木ノ葉の里を出たのは、まだまだ暑さが厳しい8月の頭。森の木々たちも青々と茂っていたのに、今ではすっかり紅葉に染まっている。病室の窓から移り変わったどこか懐かしい風景を眺めながら、シスイは隣のベッドでもうかれこれ30分は繰り広げられている論争にクスクスと笑いをこぼした。

『私がどれだけ心配したと思ってるのっ?』
「だから、すまなかったと…」
『すまなかったで済む!?今回こうやって無事に帰って来れたけど、最悪の結果だってあり得たんだよ?ちゃんと解ってる?』
「ああ、オレもシスイも承知の上だ。リクハ…なあ、頼むから…」
『イタチもシスイも自分をもっと大事にしてよっ。二人に何かあったら私っ…』
「お、おい…リクハ、頼むからそんな泣きそうな顔をするな…」

下唇を噛みしめながら大きな空色の瞳を涙ぐませているリクハを前に、痛々しく両手に包帯を巻いて目の前に居る幼馴染を必死で宥めているイタチ。シスイは窓の景色から二人のやり取りに視線を移すと、「やれやれ」と言った感じに苦笑いを浮かべた。
事の発端は任務中、自分達が部下を庇い負ったケガを放置しすぐに治療しなかった事。結果、ケガは悪化し二人とも全治3週間となった。医療班はすぐ近くに居たのだが、任務遂行を優先。命に別条はないが、この二人のやり方を良しとしない少女が一人。それが、リクハだ。彼女はイタチの幼馴染であり、シスイの妹のような存在である。
リクハは優秀な医療忍者が揃う一族の出身なだけあって、二人が病院に来た時には血相を変えて自らが治療に当たっていた。

「本当にすまない。もうこんな無茶はしないよ」
『当たり前!私が絶対させない、許さないんだから』
「ははっ。リクハ、それくらいにしといてやれよ。イタチはお前の泣き顔にめっぽう弱い」
「おい、シスイ…余計な事は」
「事実だろ?」

クスクスと面白そうに笑うシスイだが、やはりその両腕には包帯が巻かれていて痛々しい。任務でケガをした時自分より焦りを見せていたのはイタチの方だった。ケガをするのは仕方がないとは言え、余計な心配をかけてリクハを悲しませてしまうんじゃないかといつも気にかけているからだ。
シスイも同じ気持ちではあるが、どこかイタチよりも楽観的でいる。リクハはそんなシスイをジト目で睨む。

『イタチをからかってる場合じゃないよ、シスイ』
「もういいだろ?オレ達は無事だ、な?」
『な?じゃないよっ。全くもう!』

今度は両頬を膨らませて怒るリクハ。自分の言いたいことがちゃんと伝わっていないような気がして納得がいかないようだ。しかし当の本人たちは、こんなにも親身になって心配してくれるリクハの気持ちが嬉しくてついついそんな彼女に笑みがこぼれてしまう。イタチもリクハの様子にやんわりと笑みを浮かべた。

「ありがとうリクハ。心配かけて悪かった、もう大丈夫だ」
『イタチ…』
「もう無茶はしない。約束する」
『…シスイもだよ?』
「おう。無茶をする時は、優秀なリクハがそばにいる時だけにする」
『そ、そういう問題じゃっ…』
「クスクスッ」

上手く二人に丸め込まれてしまい、それ以上何も言えなくなってしまったリクハは持っていたカルテをギュッと握りしめる。今目の前で笑っている二人が本当に無事で良かった、そう改めて感じながら。決して友と呼べる存在が多いわけではないリクハにとって、イタチとシスイの存在は本当に特別でかけがえのないもの。
だからこそ他人がケガをして運ばれてくるよりも何倍も何倍も感情が揺れ動いてしまうのだ。それはリクハだけでなく、シスイもイタチも例外ではない。

『じゃあ、また午後になったら様子見に来るから…くれぐれも!大人しくしててね』
「おいおい、まるでオレたちが問題児みたいな言い方するなよ」
『問題児じゃん!』
「はははっ。早く仕事して来い」
『じゃあ、後でね』

二人に見送られて病室を後にするリクハ。
先程と打って変わって静けさを取り戻した病室に、シスイの安堵のため息が響いた。
ベッドに寄りかかり、イタチに視線を移す。

「いいもんだな、ああやって…心の底から心配してくれる誰かが居ると言うのは」
「ああ。だが…」
「ん?」
「オレはいつリクハが泣き出すかと、正直気が気じゃなかった」
「……あっははははは!!」
「なんだよ?」

イタチの予想外の告白に、シスイは一瞬フリーズした後すぐに腹を抱えて笑い声を上げた。そのオーバーなリアクションにイタチは表情を歪める。

「いや、すまんすまんっ」
「何か変なこと言ったか?」
「違う違う、ただ…やっぱりって思ってな」
「??」
「やっぱりうちはイタチは、リクハの泣き顔にめっぽう弱いって思ってさ」



それから2週間後。

『全くっ、こんな所にいた!』
「お、来たか」
『来たか、じゃないよもう!二人とも一応今日の昼過ぎまで私の患者ってことになってて抜け出されると困るんだけどっ』
「すまないな、リクハ。明日から任務に就くから、体を慣らさないと」
『イタチはシスイより傷深かったんだからね?』
「とか何とか言うが、リクハだってオレたちと何回病室を抜け出したと思ってるんだ」
『そっ…それは昔の話でしょっ』

