いけないと分かっている。
この先は、ダメだと。
頭の中のサイレンが大きな音を立てて鳴り響いていて、でも…それでも…。
「大好き、リクハ…」
この気持を抑えることが、できずにいた。
「カカシ先生が…っ」
「リクハ姉ちゃんを…っ」
今目の前で起こっているこの状況は、本当に現実なのだろうか。担当上忍であるカカシを励まそうと行動したことで、こんな事態になるとは想定できるはずもない。
三人はただただ大きく目を見開き、フリーズするしかなかった。カカシはリクハの体をギュッと抱きしめ、届くことのない気持を伝える。リクハは泣きながらカカシの胸板を押し、やんわりと距離をとった。
『……っ…』
「リクハ…」
『カカシさんの気持ちには…答えられません…』
「ハハ…。言わなくていいって言ったのに」
リクハの言葉に、優しい表情で答えるカカシ。
『でも…』
「うん…」
『カカシさんの気持ちは、すごく嬉しいです…』
「…そっか」
『…ありがとう』
涙をこらえ、どんどん小さくなっていくリクハの精一杯の言葉にカカシ自身も目の奥が熱くなるのを感じた。
「こちらこそ、ありがとな…リクハ」
ふわりと浮かべた笑顔のまま、リクハの頭を撫でる。どんなに好きでも、どんなに追いかけても、手に入らないものなどいくらでもある。今回はそれが、たまたまこんなにも大事でかけがえのないものだったから、しばらく立ち直るのには時間がかかりそうだ。リクハが涙を拭いながら立ち上がると、無理矢理つくった笑顔でカカシに手を差し出す。
そんな様子を、苦笑いで見つめるカカシ。
『帰りましょう、カカシさんっ…』
「ダメだねリクハ。…こう言う時は思いっきり突っぱねないと」
『……』
「余計に期待、しちゃうでしょ?」
座ったままリクハの手を掴み、勢いよくその体を引き寄せたカカシ。さすがに見ていられず止めに入ろうとサスケが立ち上がりかけたその瞬間、
「サスケ」
と聞き慣れた声が耳を掠め、通り過ぎ様に自分の肩に触れた手が制止をかけていく。
「兄さん…」
気づいた時には見慣れた背中が少し先に居るリクハの体を受け止め立っている。思いがけない人物の登場に、三人の目がさらに大きく見開かれた。
「意外に遅かったね。もっと早く来ないとダメじゃない」
「相手が貴方だったからです。カカシさん」
「お前、分かっててリクハを止めなかっただろ」
「…。でもこれは、やりすぎでしょう」
「ならもっと早く来い…イタチ」
ゆっくりとした動きで立ち上がり、イタチに視線を向ければ今にも射抜かれてしまいそうな鋭い視線が自分を見ている。隙がなく、全てを見透かしているような目だ。イタチはため息混じりにカカシから視線を外すと、隣にいるリクハから手を離す。なんとなくこうなるんじゃないかとは思っていたが、実際に先程の光景を見てしまうと心中穏やかではいられない。
『イタチ、カカシさんは…』
「いいよリクハ。イタチは全部分かっててお前を信じてるんだから。そうでしょ?」
「けじめをつけなかったリクハにも非はあります」
「…大人だねぇ」
「でも、これで最後ですよカカシさん」
「分かってるよ。いい機会だった。すまなかったな、イタチ」
やんわりと笑ったカカシの笑顔に、イタチは表情を変えず受け止める。カカシの想いは知っていたし、気持ちを伝えたことも知っていた。ただ、カカシはリクハの恩師。両親が居なくなってからの彼女の親代わりとなり、生きる全てを叩き込んだのはカカシだ。それは昔も今もこれからもきっと変わらない。リクハが本当の家族に抱く感情でカカシを慕っていることも、この先何も変わらない。
「カカシさんには、感謝もしています…だから」
「だから?」
「リクハのことは…もう全部オレに任せてください」
「………」
『イタチ…』
普通なら、殴られていてもおかしくはない。
しかしイタチは頭を下げた。
それはこれからも変わらない、親代わりであるカカシへの筋を通す行動で。若くも人格者の風格を見せつけられたカカシは「これは勝てない」と苦笑いを浮かべる。と同時に、この男で良かったと、心の底から思うことができた。
「最初から、お前だったんだな…イタチ」
「……」
リクハとの思い出が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
「イタチ…」
「はい」
「先に謝っとくよ」
「なにを、ですか?」
「本当に、すまない」
「…!…まさかっ…」
『え……?』
カカシの目が怪しく細められ、謝罪の言葉を口にした後。それは一瞬の出来事だった。
イタチはカカシの動きに気づいたものの、まさかそこまではしないだろうという思いが動きを遅らせ隣に居るリクハへ視線を移した時にはもう遅かった。離れた場所で見ていた三人は驚愕の表情を浮かべ、再びフリーズ。
唇に触れた温かい感触がカカシのものであるということに気づいた瞬間、心臓が苦しいくらいに高鳴り冷や汗が頬を伝った。
『…………』
「……」
一瞬の沈黙が、とてつもなく長く感じられた数秒だった。チュッというリップ音と共に重ねられていた唇が離れると、カカシは満面の笑み。
そして、
「これからもよろしく、"愛娘"」
と、リクハの体を引き寄せギュッと強く抱きしめた。幼い頃から小さいと感じていた体は成長してもまだ小さくて、自分が守っていくべき命だと改めて感じることができた。
別れのキスは始まりを連れてきた
(たまらなく愛しい君へ送る始まりの合図)
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