その日の夜、木ノ葉の里は闇に包まれた。
人々の生活の明かりが消え、商店の明かりが消え、飲み屋の赤提灯も畳まれた。外灯の明かりだけが唯一の道標かのようにぽつりぽつりと規則的な道筋を作っている。
今日は特に静かな夜である。
草むらから聞こえる虫の鳴き声さえ、どこか遠く感じた。

無音という表現が合いそうな闇夜の中に、突如人影が現れる。限りなく黒に近い紺色の外套(マント)を羽織り、深々とフードを被った人影が、火影邸の屋根上に浮かんだ。穏やかな風が、腰辺りまである外套を揺らし吹き抜ける。その人物はどこか冷めた視線で木ノ葉の里を見下ろしてから、瞬足で移動しようと軽く膝を折り屋根を蹴った。
その時だった。

「おい」

背後から警戒心を含んだ男の声が聞こえたのは。

「待て!」

逃げるように瞬足でその場から離れ、里から少し離れた森の中へと身を隠す。暗闇の森は、ほぼ視界が効かない。月明かりも生い茂った葉に遮られ、あまり届いていなかった。感覚だけが頼り。風を切りながら、背の高い木の枝から枝へと移動して行く。
このまま少し進んでさらに森の地形が複雑になったら、それを利用して姿を眩まそう。そう考え足元にチャクラを集中させた、その時だった。

「逃がさないって!」

突如左右に現れた二人のチャクラ。
フードの下で素早く眼を動かして、自分との距離を感知する。若い男の挑発的な声色が聞こえたと同時に放たれたクナイが後数センチというところまで迫ると、足をついた枝の上であえて急ブレーキをかけ立ち止まる。ひらりと軽やかにバク転をしてそのクナイを避けると、今の今まで立っていた場所に勢いよく三本のクナイが突き刺さった。
急に止まったことで、二人との距離が開く。

「木遁っ!」

今いる場所から素早く移動するため身構えたその瞬間、背後から声が聞こえ振り向いたと同時にフードを掠めながら木の角材が通り過ぎていく。小さく息を漏らしそれから距離を置いたのを皮切りに、次から次へと同様の物が襲い掛かって来て、左右上下に身を舞わせた。
特別な血継限界を持つ暗部の手練れ。
ここまで情報を嗅ぎ回って集めたかいあってか、彼のことは知り得ていた。

「良い身のこなしだね。だけど…っ」
「三対一は部が悪い!」
「そらっ!」

木遁での攻撃に、背後に迫る暗部二人の刀とクナイ。
死角をつかれ、逃げ場などなかった。
深い森の中、角材がその身を捉えて喉仏には闇夜に艶めく刀とクナイが付き当てられる。完全に身動きを封じられた。
殺されはしないと最初から分かってはいたが、厄介な展開になってしまったと正面から自らの角材の上を歩き近づいて来た人物を見て思った。

「ざ〜んねんっ。ゲームオーバー」
「両手を上げて膝をつけ」

暗部の部下二人の声が背後で響く。
無論、暗部の人間のことは例外無く周知していた。
フードを被った人物はこの後に及んでも特に焦る様子を見せることなく、落ち着いた感じで小さな溜息を吐いた。そして…。

ボフンッ!!

「「「!!!」」」

次の瞬間には、白い煙を巻き上げその場から一瞬で姿を消した。その代わりに太い丸太が宙を浮き、部下二人の足元に転がり落ちた。

「変わり身!?いつの間にっ」
「まだ近くに居るはずだ…追うぞ」
「いや、その必要は無いみたいだ」
「「??」」

ゆっくりと、警戒を強めた動作で両手を上げた暗部の男。これ以上は戦わない意思を主張する。何の気配も漂わせないまま急に背後に現れて、喉元にクナイを突きつけられた。
あまりにも、束の間の出来事であった。
異様な緊張感が周囲に漂い始め、フードの下で探るような目つきを忍ばせる。

「…暗部相手に見事だね」
「なんなんだ、コイツ…」
「テンゾウ、どうするっ」

テンゾウと呼ばれた男は視線だけを背後に向け、この場に似つかわしくないくらい穏やかな口調で口を開いた。

「一体火影邸に何の用だったのかな?」

男はとても注意深く、一瞬でも隙を見せようものなら返り討ちに合うような気がした。やり合うのは得策でも無いし、正直このままこの暗部の手練れから逃げ切れるとは思えなかった。