全治三週間と診断されたにも関わらず、シスイは上忍で隊を統一する立場から早めの任務復帰を余儀なくされ、イタチもまた暗部であることから多少の無理を上から指示されていた。
リクハはそんなやり方に不平を漏らしてはいたが、彼女もまた優秀な忍。特化した高度な医療スキルを用いて二人のケガを1週間早めて完治させて見せた。二週間何もせずベッドの上で過ごした二人は、まだ病み上がりだと言うのに病室を抜け出しいつも修行をしている河原へと足を運んでまたリクハを呆れさせた。

『最後の診察するから、座って』
「もう大丈夫だよ。ケガだって…」
『座りなさい』
「「………はい」」

シスイが笑ってそう言い始めるが有無を言わせず強い口調でそれを遮ったリクハに、二人は大人しく近くにあった岩の上へと腰を下ろす。変えたばかりだったはずの包帯が、この数時間でもう汚れている。それを慣れた手つきで交換し終えると、リクハは二人と向き合いシスイの左目イタチの右目にそれぞれ左右の親指を宛がい下まぶたをグイッと引っ張った。
いきなりのことに表情を歪め少しだけ驚いている二人をよそに、リクハは真剣な表情でその漆黒の瞳を交互に見つめた。

「おいリクハ、何して…」
『二人が運ばれて来た時…』
「「??」」
『正直…外傷よりチャクラの消耗が酷かったの。…二人とも、同じくらい疲弊してた』

当時の情景を思い出しながら、リクハは二人の瞳に異常がないことを確認すると手を離し持っていたカルテに何かを書き足していた。

『写輪眼は…チャクラの消費量が多い分、体への負担も大きいから過度な使い方はあまりしないでね…』

カルテから顔を上げたリクハは案の定不安げな表情で、イタチとシスイは顔を見合わせてから穏やかな笑みを浮かべた。代々仙波一族はうちはと親交が深く、今日までうちはに特化した治療法なども生み出しているほど。
もちろんリクハも例外ではなく、「写輪眼」については幼少期から学んできた。だからこそ、無理をするなと言っても聞かない二人の事が心配なのだろう。

『……私さ』
「「??」」
『毎日たくさんの患者さんを看てるけど…二人が運ばれて来た時、少しだけ…怖くて動けなくなったの』

俯き加減でそう言ったリクハは、膝の上で拳を握り締めて二週間前の事を思い出す。病院の入口。たまったやじうまをかき分け患者の元へ辿り着くと、そこには返り血なのか自身の出血なのか分からないほど赤く身を染めた幼馴染と兄と慕う親友が居た。
叫び駆け寄る前に、体が強張り凍りつく。幼い頃、荒れた戦地で次から次へと命を落としていく人間を目の前にしたあの時の恐怖感とそれは似ていたが、全くの赤の他人ではなかったことから衝撃がより深くリクハの中に走ったのだ。
幸い、命に関わるようなケガではなかったけれどチャクラの消耗具合からして危険な状態にあったことには変わりなかった。

『何があっても冷静でいるんだって思って今までやってきたつもりだったんだけど…やっぱりダメだったよ』
「リクハ…」
『二人を助けられなかったらどうしようって…私…』
「「…!」」
『いつも通りできなくてっ……』
「わかった、本当にもう大丈夫だから泣くなリクハ。オレが悪かった」
『う…っ…イタチとシスイが死んじゃったらどうしようって……っ』
「お前のおかげで、今こうしてここに居るんだ。リクハ、オレたちは…」
『う…ひくっ…お願いだから…っ…二人は居なくならないでっ…』

いつの間にか涙をポロポロと流しながら子供のように泣き出すリクハを前に、イタチとシスイは顔を見合せて穏やかな表情を浮かべた。
数か月前、任務中に殉職した両親のこともあって心の限界が来てしまったのだろう。優秀だと周りから賞されるリクハであっても身も心もまだまだ未熟で不安定。特に命の尊さを幼い頃から学んできた彼女の性格を考えれば、そのショックは計り知れない。
イタチは少しだけリクハに近づき肩に手を置くと俯いている顔を覗き込みながら、「ありがとう」と口にした。

『…っひく…っ…うぅっ』
「オレたちの事をここまで心配してくれるのは、お前だけだよ。リクハ」
『…シスイッ…』
「オレもお前が大事だし大切な妹分だと思ってる」
『…う゛んっ……』
「絶対にお前一人を悲しませたりしないって、約束するよ。な、イタチ」
「ああ、もちろんだ」
『…二人とも…っ…』
「ほら」
『…?』
「指きりだ。絶対、約束する」

目の前に居るイタチが差し出してきた小指に、リクハは一度涙を拭って自分の小指を重ねた。
穏やかに笑うイタチはいつも通りで一気に安心感が押し寄せる。

『破ったら…許さないっ』
「おっとー、これは責任重大だな!イタチ」
「茶化すなシスイ」
「あはははっ」

イタチの肩に腕を回し、笑っているシスイ。
こういう些細なやり取りが幸せで、この人懐っこい笑顔が何度も自分を前向きにしてくれた。今も、まさにそうだ。リクハはもう一度涙を拭うと、パッと顔を上げてハニカンだ笑顔でこう言った。

『大好き、二人とも』
「「………」」

二人がフリーズしたことは、言うまでもない。


君とゆびきり
(絶対に破れない、大切な約束)


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