「お前がしたこと全て、三代目に報告する」
澄み切った空色の瞳。
その奥にある揺るがない強い意志が、目の前にいるダンゾウとその周囲を囲む「根」の暗部数名を見据える。ミツハの後ろにはまだ幼いアキト、ハスナ、ムスビの姿があり、それぞれの純粋な瞳が里の闇を映す。
「解っていないようだな仙波ミツハ」
「…………」
「事を荒立てれば己の立場を危うくするぞ」
「それは僕に、お前の罪を黙認しろという脅しか?」
「脅しではない。正当な取引の機会を与えてやるのだ」
「根」という組織が里の闇そのものだということは理解しているからこそ、ダンゾウの口から発せられた"正当"という言葉に、強い疑心を抱くミツハ。現に耳にする噂は血生臭い物ばかりで、正当な取引とは名ばかりのこちらに不利益が生じる内容に違いないと容易に想像がついた。
「騙されへんぞ。どうせ不正取引や」
「あのガキッ…!」
「よい。うちはの童ごときいつでも始末できる」
「はっ…」
"お前のことなど微塵も信じてはない。"
ミツハの味方を宣言するような堂々とした態度で一歩前に出たアキトに対し、声を荒げた一人の部下。ダンゾウが冷めた表情で静かに耳打ちをすると、頭を下げすぐに引き下がった。
「仙波ミツハ。現在お前は捕縛対象だ」
「「「っ!?」」」
「(そうきたか…志村ダンゾウ)」
忍たる者敵に動揺を見せてはならない。ミツハの中にある忍としての誇りが一切の感情を抑制し、静かに状況を見据える。
「一体何の罪で」
「未知の細菌兵器製造及び、非人道的な人体実験を火ノ国領土で行ったテロ行為」
抑揚のない業務的な口調で作り上げた罪状を口にしたダンゾウ。これは紛れもない真実だという毅然とした態度に、ミツハが口を開くより先にアキトとハスナが怒りのあまりクナイを握りしめ前に出た。
「「ふざけんな!!」」
「二人とも駄目だよっ」
「拘束しますか?」
「まだだ」
怯えながらも二人を止めようとするムスビ。
応戦するために構える暗部数名。
両者の睨み合いが一発触発の空気を生む中でも、ダンゾウとミツハは冷静に視線を重ねる。そして場の緊張を先に解いたのは、ミツハのほうだった。
「お前のことはずっと見てきた。志村ダンゾウ」
「……」
「ミツハ先生…?」
「師匠…?」
自分を守りようにして立ち塞がってくれたハスナとアキトの小さな肩に手を置いて、小さく微笑んだミツハが前に出る。
「里の為なら手段を選ばず同胞ですら手にかける」
「それが忍の世というもの。安寧とは幾人もの犠牲の上に成り立っているのだ」
「だから僕も、そのふざけた安寧の礎になれと?」
「…そうしてくれるのなら話しは早い」
「初めから僕を殺す気でここに来たな、ダンゾウ」
肌に突き刺さるような互いの殺気が、静かにぶつかり合う。幼いアキトたちのこめかみに冷や汗が伝い、一瞬も気を緩めることはできない。
「狙いは"神手"か」
各里が大戦の後処理に追われているこの機に乗じてミツハを始末すれば、遺体のすり替えなど簡単にできてしまう。ああ、あの時と同じだと、ミツハが怒りを抑え込むように両手を強く握りしめる。
「貴様の血継限界に興味など無い」
「姉の両手を落とした奴の言う台詞じゃないな」
「…あの女狐には当然の報いを与えたまで。今更…」
「カガミ義兄さんにもそう言ったのか?」
ダンゾウの言葉を叩き落とすように遮るミツハ。
握りしめた指の隙間から血が滲み出ているのを、アキトが表情を歪め見つめる。
「彼奴は何も知らぬ。知らぬまま死んだ」
「……っ!!」
「守人でありながらあの女を守れなかった自責の念にかられてな」
その瞬間、ミツハのチャクラが大きく揺らめく。
腹の底から湧き上がる怒り。
そして次の瞬間ーー。
「かはっ…!!」
ダンゾウの部下の一人が絶命した。
首元の皮膚が大きく裂け、吹き出す赤い血が宙に飛散し地面に血溜まりを作る。それは一秒にも満たない瞬きの間のことで、睨み合うミツハとダンゾウ以外に衝撃が走る。
「医療忍者がこうも容易く人を殺して良いのか?」
「お前の部下に慈悲はいらないだろ」
