「ケホッ…コホッコホッ…」
「イタチ、大丈夫?」
「うん……」
「今日はゆっくり休みなさい。明日にはきっと良くなるから」
雨上がりの空は快晴で、雨の匂いを漂わせる風が開け放たれた窓から流れ込んだ。壁に掛けられた時計の針は、午前10時を指している。いつもならとっくに、幼馴染のリクハと遊んでいる時間なのに、自分は体調を崩し今だ布団の中。
枕元では母親であるミコトが心配そうに我が子を見つめている。ほんのり赤く染まった頬に、少しばかり苦しそうな呼吸を繰り返しているイタチはそんな母を見て口を開いた。
「………リクハは?」
「…もう…ダメよイタチ。今日は遊びになんか行かせません」
「でもっ…」
「リクハちゃんにまで風邪うつしちゃったらどうするの?」
「……」
「遊びたい気持ちはわかるけど、今日は我慢しようね」
「あそべなくてもいい…」
「え?」
「リクハにあいたい…」
「……イタチ」
「(今、なにしてるかな…?)」
大きな瞳が少しばかり揺らいだ。
イタチはミコトから視線を反らすと、窓から見える空を眺めながらポツリ幼馴染のことを考えては会えない悔しさからか弱弱しく唇をかみしめた。そんな純粋な可愛らしいイタチの仕草に、ミコトは苦笑いを浮かべ優しくその頭を撫でる。
「イタチは本当に、リクハちゃんが大好きね…フフッ」
「……かあさん?」
「でも、リクハちゃんに会いたいなら、今日は薬を飲んで休まなきゃね」
「明日は会ってもいいの?」
「そうね、熱が下がったら来てもらえるように頼んでおいてあげる」
「ほんと?…ぜったいだよ?」
「ええ、約束よ。さっきリクハちゃんのお父さんが持ってきてくれた薬飲んで、早く風邪なんて治しましょうね、イタチ」
「…はい」
自分に向けられている優しい笑顔につられて同じ表情を浮かべたイタチ。きっと明日には絶対に会えるんだという期待を胸に、少しばかり苦い薬に手を伸ばした。
*
一方その頃、リクハの子守を任されているカカシはと言うと…。
『ひゃ〜!カカシもっとおしてー!』
「はいはい…」
『すご〜いっ!たか〜いっ。もっともっと〜!』
「これ以上はダメ。て言うか、絶対手離すなよ?」
「まるで休日の父親だな、カカシ。なかなか似合うぞ」
「あのさ、好きでやってるんじゃないよ」
公園でブランコに乗るリクハの背中を押していた。それを近くで見ているパックンがニヒルな笑みを浮かべながら嫌味ったらしくそんなことを言ってく来たものだから、思わず反動的に目の前に来たリクハの背中を力一杯押し返してしまった。
ヤバいと思ったのもつかの間、その強い力に耐えきれなかったリクハの体は簡単に空中へと放り出され受け身の取れないまま地面へと落下していく。
何が起こったのか分かっていないリクハは身動き一つ取れない。カカシは大慌てでその場から瞬身で一気にリクハのところまで移動すると、小さな体を横抱きにして地面へときれいに着地した。それと同時に、パックンの安堵の声が聞こえてくる。
「(ヤバい…もう少しでハスナ先輩とアキト先輩に殺されるところだった…)」
「カカシ!お前もうちょっと気を付けろ!!」
「いや、今のはちょっとした手違いだから」
「何が手違いだ!リクハ、大丈夫か?」
ポカンとしているリクハを見上げながら眉間にシワを寄せ心配そうに尋ねるパックン。相当怖かっただろうにと思いながらリクハからの返答を待っていると、意外や意外。返ってきたのは『怖かったー!』などと言う泣き言ではなく、満面の笑みと無邪気な笑い声だった。
『アハハッ!!今のすき!おもしろい!』
「「……え…」」
『カカシ、今のもういっかい!もういっかいやってー!』
「……」
自分の腕の中でワイワイとはしゃぎ、純粋な可愛らしいその笑顔にカカシの動きが一瞬フリーズしたのを、パックンは見逃さなかった。
いくら子供のお守りが苦手で面倒でも、リクハの可愛さには流石のカカシも魅入ってしまったようだった。
『カカシどうしたの?おなかイタイの?』
「あ…」
「お前今完全に"かわいい"と思っただろう」
「なっ…。そんなわけないだろっ、子供のお守りなんてっ…」
『ねえー、カカシ今のもーいっかい…』
「ダメだ。ケガでもしたらどうすんだよ」
『だいじょうぶだよー、ね。あといっかいだけー!』
「ダメったらダメだ。もうブランコはおしまい」
『ええーーーー!!』
「だだをこねるな」
『やだーーー!!』
「あ、コラッ!髪を引っ張るな!!!」
横抱きにしたままブランコから遠ざかるようにして公園の入り口に向かおうと歩みを進めるカカシ。カカシの右肩にはパックンが座り、「やれリクハ、カカシを倒せ」などといらぬ煽りをかけてくる。
一体どっちの味方なんだよと思いつつ、髪を引っ張られまいとリクハを地面へ下ろそうとしたその時…聞き覚えのある、今最も会いたくなかった人物の声が聞こえてきた。
「ここに居たなカカシ!!!我が青春のライバルよ!!」
