「やぁ…すまなかったね。取り乱してしまって」

持って来ていた薬を即座に調合し、穏やかな寝息を立てている男の腕に注射針を刺したリクハが『大丈夫です』と優しい笑みを浮かべ、包帯を巻いて処置を終えると一連の流れを眺めていたもう一人の男と向き合った。

「俺はゴシチってんだ。で、そっちは弟のヤシチ。命を救ってくれて本当に感謝してる。あんがとよっ」
『いえ、処置が間に合って良かったです』

穏やかに微笑んだリクハに緩い笑みを浮かべて頬を赤らめたゴシチ。再度感謝の意を伝えるべく頭を下げたあと、すぐに抱いていた疑問を投げかけるためパッと顔を上げた。

「んで、嬢ちゃんと兄ちゃんは木ノ葉から来たって?」
「そうだ。あんたはこの先にある銀鏡村の人間か?」
「あ、ああ、そうだが…君らは…」
「今しがた厄病がどうとか言っていたが、村に同様の患者は?」
「え、あ、い、いるっ。そりゃあもう沢山っ…」

両手を広げて主張したゴシチに対し、リクハとイタチが顔を見合わせ納得する。

「いつから」
「それは、病が流行り始めた時期か?」
「ああ」
「…そ、そうだな。確か…三週間くらい前からだな」
「村に医者は?」
「先生も感染してぶっ倒れちまってるよっ…」
「そうか。解った」

流れる様な淡々とした問いかけをして来るイタチのペースに何とか合わせ、いそいそと言葉を詰まらせながら答えたゴシチ。何が解ったのか、ぴしゃりと会話を終了させたイタチが隣にいるリクハと向き合い「お前の見解は?」と首を傾げ問いかけた。

『村にもまだ苦しんでる人がいるならすぐに向かおう』
「了解だ」
『病気の詳細は歩きながらするね。…あの、ゴシチさん』
「な、なんだい?」
『私は医療の心得があるので、これから村に行ってこの病を治めようと思います。弟さんを運べますか?』
「そんなこと出来んのかいっ!?あ、いや、今しがた神の身技を拝ませてもらったばかりだしな…っ。こいつぁすげぇ事だ…気味の悪い病が治ると知れば、村の奴らは大喜びだぜっ……」
「おい、早くしろ」
「え、あ、ああっ。すまない!」

突然現れた希望の光を前に目を見開き、独り言を並べていくゴシチに声をかけたイタチ。自分よりも体格のいい屈強なヤシチの腕を軽々と持ち上げ起き上がらせる姿を視界におさめると、ゴシチが焦った様に駆け寄り「俺が運ぶよ!」と弟を背負った。

「村に行くなら近道があるんだっ、道案内するからついて来てくれっ」
『本当ですかっ?すぐに行きましょう!』
「……リクハ。お前、もう少し警戒心を持て」
『え…あ、ごめん。イタチが一緒だったから、つい…』
「………解った。行こう」



「"幻現蟲(ゲンケンチュウ)"?」
『はい』
「その虫が、この厄介な疫病の正体ってわけかい?」
『そうです。感染ルートは患者の傷口、体液、飛沫、排泄物、それらを含んだ生活水や排水から感染します。空気感染はしないので、そこは安心して下さい』
「先生が三週間かけても分からなかった病なのによ…」
『あ、いや、それは仕方ないと思います』
「ん?」
『この病、今では治療法も見つかっているし、流行っていたのは100年以上も前の話なので、ほとんど認知されていないんですよ』

明かりの届かない湿った洞窟を、イタチを先頭に進む四人。ヤシチを背負ったゴシチが「疫病」だと恐れていた病の詳細を聞きながら、「嬢ちゃんすげぇな…」と関心の言葉を漏らした。

「その病、今は殆ど認知されていないということは生活水準の向上と共に感染のリスクも減少したということだろ。あんたの村は、それ程までに劣悪な状態なのか?」

イタチの持つ松明の火が行く先を照らす。
問われた質問にゴシチが溜息を吐きながら肯定の返事を返すと、リクハの表情が歪む。どんなに医療忍者としての力をつけても、救える命は限られている。木ノ葉の里という恵まれた環境にいては、繁栄の影で犠牲になっている者達の姿が見え難く、手を差し伸べることができない。そんな自分の不甲斐なさに、下唇を噛んだ。

「恥ずかしい話だが、銀鏡村は廃村の危機に直面してる」
『昔はその、木ノ葉の里とも交流がありましたよね?』
「そうらしいな。けど俺が生まれる前の話で、当時のことを知ってんのは村長くらいになっちまったが…」
『里や国からの支援は?』
「まあ、何度か声は上げたがよ。こんな辺鄙(へんぴ)な村相手にされやしねぇのさ」

