「すまなかった、リクハ」
『…ん?』
「二人が言ったことは忘れてくれ」
『別に気にしてないよ』
結果としてイタチの抵抗は虚しく、ミコトの勝手を止めることができなかった。母親というのはお節介を焼きたがるのだろうが、今回ばかりは谷底へ突き落とされるような気分を味わった。母の話しに苦笑いを浮かべていたリクハのことを思い返すと、気持ちを告げたわけでもないのに背中を向けられた感じがした。
『ね、そのお団子美味しい?』
「…え、ああ。そうだな。食べるか?」
『ううん。ちょっと聞いてみただけ』
何気ない会話の中で向けられた柔らかい笑顔に、内心胸を撫で下ろす。気にしていないと言った言葉は本心だったようで、リクハは好物の抹茶ケーキを幸せそうに頬張っている。コロコロと変化する豊かな表情を追いかけていると、小さな悩みなどどうでもよく思えた。
『母親って、どこもあんな感じかな?』
「…さあ、どうだろうな」
『うちは立場が逆転してるから比較にならなくて』
リクハの父親は、優秀な忍であると同時に娘以外を人間とも思っていないような、超がつくほどの過保護な親で、性格にも難がある。
イタチ自身面識はあり、その強烈な人間性に嫌悪感を抱いたことは星の数。過去を振り返ってみれば、繋いでいる手を一刀両断されたり、修行を邪魔されたり、暴言を吐かれたりした。今は比較的落ち着いてはいるが、そういった時期があったことを今でも鮮明に覚えている。
その度に二人の母親から痛烈な一撃を喰らっていたのも、しっかりと記憶に焼き付けている。あの時は子供ながらに、この人のような男になってはいけないのだと思っていた。
「だがアキトさんは、娘想いのいい父親だ」
『超がつくほどの過保護でも?』
「子を想う、在るべき親の姿だと思うけどな」
そう言ったイタチが瞳を伏せ、対極的な自身の父親を思い浮かべる。
『イタチが父さんのこと良く言うなんて珍しい』
「別に嫌っているわけじゃない。ただ…」
『苦手なだけ、でしょ?解ってる。私も同じだから』
アカデミー卒業を迎える頃には、互いに父親への苦手意識を持つようになっていた。思春期を間近に控えた二人にとってそれは極々当たり前のようにな感情にも思えるが、イタチの場合は少し違う。幼い頃から、イタチが父親であるフガクの姿を目標にすることはなかった。見据えているのはさらにその先…ずっと先だ。そのために修行を積み重ねている。父を超えることは、ただの通過点に過ぎない。しかしフガクの思いはまた別にあり、イタチを生きづらくさせている。
いつの間にか父と息子、親子としての足並みが揃わなくなっているのを、幼馴染のリクハは感じていた。
『私たちもいつか、家庭を持つ日がくるのかな…』
「どう、だろうな。オレたちは忍だ」
戦時でなくとも、任務で殉職する者はいる。
忍に将来を約束できる保証はない。
だからこそ、大戦を生き抜いた自分たちの両親からもらった命を尊いと思えるのだ。彼らは生きる強さを持ち、幸せと平和を享受できた側の人間だが…自分たちは果たしてどうか。
答えは出ている。
解らない、だ。
大戦を経験し悟ったからこそ、幼くとも夢みがちな会話にはならない。だがあえて想いを口に出していいのなら、自分はリクハと共に生きていきたい。それだけは確かな答えがでていた。
『じゃあもしだよ?』
「ん?」
『忍世界が今よりずっと平和になって、選択の自由ができる環境で自分たちが生きてたとしたら、イタチはどんな人生を選ぶ?』
「え…」
若干9歳とは思えないようなその問いかけに、一瞬戸惑う。
『結婚も仕事も、全部本人の意思で決められる世界』
「………」
『私はまだ具体的には言えないんだけど…でも』
「でも?」
『イタチやシスイやサスケとは絶対一緒にいたい』
「………」
『例えばの話しだけどね』
少し気恥ずかしそうに笑いながら目の前にあるケーキを頬張ったリクハを見つめ、心の中に点った温かさを感じる。一緒にいたいという感情が、ただの幼馴染としてでもいい。そう思ってもらえているということが嬉しくて、たまらず笑みがこぼれた。
