「ほら、あそこだよ。村長の私塾」
賑わっていた居住区から歩いて10分ほどの場所。
先ほどとは一転して、ここは静寂に包まれていた。
『わぁ〜っ。この森全部楠(くすのき)だっ』
「君のご先祖様たちが植樹した森だよ」
『納得です。楠の用途は幅広いですから』
先祖たちの行いを賞賛するように頷いたリクハに、ムスビが返事を返そうと口を開いた次の瞬間ー。
『楠は大昔から浴湯料、防虫剤に防腐剤、のど飴、うがい薬、歯磨き、湿布、絆創膏代わりに使用されてました。今では医薬品や神木に用いられることもあるんです。効果は主に血行促進、鎮痛、消炎作用があって、強心剤としても使用されていた時期もありました。でも葉っぱには毒性があって…』
「リクハ」
『あ……』
まるで駆け足のように忙しなく楠の説明をし始めたリクハを、慣れた感じて宥めるイタチ。それはもう何十回と聞いた…そう言いたげな幼馴染の表情にリクハは両眉を寄せた。
「プッ…。それ君のクセ?」
『ときどきです!…だよねイタチ』
「薬草採取に付き合う度だな。今のを一日中聞かされる」
『そ、それは大袈裟』
「事実だ」
「あははははっ。聞きたくないな〜、それは」
『えーっ!?薬学は役に立つのに…』
しょんぼりと肩を落としたリクハに、イタチとムスビは穏やかな笑みを浮かべる。
辺りを楠の森に囲まれた石段を上がると、目の前にカヤブキ屋根の平屋が現れる。木造の古い建物だが、どこか凛とした趣があり気品を感じさせた。私塾というだけあって子供たちが勉学に励むにはとてもいい場所だ。
「アンタ、二人とはよくこの村に来ていたのか?」
『それ、私も気になってた』
"村の人たちが私を見て、母さん似だって言ってたから。"
イタチの問いに便乗し、長い髪を耳にかけながらそう言ったリクハの瞳がムスビを映す。
「そうだ。…その話しもしなくちゃいけなかったな」
アキトはうちはで根の暗部。
平和の裏側にいた人間だ。
そんな男の話しをするにはどうしても、里の抱えた闇の部分が付きまとう。一族というしがらみ囚われず、広い視野で物事を俯瞰できる少女とはいえ、すでに上層部に対して疑念を抱いているリクハにこれ以上話すべきなのかとムスビの中で躊躇いが生じる。憎しみを増長させてしまうのではないだろうかと。
「リクハちゃん」
『…なんでしょう』
「その、大丈夫かな?気持ちの面とか、いろいろと」
『え、ええ。平気です。…なんでそんなこと…』
不安になり単刀直入に問いかける。
「昨日いろいろ話したばかりだから心配で」
『ありがとうムスビさん。でも、私なら大丈夫です』
「………」
『一人じゃないので』
はっきりとそう言ったリクハがイタチを見ると、二人は視線を重ねてどちらともなく穏やかな笑みを浮かべた。
『それにシスイも』
「そうだった。…じゃあ村長に会う前に話しておくよ」
この村と木ノ葉…そして犠牲になった三番目について。
*
ー木ノ葉の里
「…快晴だな」
三時間ぶりに見上げた空は、雲一つないまっさらな青。
陽を遮る暑い雲に覆われたような今の気分とは、まったく対照的だった。離れた地にいる親友と、大切な妹分は無事なのだろうか…。そればかりを考えている。
「シスイ」
「…カカシさん。なぜここへ?」
「お前が上層部に、任意同行を求められたと聞いてな」
"大丈夫だったか?"と歩み寄ってきたカカシがシスイの瞳を真っ直ぐ見つめる。
仙波の少女が殺害されてから、一夜が明けた。
里に不安を与えたくないという上層部の意向で、事件は公にはされていない。この一件を周知しているのは暗部とうちは、それに仙波一族だけとなった。彼らを除いては、皆いつも通りの生活を送っている。どこかに殺人鬼が潜んでいるとも知らぬまま。
「お前を三時間も勾留なんて…まるで容疑者扱いだ」
上層部のやり方に異議を唱えるような口調でカカシが言う。
「オレに同行を求めたのは捜査が難航しているからですよ。無理もありません」
「…確かにな。お世辞にも一枚岩とは言えない状態だ」
警務部隊と暗部の間には、埋まることのない溝がある。
うちはの不信を取り除こうと、里と一族を協力させ結束を高めたいという三代目の思いを理解できないわけではない。が…いかんせん一つの組織として機能しないのだ。情報共有などあったものではない。
「それで、例の件だが…これから三代目に打診するつもりだ」
「この事件の捜査権移管の話ですね…助かります」
「いい返事が貰えるか判らないが、期待したいところだな」
「ええ。正直動きづらくて仕方ない」
同じ里で育った少女の命が奪われた。そんな状況下ですら里に対する不満を一時的にも心の片隅に追いやることのできない同胞たちと、差別心をひた隠しにすることもできない暗部の精鋭と呼ばれる者たちには憤りを越え呆れるばかりだ。捜査に遅れが生じれば、次に命を落とすのはリクハかもしれない。そんなことになれば一族と里の溝は今よりもさらに深まるばかりだ。どちらの捜査がずさんだったとか、そうゆう子供じみた理由を上げて。
「フガクさんにはオレから話しをしますか?」
「いや、その必要はない」
「と、言うと…?」
「もう呼んでいる。一度に話すほうが効率いいでしょ」
目の前にそびえる火影屋敷を指差しそう言ったカカシに、シスイは称賛するような自然な笑みを浮かべた。
「流石カカシさんだ」
「瞬身のシスイに褒められるとは光栄だね」
「…やめて下さい。では、オレも調査を進めます」
「ああシスイ、待って」
「はい?」
「二人からなにか連絡あった?」
シスイに一歩歩み寄り、口元に手を添え小声で二人の安否を問いかけるカカシ。
「いえ…なにも。事件直後に飛ばした伝書の返事はまだ…」
「そうか、解った。またあとでな」
「はい」
シスイの肩に手を置いてから、歩き去っていくカカシの背中を黙って見つめる。二人を心配している自分の不安を汲みとって、きっと大丈夫だ。そう言われたような気がした。
「そういえば…」
カカシが自身の部下と愛弟子の身を案じていると同時に、彼がリクハに抱いている特別な感情を思い出すシスイ。だがこんな時に不謹慎かとその思考を振り払い、集落へと続く道を歩き出す。
その姿を、上空を浮遊している鋭い眼光が見つめていた。
「やっと見つけよったわ。…うちはシスイ」
Mission.13
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