「フードを取って姿を見せて貰えるかな?」

落ち着いた声色。テンゾウはこの状況下で恐怖など感じてはいない。それは部下二人も同様に。
暗闇でも目が慣れて来てお互いの姿は確認できる。
外套を羽織った人物は、テンゾウの醸し出す雰囲気から伝わってくる意思を読み取りゆっくりとクナイを下げると、数歩後退り体の力を抜いた。
そして、フードに手をかけ少しだけ思考を巡らせた後、ゆっくりとした動作でそれを後ろに下げ素顔を晒す。葉の隙間から差し込む月明かりに照らされたその姿を視界におさめるなり、三人の瞳が面の下で大きく見開かれ動揺を誘う。

「君はっ…確か、カカシ先輩のっ…」
『………』

テンゾウは言葉を詰まらせて、唖然とした感じで面を外した。

「仙波リクハ、だったよね…?」
『…はい』
「カカシ先輩の、弟子の…」
『そうです…』
「……驚いたな。なんだって君がこんな場所に…」

カカシを通して彼の同期生のガイやアスマ、紅といった上忍たちとの面識はあったが、テンゾウと言葉を交えるのは初めてことだった。それもそのはず、彼はかつてダンゾウの率いる「根」に所属していて表舞台に出てくることなど皆無だったのだから。

「こいつ、イタチの幼馴染の女だぜ…」
『………』

若い男の部下が、怪訝そうな声色でそう言った。
面を付けていてもその表情を読み取るのは容易く、若くして才のあるイタチを忌み嫌っているのが口調から分かった。そして、その幼馴染であるリクハにも嫌悪感を抱く様子も。暗部のくせに感情の起伏がハッキリとしていて読みやすいのは如何なものかと思いながら、リクハはテンゾウに視線を向けた。

「本来であれば、君の行動を聴取しなきゃいけないところだけど…」
『……』
「仙波リクハは里の保護対象。暗部であっても火影様の許可無しに勝手は許されない」
「おいっ、テンゾウ!」
「火影邸へ忍び込んだのかもしれないんだぞ」
『憶測だけで勝手なことを言わないで下さい』

二人を睨みつけるリクハ。

「クソアマ……」
「イタチに似て生意気なガキだな」
「二人とも、子供相手に言葉が過ぎるよ」

テンゾウが眉間にシワを寄せ、表情を歪め少しばかり顔を背後にいる二人へと向ける。

「保護対象でも何でもいいが、然るべき対処をすべきだ」
「だね。特別扱いする必要がないだろ。こいつは仙波の人間だ、うちはとどう通じて、何を企んでるか分かったもんじゃない」
「二人ともっ」
『……』

完全に軽蔑するような物言い。浅はか極まりないと思った。うちはと自分の一族への差別的発言は今の今まで無かったわけではないが、仮にも火影直轄の先鋭部隊に属している人間が、一族や名に感化され、目先の事実にしか目を向けられていない、その程度なのかと不快感を抱かずにはいられなかった。
立場上言葉にできない気持ちを抑えながらじっと二人を見据えていると、突然頭上の葉が揺らめき音を立てる。

「誰だっ」
「オレだ、テンゾウ」
『…!』
「「「!!!」」」

聞き慣れた、覇気の無い声。
ガサっと木々の間から姿を現し、リクハの隣へ降り立ったのは…、

「カ、カカシ先輩っ…!」
「「隊長っ…」」

はたけカカシ、その人だった。

「いや、悪いねお前ら」

パンツのポケットに両手を入れたまま、リクハの少し前へ歩み出るカカシ。テンゾウたちは一瞬驚いた表情を浮かべたがそこは暗部の人間、すぐに状況を把握しようと冷静さを保ちカカシと視線を合わせた。リクハは表情を歪めたまま、カカシの背中を見つめる。

「カカシ先輩、どうしてここに?今夜の当番はオレたちですよ」
「ああ分かってる。オレは弟子を探してたんだ」
『…!?』
「え、その子を、ですか??」

振り向くことなくポケットから出したら左手の親指で背後にいるリクハを指差すカカシ。一体なぜ自分を探していたのかが分からずさらに表情を歪めると、次の言葉でリクハを庇っているのだということを理解することができた。