「オレも同じだ、リクハ」
『じゃあ私がイタチのお嫁さんになる』
「……!?」
『えへへっ。例えばね、例えば』
刹那、赤みがさしたイタチの頬。想いを寄せる相手からの不意打ちを受け、心臓が大きく跳ね上がる。動揺してると思われたくなくて平然を装うが、リクハの無邪気な笑顔に魅せられて上手く表情が作れない。
『そうゆう世の中になったらいいね』
「ああ、そうだな」
『そんな時代の火影は誰になるのか楽しみだね』
「………」
『忍自体がいらなくなったら、子供たちは…』
「なあ、リクハ」
『ん?』
未来を想像していたリクハの名を呼び視線を合わせると、口元についたクリームが目に止まる。少し間の抜けた一面に穏やかな笑みを向けながら人差し指で拭ってやると、無邪気な笑顔が返ってきた。
「例えばなんかじゃなくていいから、約束しよう」
オレたちはずっと、ずっとずっと一緒にいるって。
*
*
あの日と同じ、少女は今も…少年の隣にいる。
『来週は砂の国の国境付近の村を往診したいの』
「だとすると、この村を拠点にするほうがいい」
『調査済み?』
「ああ。この辺りは物資の供給の遅れから餓死者も出ている」
『大戦の影響で安定した供給が行えないのはどの里も同じか…』
「安定化に繋げるまでは、まだまだ時間がかかる」
『そうだね。調査資料見せて』
そう言って向かい合うように座っていたリクハがイタチの隣に移動して、まとめ上げられた資料を見つめる。あの頃から変わらない、気さくな夫婦が営む甘味処。いつもの二つと声をかけ、運ばれてくるそれぞれの好物。真剣に意見を交わし合うのに夢中になって、すぐに手をつけないことも知っている。そんな二人の姿を見つめながら、夫婦はカウンターで顔を見合わせ満足げな笑みを浮かべた。
「あの子ら、ついに結婚すんだってさ」
「めでてぇよなあ。ずっと一緒にいたもんなあ」
恰幅の良い妻が、腰に手を当て気さくな笑みを浮かべている。
「私はいずれこうなるって思ってたんだよ」
「そりゃあ俺だって思ってたがよ」
「あんたは鈍感だから気づくわけねぇよ」
「おめぇ馬鹿にしてぇ、俺は気づいとったよ?」
「なにによ?」
「昔っからイタチがよ?リクハに惚れ込んでたとか」
「そんなことは誰でも気づきよることよ」
「でもよ?それになかなか気づかないバカな娘なんだぁ、リクハは。俺ぁよっぽど言いたかったよ。ほれ!隣に未来の旦那がいるよってさ!」
カウンターから聞こえてくる会話にイタチとリクハが苦笑いを浮かべる。幸いなことは、他の客がいないということだろうか。小さく溜息を吐いたイタチの代わりにリクハがゆっくりとカウンターの方へ振り返ると、夫婦は揃って気さくな笑みを浮かべた。
『全部聞こえてるよ』
「なんか嬉しくってよお。ついな」
「祝言の日取りは!?」
『まだ決まってなくて…しばらくは…』
「いいなあ、イタチ。リクハみたいなのが妻でよぉ」
「あんた!そりゃあどういう意味さね!」
『また始まった』
「…放っておけ」
ギャーギャーと言い合いを始めた夫婦に苦笑いを浮かべ、もう一度机に向かい直すリクハ。少し離れた場所に置いておいたケーキの皿を引き寄せて、一口頬張る。あの頃と変わらない甘さが、口の中に広がった。
『美味しい』
「…なあ、リクハ?」
『ん?』
「昔ここでした約束を覚えているか?」
『いろいろあるけど、どの約束?』
そう言ってイタチに顔を向ければ、視線が絡む。
そのまま唇を重ねられ、離れると同時になにかを舐めとられるような感覚が残りリクハの頬が桜色に色づく。その反応を見つめながら、イタチは満足そうに微笑み口を開いた。
「オレの妻になると、お前がしてくれた約束だ」
『…あ…』
「例え話から始まった会話だったが、現実になった」
『思い出した』
「それと、悪い」
『え?』
先ほど重ねたリクハの唇に、イタチの指先が触れる。
「さっき、口にクリームついてたぞ」
『…は、恥ずかしいからっ…』
あの頃と違う僕ら
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