「(マーキング済みの人間のチャクラを自在に操ったか…。神手の解放段階としては上々…此奴の神手を持ってすれば…)」
部下を失っても一切の動揺を見せないダンゾウだが、どこまでも冷たい瞳の奥に一瞬映り込んだ我欲をミツハは見逃さない。
「ダンゾウ様っ…ご命令を」
「お前たちは待機だ」
「しかしっ…!」
「従ったほうがいいぞ。僕はお前らを触れずに殺せる」
ミツハの言葉が嘘ではないことは、仲間の死が証明している。
「それと、この子たちに手を出したら殺す」
「先生っ、オレも一緒に戦っ…」
「アキトはハスナを守れ。ムスビと一緒に」
「…っ!」
「お前の力は次の仙波の未来の為に使え」
アキトとムスビの漆黒の瞳に映るミツハの後ろ姿。
そして、ハスナの瞳に映る師としての姿。
これが最後になるかもしれない…。
そんな最悪が三人の脳裏によぎる。
各々の想いが交差する中、ミツハの意志を汲み取りすぐさま動き出したのは、瞳を紅に染めたアキトだった。
「行くぞハスナ!ムスビ!」
ここに留まってミツハと共に戦いたい。しかしミツハとダンゾウ…両者の間にある因縁が他者の介入を阻んでいるようで、気持ちを振り切るように背を向けハスナとムスビの手を取り地面を強く蹴る。
「ありがとう、アキト」
ダンゾウを見据えながら囁くようにそう言ったミツハの一言を背に、三人は一瞬でこの場から姿を消した。
*
*
「…守人のおらぬ神手持ちなど所詮はただの医療忍者よ」
「師匠っ…!」
「!!!!」
「そんなっ…先生の…腕がっ」
神手の宿る両腕を切り落とされ、大量の血を失いながらも辛うじて意識を保っているミツハ。戦いに負けた恩師の見るも無惨な最期の姿が、三人の前に晒される。
「此奴め…すでに神手を弟子に継承しておったわ」
「では遺体は用済みで?」
「ああ。村の実験体と共に火葬で処理しろ」
「はっ」
そう部下に耳打ちをすると、虫の息となったミツハの背に足を乗せ地面へと蹴り倒すダンゾウ。その非人道性を感じさせる、まるで家畜同然の扱いに、地面に押さえつけられているアキトが怒りに満ちた表情でもがき叫んだ。
「てめぇ!ダンゾウッ!殺してやる!!」
「黙れ童!口を慎め!」
「うるせぇ離せカスが!」
「…っ!」
自分を押さえつけている暗部の一人を視界に収め睨みつけると、一瞬のうちに幻術に堕ち拘束が緩む。その機を逃さず立ち上がったアキトは、間髪入れずにハスナを拘束している暗部に向けて写輪眼を発動させた。
「奴の目を見るな!」
他の部下が叫ぶ。
「てめぇの狙いは神手やろ、ダンゾウ」
ハスナを拘束していた暗部を蹴り倒したアキトが、背後からハスナの首元にクナイを突き立てダンゾウを見据える。
「ほう。暗部の人間を人質にとらなかったのは賢明だな」
「てめぇにとっての部下はただの駒や。人質の価値はない」
「うちはアキト…(センリの息子か。良い眼をしているな)」
目の前には恩師の無惨な姿、明らかな劣勢。危機的状況にも関わらず、アキトはその幼さで正気と冷静さを欠くことなく今の自分たちの最良とは何かを判断し動いている。粗暴は荒いが末恐ろしさを感じさせる素質、そして両目に宿る瞳術の強さにダンゾウの我欲が再び顔を出す。
「うちはの童どもを始末しろ」
「仙波ハスナは如何しますか?」
「無論生かしておく。完全な神手になるまでな」
「はっ」
"殺れ。"
夜の静寂の中、ダンゾウの側近であろう部下の声が冷たく響く。本気でハスナを殺すことはできない。けれど、友であるムスビをみすみす見殺しにはできない。多勢に無勢とはこのことで、ムスビの首元に突きつけられるクナイが月明かりで鈍い輝きを放つ。そしてアキトとハスナを数名の暗部が取り囲んだ。
死ぬ。
その二文字が三人の中で鮮明になり、恐怖が全身を支配する。
絶対的な強者を前に無力な子供。
明確な力の差に諦めかけた、その時だったー。
「……両者動くな」
狐の面をつけた一人の男が現れたのは。
その男について
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