滑らかな絹糸のように美しい空色の髪は、陽光の下で宝石のように輝き、月光の下では艶やかな輝きを放つ。幼い頃からその美しさに魅せられて、少し不器用な幼馴染にかわって髪を結うのが日課だった。このころのイタチにとって、陽のあたる縁側に座り、リクハと過ごすこの何気ない時間だけが戦争で深く傷ついた心を癒す唯一の安らぎとなっていた。
そんなある日、リクハが言った…。
"私もイタチみたいな綺麗な黒髪がよかったな。"
と。
その瞬間、櫛でリクハの髪を梳かしていたイタチの小さな手がピタリと止まり、四歳にしては不釣り合いな医学書を読んでいる幼馴染の顔を背後から少しだけ伺うように覗き込み問いかけた。どうしてそんな風に思ったのか、と。
『だって、"変な髪の色だ"って馬鹿にされないもん』
少しだけ頬を膨らませながらページをめくったリクハの言葉に、イタチの表情がわかり易く歪んだ。
「誰に言われたんだ?」
『知らない子たちだけど…』
「………」
『アカデミーで一緒になったら嫌だなぁ…』
ああ、許せない。
顔も名前も知らない子供たちに芽生える腹立たしい気持ち。どうにも最近、幼馴染のこととなると心中穏やかではいられなくなる自分がいる。そんなイタチの気持ちなど知らぬまま、小さくため息を吐いたリクハが医学書から視線を上げて、イタチに振り向き問いかける。
『私の髪ってそんなに変かな〜?』
と。
とても大事な問いかけだと思い、幼いながらにどういえばリクハの気持ちが晴れるのだろうかと言葉を選ぶ。周りの子供たちとは一線を画すほど別格な才を持つイタチといえど、四歳の語彙力にはいうまでもなく限界があり、少し間をおいてから口を開いた。
「何も変じゃない。リクハの髪はすごく綺麗だ」
『本当…?』
ありきたりな言葉だろうが、本心からそうはっきりと伝えたイタチが穏やかに微笑み頷く。そしてー、
「オレは好きだ」
その一言に、幼いリクハの顔に満開の花が咲いた。
*
*
『嫌だったら嫌だ!』
「少しだけよ。なにも短くするとは言ってないでしょ?」
『ちょっとでも嫌!』
「あ、ちょっ…リクハ待ちなさい!」
その日、朝から母のハスナと言い争いをして家を飛び出した。
幼いリクハが向かうのは行き慣れた幼馴染の家。民家の屋根から屋根へと飛び移り、走る。うちはと仙波の生活圏は同じ地区内にある。子供の足でもそう時間がかからないのが幸いだった。少し伸びた前髪が目にかかり、うっとおしい。
『も〜っ…』
小さな手で前髪をはらうこと数回。
目的の場所までやってくると、家の前では腕組みをした母親が先回りをして立っていた。その隣には困った表情を浮かべた幼馴染がいて、屋根から地面へと綺麗に着地したリクハが苦い顔をしながら数歩後ずさる。
「髪を切りなさいリクハ」
『嫌!切りたくないってば!』
「イタチ君からも言ってやってくれない?」
「え…」
『なんでイタチにいうのっ』
「あんたが言うこと聞かないからでしょ?」
『このままでいいの!』
「……」
イタチ自身、母であるミコトとこうも感情的なやり取りをしたことがないためか、正直二人の論争の板挟みにされ困惑する。ただいつもは聞き分けが良いリクハがここまで頑なになるのには違和感があり、よほどの理由があるのだろうとイタチは考える。
「イタチ君は言うこときかない子嫌いだって」
「…そんな風には思ってません」
はっきりとそう言ったイタチに、そこは合わせてよと内心つっこみながらも良くも悪くも冗談の通じないイタチに軽く吹き出すように笑ったハスナ。目の前で拗ねたようにむくれている幼馴染を見つめたあと、イタチがハスナを見上げて首を傾げて問いかけた。
"オレが話しても良いですか?"と。
「ぜひお願いしたいわ」
その返事に小さく頷いたイタチがリクハに歩み寄り、少し俯き加減の顔を覗き込む。
「リクハ。ハスナさんが困ってる」
『………』
「どうしてそこまで…」
バツが悪そうに自身の前髪を撫でながら、眉を八の字にさげたリクハが口を開く。そして小さな声でこう言った。
『…だってイタチが褒めてくれたから…』
「え…?」
『私の髪綺麗って、好きって言ってくれたから…』
「…だから切りたくないのか?」
『…うん』
小さな口をむにゅっと結んだまま、恥ずかしそうに視線を泳がせたリクハ。
ああ…なんて可愛いのだろう。
まさか自分の言った言葉がこんなにも影響を与えていたとは思ってもみなかった。イタチの幼い心にふわりと愛おしさが広がり、思わず顔が綻ぶ。言葉など選ばずとも、素直な気持ちが自然と口からついて出た。
「リクハ、オレの気持ちは変わらないよ」
『…でも似合わなかったら?』
髪と同じ空色の大きな瞳が、少し伸びた前髪の隙間からイタチを見つめる。
「そんなことない。リクハなら何でも似合うさ」
『でも私が髪切っちゃったら…』
「ん?」
『他の女の子の髪、綺麗って思わない?』
予想していなかったリクハからの問いかけに、イタチの目がわずかに見開かれるも、
「絶対に思わない」
返事は即答で迷いはなかった。
『ホント?』
「ああ。だから心配しなくて大丈夫だ」
『…分かった』
イタチがそこまでいってくれるのならと、母親の説得では頑なに折れなかったリクハが控えめな笑みを浮かべて承諾する。少し離れた場所で幼い二人の微笑ましいやり取りを眺めていたハスナは、なんとも愛らしい愛娘の姿に困ったような笑顔を浮かべてひとりごとをつぶやいた。
「気持ちバレちゃうぞ、リクハ」
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