乾いた笑みを溢したゴシチ。自分の生まれた村が危機的状況にも関わらず、彼の性根は明るく前向きな様に感じられた。そして何かを思い出したかの様に「そういえばよ!」と、前を歩くイタチの背中にあるうちはの家紋を見つめながら嬉々とした声色で語りかけた。

「兄ちゃんはかの有名な"うちは一族"のお人だろっ?」
『(…!)』
「…知っているのか?」
「あたぼうよっ。うちはの人間はいい人ばかりだからな!」
「…そうか。あまり言われたことはないが…」
「まあ、俺が知ってんのは二人だけなんだがよ?今も村に"ムスビ"さんってお人が…」
『あ、ああっ、あの!あの、そういえばこの辺り一帯の薬草林は今もまだ使われているんですか?』
「いや、もうしばらく使われてねぇな」

父の友だという"うちはムスビ"について、まだイタチに話をしていなかったリクハはゴシチの言葉を慌てて遮り話題を逸らす。が、幼馴染の不自然さは声色だけで一目瞭然。先頭を進むイタチは何やら嫌な予感がするなと内心溜息を吐いた。

「出口だ」
「村は目と鼻の先だ!俺は先に行って、村の奴らに兄ちゃんたちが来るって伝えとくからよ!」
『え、あ、ゴシチさん一緒にっ…』

イタチの横を通り過ぎ、意気揚々と駆けて行ったゴシチに手を伸ばすも虚しく空を切る。洞窟を抜け拓かれた場所に出ると、数メートル先には生活の灯りが揺らいでいた。

「お前、オレが暗部所属だってことを考慮してるか?」
『……ごめん。さっき話そうと思ったんだけど』
「"うちはムスビ"と面識が?」
『ううん。…イタチは?』
「ない。だが"うちは"は里の監視下、同胞の顔と情報は、嫌でも開示されてる。堅気じゃなければ特にな。それで?さっき何を言いかけた」
『……えっ、と』

向けられた漆黒の瞳から気まずそうに視線を逸らし、片腕に手を添える。これが暗部の任務で自分がイタチの部下だったら、多分、いや確実に咎められているところだ。

「リクハ、勿体ぶらずに話せ。大丈夫だ」
『う、うん』

一度深呼吸をして、よし…と少しばかり背筋を伸ばし『私の父さん…実は…』と、口を開いた瞬間だった。自分たち以外の人の気配に反応した二人の視線が一点に注がれ、木の幹の影から一人の男が姿を現したのは。

「驚いたな。本当にアキトの言った通りになった…」
『……』
「……」
「イタチ君に、リクハちゃん。会えて光栄だよ」

左目を隠すように伸びた前髪に、漆黒の瞳。身なりの整ったその風貌から、彼がうちはの人間であるとすぐに分かった。穏やかな笑みを浮かべて歩み寄ってくる男に敵意はなく、イタチとリクハは顔を見合わせ目の前にいる人物がうちはムスビであると確信した。

「知ってて此処に来たと思うけど一応…。うちはムスビだ。よろしく」
「あんた、アキトさんと面識があるのか?」
「え?ああ、もちろん。彼とは同期だ」
「リクハ…」

イタチが差し出された手を握り返すことはなく、「聞いてないぞ」と言いたげな視線をリクハに向ける。今しがた話そうとしていたのかもしれないが、とても大切な何かを知り得ていない気がしてイタチは眉をひそめた。

『ごめんイタチ…、今ちゃんと説明するから』
「リクハちゃん、アキトの出生について話してないの?」
『はい…』
「そっか。僕から説明しようか?」
『え、あ…大丈夫です。私からちゃんと話します…』
「解った。君たち、ゴシチに会ったでしょ?」
「ああ。村で病が蔓延していると聞いたが…」
「そうなんだ。募る話があるから落ち着いて場を設けたいんだけど、リクハちゃんなら病を治められるかな?」
『は、はいっ。もちろん』

柔らかい物腰で話すムスビ。
村の惨状を知っている割にはとても落ち着いている。

「そうしたら僕は村に戻るよ。イタチ君に話をしてから来てもらえる?」
『はい…』

リクハの小さな頷きに手をひらひらと振って姿を消したムスビ。シスイ以外の同胞の上忍と話をするのにどこか違和感を感じながら、イタチが「それで?」と腰に右手を当てた。

『……イタチ』
「ああ」
『私の父さん、実は……うちは一族の人間なの』
「…………」


Mission.5


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