「修行をしてた。オレの追跡から身一つで逃げ切れるかどうかのな」
「修行っ?」
「こんな時間に?怪しすぎるっしょ…」
「全くです隊長。その女は火影邸の屋根上に居た」
「…はぁ。またか。気をつけろと言っただろ」

首を少しだけ曲げて、背後にいるリクハと一瞬だけ視線を合わせる。修行といゆうのは真っ赤な嘘だ。そんな予定は無い。カカシはそれでも三人からは見えないように左目で「話を合わせろ」という合図を送ると、リクハは瞳を伏せて『すみません』と謝罪の言葉を口にした。

『…逃げるのに必死で、注意散漫になってました』
「次は気をつけろ」
『はい』

淡々とした口調でリクハに注意を促した後、再びテンゾウたちと視線を合わせる。当然ながら納得したような表情は浮かべておらず、カカシは言葉を続けた。

「お前たちも、リクハがオレの弟子だと周知してるだろ」
「ええ、まあ」
「こいつには、いろんな状況を想定して修行に取り組ませてる。視界の効きにくい暗闇も、そのうちの一つというわけだ」
「…だから見逃せと?」

若い暗部の不服な声色が、静かにカカシを責める。

「別に報告したきゃすればいい。三代目には逐一オレたちの修行内容を伝えてあるから問題はない」
「……ちっ」
「分かりました先輩。でも次からは…気をつけるようにと念押ししといて下さいよ。お弟子さんに」

首を傾けてわざとリクハの姿を視界に収めながらそう言ったテンゾウが、一瞬穏やかに微笑んだ。その笑みの理由は分からなかったが、外していた面を付けこの場から去ろうとする。

『ご迷惑を、おかけしてすみませんでした』
「幸運だったな、"仙波のお嬢さん"」
「…せいぜい気をつけな」
『…ご忠告どうも』

皮肉めいた言葉を口にする暗部の部下二人。
苛々と募る感情を抑え、絞り出した言葉がそれだった。

「おい、構うな。持ち場に戻れ」
「へいへい」
「では、カカシ先輩。また明日」
「ああ」

カカシに一礼して瞬足でこの場から姿を消したテンゾウたち。リクハの緊張の糸が少しだけ緩んで聞こえないくらいの溜息を吐くと、カカシがゆっくりとした動作で振り向きジト目で自分を睨んできた。

『カカシさん、あの…』
「言い訳ならオレにするな」
『えっ…』
「出て来ていいぞ」
『…??』

先程カカシが姿を現した時と同じように、見知った姿が目の前に降り立つ。呆れたような、でもどこか怒っているような表情を浮かべているその人物に対し、リクハはバツが悪そうに眉をひそめ肩を竦めた。

「ったく!投獄もんだぞお前っ」
『シ、シスイッ……』

深夜。外套を羽織り、素顔を隠すためフードを目深に被り、火影邸に姿を現したリクハ。暗部の気配に気づくなり逃げる様な速さでその場を立ち去るのを目撃していたのは、カカシではなくシスイだった。
うちはの自分が出張り誤魔化しの理由を述べるより、彼らの上司でありリクハの師にあたるカカシの言葉で訴えた方が説得力があると考え、瞬身で跳び協力を依頼したのだ。

「最近様子がおかしいとは思っていたが…」
『……』
「馬鹿な真似をしやがって!」
『ご、ごめんシスイ…』
「一人修行も大概にしろよっ、全く」

シスイがこんな風に感情を荒ぶるなんて稀なことだ。なんて呑気に二人のやり取りを眺めていたカカシは、シスイがあまりにもリクハに対し口を酸っぱくしているようだったから後ろ髪を掻きやれやれといった感じで口を開いた。

「まあ、シスイ。そのくらいにしといてやれ」
「カカシさん…」
「軽率だが、暗部相手に見事な動きだった」
「甘やかさないでください…」
「まあまあ」
『…そこから見てたんですか?』
「もう少し前からだけどね。でもま、本当に次は無いよ」
『はい…』
「本当に分かってんのか?お前」
『分かってる。気をつけるよっ』

カカシの手前これ以上口煩くするのは止めようと腕を組み、溜息を吐いたシスイ。苦い表情を浮かべているリクハに視線を向けながら、夕刻イタチに聞いた話を思い出していた。

「おてんばも、昔から変わらないねお前は」

カカシの手が、リクハの頭を撫でた。


That girl's eyes is looking at dark
(今宵は実に闇が深い)


*前 次#


○Top