病院の窓から見える青空をボーッと眺めていると、その穏やかさに時間の流れを忘れそうになる。たった3日前まであの地獄のような戦場に居たとは思えないくらいに、病院のベッドの上はとても平和だった。
それはもう、逆に退屈なくらい。
リクハは何か暇つぶしをしようとベッドの周りに置いてある物から、一番役立ちそうな物を探す。
すると近くにあった棚の上に、一冊の本がありそれを取ろうと手を伸ばす。これは確か、2日前にイタチが持って来てくれた本だったと内心呟く。まだ一度も目を通していない。幼い子供が読む代物ではないほど分厚い。が、今はこれを読んで時間を潰すしか他にやることがなさそうだった。
リクハが『う〜〜』と低い声を出しながら懸命に腕を伸ばしていた、その時ーー。
―コンコンッ
もう少しで手が届く、というところで扉をノックする軽快な音が響く。あと少しだったのにと思いながらも反転させていた体を元に戻し『はーい』と扉に向かって声をかけた。
「よっ。リクハ」
『…!!』
「来るのが遅くなって悪かったな」
扉が開き入ってきたのは、予想外の人物だった。穏やかな笑顔を浮かべたその人物は、顔の高さまで上げた手を下ろしてベッドのそばまで歩み寄ってくる。そして近くにあった椅子に腰を下ろし、元気そうなリクハの姿を確認するとさらに笑みを深めて笑った。
『…シ、シスイさん』
「ハハッ。なんでそんなに驚くんだよ」
『だ、だって、来ると思ってなかったから…』
「遅くなっちまったからな。すまん」
『えええっ…そんなっ。シスイさんは任務で忙しいから』
アタフタと両手を大げさに動かしながらそう言うリクハがおかしくて、思わず笑いをこぼすシスイ。
そんなシスイの反応に、首を傾げるリクハ。
シスイとは3日前、あの戦場で命を救ってもらって以来これが二度目の顔合わせとなる。優しい人物だということは分かっているが、やはりうちはシスイは有名人だ。改めて目の当たりにすると、少しばかり緊張した。
「シスイでいいって言ったろ?」
『あ…』
「そんなに年も変わらないんだ。"さん"はいらないよ」
『…えっとじゃあ。そうするね』
「気楽に接してくれた方が助かる」
『う、うんっ』
少しだけ目線を泳がせながら短く返事を返したリクハ。シスイはそんなリクハの反応に穏やかな笑みを浮かべて、小さな頭を優しく撫でる。突然の行動に驚いたリクハは、大きな目を更に大きくさせてシスイを見つめた。
『シスイ…?』
「戦争は…怖かっただろ?夜ちゃんと眠れてるか?」
『……』
「急に思い出して、不安になることは?」
『…ううん、ないよ。大丈夫』
「そうか…。ならいいんだ」
何故だか気がかりでならなかったのは、リクハの精神状態だった。幼いリクハがあの戦場を経験して、心が壊れてしまわないか、閉ざしてしまわないだろうかと、シスイは心配していたと話す。
実際どんなに場慣れした忍であっても、深い傷を負い戦場に立てなくなってしまう者は少なくない。だがそれは取り越し苦労だったようで、リクハは思いの他穏やかな笑みを浮かべている。
取り繕っている感じはしない。
『ねえシスイ…』
「ん?」
『私ね…あの時あそこで、たぶん死んじゃってた。シスイがいなかったら』
「リクハ…」
『シスイがいたから、私は生きてる。戦争でたくさんの人たちが死んでいっちゃったのに、私は生きてた』
「…うん」
『それがなんかね…ずっとふしぎなんだ』
「不思議?」
『そう。こんなに弱い私が生きてて、強い人が簡単に死んじゃう…』
一体命って…誰のためにあって、誰が生きるか死ぬかを決めてるんだろうって。
ずっとふしぎで考えてるの。
そう話し終えたリクハの瞳は、真っすぐシスイに向けられている。イタチもそうだがどうしてこんなにも深い考え方ができるのだろうと、シスイはすこしばかり唖然とした。まだ幼いリクハに、他者とは違うなにかを感じながら。
「…悪いがその質問に、正確な答えはないかもな」
『どうして?』
「命が尽きたり、生まれたり、命ってのは誰かが決められる運命ではないから"命"なんだと、オレは思う」
『…??』
「定義づけられない部類のものと言うか…。それぞれに違った命の考え方があるから、誰もその答えには辿りつけない。自分がそう思ったことこそが、その人の命のあり方なんじゃないかな」
だいぶ個人的な見解をしたとシスイは思い、苦笑いを浮かべる。案の定リクハは考え込むような仕草をとり、黙ってしまった。
「急いで答えを出すような問題じゃないぞ?」
『う〜ん。とってもむずかしい』
「そりゃそうだ。普通は子供が深く考えたりしない事だからな」
『そうかな?』
「ハハッ。お前は常にイタチといるから、それが当り前なのか」
そろそろ行かなきゃいけないのだろうか、椅子から立ち上がったシスイがリクハを見下ろし穏やかな表情を浮かべたその時ーー。
「オレが、なにか?」
『「…!」』
病室の入口の方から突然声が聞こえ二人が視線を向ければ、そこには小首を傾げてリクハたちを見つめているイタチの姿があった。
イタチはシスイが居たことに少しだけ驚き、リクハと知り合っていたことにまた少しだけ表情を歪めた。
『イタチ、今日も来てくれたんだね』
「リクハ、調子は?」
『元気だよ、ありがとう』
「よかった」
ベッドの脇へと歩み寄り、シスイの隣に並んでそう言ったイタチの表情は笑顔。
幼馴染の二人の仲がとてもいい事を知ってはいたが、いつもあまり見ることのない珍しいその表情に今度はシスイが少しだけ驚いた表情を浮かべた。
「…リクハを助けてくれてありがとう、シスイ」
「え?」
「リクハは大切な幼馴染だから」
「いや、オレは仲間として当然のことをしただけだ。礼には及ばない」
「…でも」
『ね、イタチ。シスイはすっごく優しいの』
「命を救われたんだ、ちゃんとお礼くらい…」
「ははっ。まあそう堅くなるなって」
そう言いながら少しばかり困っているイタチの額を軽く小突いて笑うシスイ。同い年のイタチと自分に、ちょっとだけ年上の兄ができたみたいで心から嬉しく思った。イタチをあんな風に扱えるのも、きっとシスイくらいだろう。同じうちは一族の中でもシスイのことは尊敬していると、前にイタチが言っていたのを思い出すリクハ。
二人の兄弟の様なやり取りを見て、自然と笑みがこぼれた。
『あははっ』
「なんだよ、リクハ?」
『あ、ごめん。なんか、兄弟みたいでいいなあって』
「「え?」」
『シスイみたいな優しいお兄ちゃんだったら、私も欲しいなあ〜』
「……」
「はははっ。リクハみたいな可愛い妹なら大歓迎だ」
『ほんと!?じゃあ今日からシスイは私のお兄ちゃん』
「おう」
『えへへっ』
「……」
ニコニコとシスイに笑顔を向けてさぞ嬉しそうな幼馴染の態度に、イタチは少しだけ頬を膨らませながら面白くないと言いたげな表情を浮かべている。
シスイはそんな対照的な二人の態度を交互に見つめ、嬉しそうな笑顔を浮かべてからイタチの肩とリクハの肩に手を回し二人をしっかりと抱き寄せた。
「お前ら二人はもう、オレの大切な弟妹(きょうだい)であり友であり、家族みたいなもんだよ」
その言葉が、今でも心に刻まれてるんだ。
うちはシスイという人
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