いつもはもっと簡単なんだ。
話しかけるのも、謝るのも。
でも今は、イタチに視線を向けることもできない。
どんな表情で自分を見ているのかが怖くて、全く違う場所に視線が向いてしまう。言葉が詰まり、嫌な沈黙が流れれば流れるほど話せるタイミングが遠のいて行くような感じがする。
それでもと、意を決して口を開きかけたその瞬間、先に沈黙を破ったのはイタチの方だった。
「リクハ…」
向けることのできなかった視線をイタチに移すと、不自然なまでの穏やかな表情を浮かべていた。
「こっちへ来い」と手招きされ歩み寄ると、イタチの右手がリクハの左手を取り薬指で輝く指輪に触れる。そうすると少しだけ…リクハが自分のものであると実感することができた。
『イタチ…あの…』
「お前は」
『え…?』
「昔から、どんなに想って手を伸ばしても、なかなかそばに置いておくことができなくて…ここまで来るのに…長い時間をかけた気がするよ」
『……』
それでもリクハと過ごす毎日が幸せで、そこが自分の居場所だったから、苦しくはなかった。
日に日にリクハを想う気持ちは増す一方で、それでも自分よがりな感情を押しつけたいとは思わなかった。だから、どれだけ時間がかかったとしても…それでも構わないからずっとリクハを守れる選択をしてきたつもりでいた。
「やっとお前に届いたと思っていたのに…」
『………』
「…そう思っていたのは、オレだけか?」
そう言ったイタチの声が震えていて、心臓が痛いくらいに動く速度を速めて行く。椅子に座ったまま俯くイタチの表情が見えない。
「リクハ…」と小さな声で名前を呼ばれると、痛いくらいに胸が苦しくなる。握られている左手がイタチの頬に重ねられた。
「カカシさんが、好きか?」
『…え……』
ゆっくりとそう言ったイタチの問いかけに、リクハの瞳からツーッと涙が溢れ出した。そうじゃない、そうじゃないんだとイタチの言葉を心が否定する。その言葉を否定したい思いがあるのに、自分を見上げてくるイタチの瞳があまりにも悲しい色を帯びていて目が離せず言葉を失う。
酷く冷たくて、深い闇を抱えている紅い瞳。
シスイのそれとも、サスケとも違う。
背負っている何かがとても大きく、届かない。リクハはイタチの右頬にもそっと手を重ねると、ごめんね…と絞り出すようにそう言った。
『…違うよ…そうじゃないっ…』
「リクハ…」
目の前でポロポロと大粒の涙を流しているリクハに、ああ…自分が悲しんでいる場合じゃないなとイタチは困った様な表情を浮かべ、頬に重ねられた手を取り立ち上がる。
『イタチ…』と小さく呼ばれた自分の名前。その声に堪らなく愛おしさを感じた。どうしようもないくらいにリクハを想う自分がいる。もしも今、リクハがカカシを選んだとしたら…自分は一体どうなってしまうのだろう。それがリクハの幸せならと、受け入れることができるのだろうか。
「理不尽なことも、納得のいかない事も、お前の隣に居る為なら…オレはいくらでも受け入れるさ」
『……っ…』
「でも…すまないリクハ」
一瞬の沈黙。
イタチの紅い瞳がリクハを愛おしそうに見つめ、温かい手がその頬に触れる。ポロポロと溢れる涙を拭いさるイタチの表情は、苦しそうな笑顔を浮かべていた。
「お前が他の誰かを特別に想う姿だけは…どうにもオレは、受け入れられない」
そう言ったイタチがリクハの体をそっと抱き寄せ優しい手つきで髪を撫でる。
「オレの居場所は此処なんだ、リクハ」
『……』
「悪いが、他の誰かに渡す気は毛頭無い」
イタチのその言葉にリクハは腕の中でゆっくりと目を閉じる。背中に腕を回しギュッとイタチに抱きつくと、居心地の良さに想いが増していくのが分かった。
『大好き…イタチ』
「全く。……甘いな、オレも」
小さな声で聞こえてきたリクハのその言葉が、心の中に深く沈みこんでいく。少し体を離し額を小突いてやれば、申し訳なさそうな表情が返ってくる。イタチはそんなリクハに穏やかな笑顔を向けると、桜色に艶めく形のいい唇に自分のそれをそっと重ねた。
触れ合う所から愛おしが募り、たまらない。
「愛してる」と思えば思うほど、今以上にと欲が出る。昨日のカカシとのキスが脳裏をかすめ、イタチはより深く唇を重ねた。
『…んっ…』
「…リクハ…」
とびきり甘くて優しいそれに、体の力が抜けていく。唇が離れ熱を帯びた視線で愛おしそうに名前を呼ばれると、恥ずかしさからリクハの頬がほんのりと染まった。
「愛してる」と呟けば、ふわりと優しい笑顔と共に『愛してる』と返ってくる。そのやり取りに心が幸せで満たされていくような、そんな感覚がとてつもなく嬉しかった。
『イタチ…』
「ん?」
腕の中で胸元に頬を寄せたままでいるリクハに名前を呼ばれ見下ろすと、
『もう一回、キスして』
「………」
頬を染めたままトロンとした表情で甘えてくるその姿に、理性が崩れる音がした。
他の何よりもキミが好き
(もう全部受け止めてやる)
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