昔から、志村ダンゾウ…この男が大嫌いだった。
死の間際、霞む視界の先に見えたのは、大好きだった優しい姉と、少し不器用だった正義感の強い義兄との幸せな思い出。あらゆる闇を見てきたはずなのに、これが最期の走馬灯というやつなら悪くない。そう思った。幸せな思い出が月日を重ね色濃くなっていくほどに、どうして義兄であるカガミがダンゾウという男を守ったのか、大切だった姉を死なせた男の命を繋いだのか…いまだに理解ができなくて、悔しくて、寂しくて、悲しい。スズハの亡骸を抱きしめ酷く傷心していた義兄の姿を思い返すだけで、ダンゾウに対する殺意が腹の底から湧いてくる。
復讐は虚しい。
いつしかカガミが自分にかけた言葉。
今ならその言葉の深みが解る。
結局のところ自分は負けたが、勝利をおさめたとしてもきっとダンゾウの死では心に開いてしまった穴は埋まらなかった。そんな無意味な時間を過ごすよりも、もっと未来に希望を抱けばよかった。ハスナとアキトとムスビという未来に、もっともっと道を切り開いてやればよかった。そうすればこんな闇深さを知らずに、木ノ葉の忍びとしての誇りを胸に生きることができただろうに。

「両者動くな…」

朦朧とする意識の中、ミツハの耳に届いた声はそんな後悔を払拭する希望そのものだった。全員の視線が男に注がれる。

「誰だ貴様はっ…」
「待て」
「ダンゾウ様…」

動き出そうとした部下をすかさず制したダンゾウ。
砂埃すら立てずに姿を現した、狐の面で顔を隠した謎の男を見据える。ダンゾウとアキトたちの間に立ち、もう間も無く生き絶えるであろうミツハにゆっくりと視線を向けた男が面を外した。

「…ジジイ…!」
「うちは…センリか」
「私に免じてこの場は引け、ダンゾウ」

ハスナから離れ、自分のもとへ駆け寄ってくる息子を片手で制すセンリ。視線はダンゾウに向けられ、漆黒の瞳から妙な威圧感が伝わる。

「一線から退いたお前が今更なんだ」
「もうよせ…ダンゾウ。子供たちに罪は無い」
「(写輪眼を消耗した今、此奴とやり合うのは部が悪いか…)」

センリとは、かつての戦友だった。
カガミという親友を失い心を病んだセンリが忍びとしての役目を放棄し、表舞台に姿を見せなくなってから数年。木ノ葉の為にと日々身を削り続けるダンゾウにとってセンリは裏切り者も当然の存在。軽蔑の眼差しを向けながらも、センリの強さを知るダンゾウが重い口を開いた。

「この事は一切口外しないと密約しろ」
「ああ…解った」
「「!!!」」

恩師を手にかけたダンゾウからの要求を、いとも簡単に受け入れたセンリに対しアキトとハスナが抗議の声を上げる。

「おいジジイ!ふざけた約束すんな!」
「センリさん!師匠はこいつにハメられたの!」
「ここで起きたこと全部!三代目に話すべきやろ!」
「話してどうなる」
「はっ?」
「真実を知ったうちはと仙波が里を相手に武器を取り、ミツハの敵討ちでも仕掛ければお前たちは納得するのか?」

幼いアキトたちのやろうとしていることは、間違いではない。むしろ正しい行いだといえる。しかしながら、今の木ノ葉の里の上層部にその正しさを持ってダンゾウを排除しようとする人間がいないことをセンリは知っている。無論うちはにも、仙波一族にも、そんな誠実で義侠心な人間はいない。自分たちの行動が一族や里にどんな影響を及ぼすかをセンリの問いで即座に理解した二人は、言葉を詰まらせる。幼い心に鉛のように重く冷たい感情を抱えながら。

「今は耐えてくれ、アキト、ハスナ、ムスビ」

この先の未来にの為に…。

「その者の首を跳ねろ」
「「「!!!」」」
「ダンゾウ!」
「仙波ミツハの完全な死を持って我々は退く」
「どこまでっ…!」
「それがそこにいる童共を殺さぬ条件だ」

ダンゾウに対する黒い感情が、幼い三人の中に根を張り出す。
奥歯を噛み締め、両拳を強く握りしめ感情を抑えようとするも、無理だった。クナイを構えたアキトが瞬足でダンゾウとの間合いを詰めようと動き出したその瞬間、動きを完全に捉えたセンリが自身の横を通り過ぎようとしたアキトの体を勢いよく地面に押さえつけ拘束した。

「離せっ、ジジイ!!!!」
「ミツハの死を無駄にするなアキト!」
「ふざっけんな!先生見てみぃ!まだ生きとるやろが!」
「諦めろっ」
「嫌に決まっとるやろが!ボケカスがぁぁぁ!!」
「すまないアキトッ…すまない…」

センリの腕を払おうと暴れるアキト。
その行動から伝わってくる想いと、覆すことのできない最悪の状況にハスナとムスビの瞳から大粒の涙が溢れ出した。

「ミツハ先生何もしとらんやろ!悪いのあいつや!あいつがっ…」
「………………それで、良い………」
「っ!?」

悔しさ、怒り、悲しさ、消化しきれないさまざまな感情が入り混じったアキトの悲痛の叫びを、消え入りそうなほど小さな囁きが一瞬で打ち消す。

「………ありがとう………センリ…」
「ミツハ…すまない…君をスズハの二の舞にっ…」
「……それは違う……貴方は繋いだ……」
「……っ?」
「うちはと……仙波の……未来を、繋いだ…」

暗部の一人が鞘から大刀を抜き瀕死のミツハに歩み寄る。

「最期に言い残す事はあるか?仙波ミツハ」

感情のないダンゾウの声が静かに響き渡る。

「…ハスナ、アキト、ムスビ…よくお聞き…」

両腕を切り落とされ虫の息となったミツハの首に、月明かり照らされ鈍い輝きを放つ大刀があてがわれる。

「…そんなっ…ミツハ先生!」
「師匠っ…」
「…ちくしょうっ…」
「…三人とも…最期に一つ…約束だ…」

もう指先を動かす力すら残っていない。
すぐそこに、大好きだった二人の姿が見える。

「…………」

不思議と痛みはない。
ダンゾウに対する怒りも、憎しみも、恨みもない。
死とはこんなにも穏やかな気持ちになれるものだったのかと悟り、ミツハはゆっくりと目を閉じる。この先何があっても、聡明な教え子たちが道を迷ってしまわぬように。忍びとして生きる意味を、見失ってしまわぬように。あたたかい走馬灯に包まれながら、三人に向け最後の言葉と意志を紡いだ。

「お前たちは木ノ葉の忍びとして、胸を張って生きろ」

闇に包まれた静寂の中、こうして仙波ミツハは若くしてその生涯に幕を下ろした。


そのについて
〜過去〜



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