して頂戴」
「木ノ葉の里に潜入中のソラナギが失態を…」
「…また"暴発"?」
「はい…。仙波一族の少女を背後から滅多刺しです」
血を這うような醜悪な気配と鼻を刺すような薬品の臭いが充満した実験室のような場所で、重厚感のある鉄の扉を背に般若の面をつけた男が感情のない口調でそう言った。身に纏っている黒い外套(マント)からは水滴が滴り落ちていて、外が雨だということを知らせる。大蛇丸は煮詰まった薬品の入ったビーカーに別の薬品を注ぎ入れながら不敵な笑みを浮かべ、ここにはいない誰かを嘲笑うかのように小刻みに肩を揺らした。
「アレはまだまだ実験段階。仕方がないわ」
「如何なさいますか?」
「そうね…一度ソラナギを回収するわ。もう少し仙波の血を足して様子を見ましょう」
「…御意。では"あの方"にそうお伝えします」
言いながら、男が深々と頭を下げる。
「で、"リクハちゃん"は?」
ージャラッ…
「フフッ…」
大蛇丸のその問いかけに男が反応を見せるよりも早く、部屋の奥から鉄の鎖の擦れる音が聞こえてくる。ただでさえ照明が乏しいこの部屋では、闇がかったその場所に"在る何か"を視認するのは難しく、瞬きの速さで視線を向けるも男の視界はすぐに大蛇丸を映した。
「…里に"あの娘"はおりませんでした」
「任務で里の外に出たか…。恐らく暗部の護衛付きね」
「はい…」
「今後より厳重に、あの子の警備が強化されるわ」
作業台の上に所狭しと並べられた膨大な資料。その全てがリクハの持つ血継限界"神手"についての物であり、長い間この力を欲していた大蛇丸の執念が垣間見えた。医療忍術の最高峰とも呼ぶべき神手の力は己の野望を成し遂げる為の道具に過ぎないが、必ず手に入れておきたい。この力を手にした瞬間の自身を想像すると、身震いしてしまうほどの高揚感に襲われる。大蛇丸はなにかを見据えまさに蛇のように眼光を光らせると、部屋の奥に視線を移し笑みを深めた。
「アカシキ、もう下がっていいわ。追って指示を出すから」
「…御意」
人払いをするかのようにアカシキと呼んだ男を部屋の外へと追いやる。鉄の扉が無機質な音を立てながら閉まり気配が完全に遠のいたことを確認すると、大蛇丸は不気味なほど静かな足取りで部屋の奥へと歩みを進めた。
「どう?溺愛している娘が穢らわしい人間たちから狙われる気分は」
「……………」
異様な殺気が肌を刺す。
自ら死を切望するほどの人体実験と拷問を繰り返したにも関わらず、大蛇丸が問いを投げかけた人物は悪の根源の中心とも呼ぶべき蛇を恐れることなく睨みつける。まだこんな眼ができるのかと、大蛇丸の表情がわずかに歪む。闇と化した右眼の奥に、忌々しい火の意志というやつがまだ燃えているように見えたからだ。とうの昔に消し去ったはずの師と呼ぶべきヒルゼンの姿が脳裏を掠め、虫酸が走る。
「"うちはの鬼才"と呼ばれ数多の人間の命をその手にかけ、最愛の妻が目の前でなぶり殺しにされた時でさえ感情の一切を殺し動じることのなかった人道無比な貴方でも、やはり娘のこととなると別のようね」
「……………」
「大丈夫よ。リクハちゃんは丁重に扱うつもりだから」
「………あ"あ"?」
写輪眼ーー。
鮮血のように赤く発光している左眼に、三つ巴が浮かび上がる。大蛇を狙う鷹のような鋭い視線だった。男は強固な鎖で拘束された両手足をだらりと冷たい床に投げ、コンクリートの壁に寄りかかっている。
チャクラのほとんどを抜き取られているのか、闘争心は感じられない。それでも気圧されそうになるほどの威圧感を真正面から受け止めた大蛇丸が不敵に笑う。
「フフッ。怖いわねぇ…そう睨まないでほしいわ」
「黙れやクズ。…なら視界に入んな…」
口の中に溜まった血を躊躇することなく吐き出し瞳を伏せた男の視界に、大蛇丸はもう映っていない。
「そんな態度を取ってていいのかしら」
「………」
「リクハちゃんのこと、知りたいんじゃないの?」
「は?…お前なんぞに教えて貰わんくても、娘のことはオレが一番知っとるわ…アホかテメェは」
「………相変わらず生意気だこと…」
反撃も抵抗もできず大蛇丸に命を握られているこの状況下で、男は呆れ、余裕を見せる。その軽率で粗野な言動からは、忍としての品格は微塵も感じられない。まるで育ちの悪い山賊を相手にしているようだと大蛇丸は思った。
「まあいいわ…。それよりも、私の質問に答えてくれないかしら」
「……お前が死んだらな」
「まるで興味無しって感じね。でも、そうも言ってられなくなると思うわよ。…なにせこの私が、喉から手が出るほどの力の存在に気付いてしまったのだから」
「…………」
欲に塗れた人間の、醜悪な気が部屋の中に充満する。
嫌な気分。
吐き気がした。
これと同じ気を放つ人間の姿が脳裏に浮かび、殺意が芽生える。どのような最後を迎えさせてやろうかと、何百、いや、何千回とイメージを繰り返した相手。目の前で不敵に笑っているであろう大蛇丸に視線を向けることもなく、男はただ一点を見つめた。
「神手を継いだハスナの夫の貴方なら、知ってるわよね」
「…………」
「"永楔の万華鏡写輪眼"について」
ードクンッ……
大蛇丸の口から出たその言葉に男の心臓が跳ね、伏せていた瞳が一瞬で開き動揺を見せた。
「………おまっ…まさかっ……!!」
「そう。そのまさか。私の狙いは"神手"が生み出す"永契の万華鏡写輪眼"の力。貴方とハスナでは開眼に至らなかったあの力を、あの三人なら必ず成し遂げると期待しているのよ」
まだ幼かった頃のリクハとイタチ、そしてシスイの姿を思い出しながら、大蛇丸は蛇のような長い舌で唇をゆっくりと舐め回した。
Mission.11
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