「…うげっ…」
「ガイか…。嫌な時に出くわしたな」
『ん…?おにいちゃんだあれ…?』
おかっぱ頭のサラサラヘア。
太い眉毛は凛々しいと言うよりは、暑苦しい。極めつけは、全身緑のタイツと言った誰から見てもナンセンスな恰好をした少年。
今まで見たことのない容姿をした人間を目の当りにして、先ほどまで元気のよかったリクハの声が若干小さくなりカカシの髪を引っ張っていた手は自分の胸元辺りで組まれている。
そんな仕草から、リクハが不安なんだと言うことにすぐ気づいたカカシは出来るだけ
ガイからリクハを遠ざけようと、ギュッと力を込めて抱き寄せる。
「ん…?見慣れない子を連れてるなカカシ。誰だ?」
「(やっぱ食いついてきた…)いや、この子は…」
「はっ…さてはお前、次のライバル勝負を子守対決にするつもりだな!?」
「いや違うから。なんでそうなるの」
「ガイ、この子はな。あの仙波アキトとハスナの娘でリクハだ。今日カカシは一日この子の面倒を見るよう任務を受けているんだよ。だからその、青春のライバル勝負ってのは今日はなしでいいだろう?」
「そうそう、パックンの言うとおり。オレ任務中だから」
「あのアキトさんとハスナさんの愛娘!?子供いたのかあの二人!!」
「オレの話聞いてないし…」
会話のキャッチボールが部分部分でしかできていないことにため息をつく。ガイは物珍しいものでも見るかのようにリクハを凝視する。そりゃあ、自分たちの尊敬する上忍の子供が目の前に居れば好奇心が湧くというものだが、がん見し過ぎではないだろうかとカカシもパックンも感じていた。
「いや見過ぎだから。やめてくれる?」
「オレの名は木ノ葉の気高き碧い猛獣、マイト・ガイ!!そして、カカシの永遠のライバルだ!!よろしくなっ!!」
「いやだから!!人の話聞けよ!!」
『……』
「いや〜しかしあれだなカカシ。流石はあの二人のお子さんなだけあって可愛いな」
顔を近づけてくるガイに引き気味のカカシは後ずさる。心なしかリクハの表情も引きずっているということに早く気付いてほしい。しかしガイがリクハの頭を撫でようと手を伸ばした次の瞬間、カカシは首元にかなりの重量感を覚え一瞬息を詰まらせる。
ガイの存在が怖かったのだろう。リクハが自分にしがみつくようにして抱き付いてきたということがすぐにわかった。
「ほら、怖がってんだろ」
「オレは何もしてないぞ!?」
「その存在がだ!見た目からしてっ、子供に好かれる要素がない!」
『パックン…あのひと…』
「よしよし、大丈夫だぞリクハ。拙者とカカシが付いてるからな」
「どっか行け!任務の邪魔だ」
「いや!これは青春をかけた、どっちが子供に好かれるかと言うライバル勝負になる!」
「ならないから。なる要素ないから!今現状みてオレに懐いてるってわかるでしょ!」
「いや!それはハンデだ!オレが先にその子と会っていたら、現状は違った」
「違わないよ。頼むからこの子巻き込むのだけは止めろ。頼むから」
「青春のライバル対決を放棄することは許さないぞ!!」
全くもって引こうとしないガイに苛立ちを覚えるカカシ。無意識のうちにリクハを庇い、ガイからさらに遠ざける。次第に言い合いがヒートアップしていき、二人の間にはバチバチと火花が散り始めた。
「おい、やめんかお前たち。リクハが怖がってるだろう」
「カカシ!オレにもその子と遊ばせろ!独り占めしていたら勝負が始まらないだろう!」
「ダメだ。お前だけには絶対渡さないよ」
「なにをっー!?」
「あ、おい!寄るなよっ」
「リクハちゃん!そんな無愛想な奴より、このマイト・ガイと遊ぼうじゃないか!」
『わぁーー!!』
「ほら!怖がってるだろ!!」
ズイズイ迫ってくるガイにリクハは目を丸くしてさらにカカシの首元にしがみつく。歯をカタカタと鳴らし、まるで幽霊でも見ているかのような脅えっぷりだ。しかしそんなことでヘコたれるような人間じゃないのが、このマイト・ガイという少年なのだ。
「さあー!リクハちゃんっ、オレのところにおいで!」
『(カタカタカタッ)』
「渡すかっ」
「おい!お前のリクハちゃんじゃないだろう!」
「うるさい。もう諦めろ」
「いいやっ。これはライバル勝負なんだ!オレは諦めんっ」
「しつこいのは嫌われるぞ」
「そんなことは分からん。リクハちゃんに聞いてみるかっ?」
「は?」
「リクハちゃん、ズバリ!オレとカカシ!どっちが好きだ!?」
『………』
「あー、リクハ。答えなくていいから、流せばいいから」
「よくない!ちゃんと答えてもらわなければっ」
ビシッ!と人差し指をリクハに向けるガイに、カカシは呆れた表情でため息をついた。
「さぁ!リクハちゃっ…」
『パックンがすき…』
「「………」」
木ノ葉の気高き碧い猛獣
(子供はかわいい動物好き)
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