「ここ数週間で、お前にとってはいろいろあったからな」
親友であり兄同然のシスイの言葉が頭の中でループして、深い溜息しか出なかった。
自分でもそう思う、全く持ってその通りだと。

「リクハ姉さんっ、今の見てた!?」
『………』
「姉さん?」

最後のクナイを投げ終わり、期待を込めて振り返ったサスケ。大きな岩の上に腰を下ろし、視線は自分に向けられているが何処か「心ここに在らず」といった感じのリクハに首を傾げ、近づく。

「姉さんっ」
『……』
「姉さんっ!」
『………』
「むぅ…姉さんってば!!」
『!!!』

サスケの修行に付き合っていたらすっかり意識を他へ移し過ぎていたらしい。呼んでも返事のないリクハに痺れを切らした幼いサスケが、隣で姉の肩を揺らし現実へと引き戻す。

『ごめんサスケッ』

不服そうな表情を浮かべるサスケに、苦笑いを浮かべ両手を胸の前で合わせた。

「考えごと?」
『うん…ちょっとね。あ、でもっ…ちゃんと見てたよ』

直線上、数メートル先の木の幹に掲げられている的にはクナイが2本ずつ刺さっている。中心に刺さっているのがリクハが投げた物。その隣、ギリギリの間隔で並ぶように刺さっているのはサスケが後から投げた物だ。クナイを指定された的確な位置にどれだけ命中させられるかという、正確性を養う修行をしていたサスケは「見ていた」という言葉に頬を染めてやんちゃな笑顔を浮かべた。

「三番と、五番の的だけ外したんだ」
『あそこは 分かりづらいけど死角になっている場所だから』
「…兄さんならかんぺきに命中させられてた」
『…サスケ、イタチと比べない約束でしょ?』
「…でも」
『イタチにはイタチの、サスケにはサスケにしかない良さがあるの。比べる必要なんてない』

言いながら隣にちょこんと座ったサスケの頭を撫でるリクハ。アカデミーに入学したばかりのサスケのレベルは、同期の子供たちと比べても確実に秀でているとリクハは思っていた。普通であればそれだけで十分に優秀な忍だと評価されるところだが、うちは一の天才と呼ばれるイタチが兄である以上、話は違って来てしまうのだ。
二人の父親は特にその差をあからさまに評価している。リクハもイタチもそんなフガクのやり方に疑問を感じていた。サスケはまだ幼いため、力のある兄を贔屓目にしてしまうのは仕方がない部分もあるが。

「リクハ姉さんは、兄さんと自分をくらべたことないの?」
『え、私っ?』
「うん。幼なじみだし、同じくらいつよいってオレでも分かる」
『う〜ん…そうだなぁ』

サスケの問いかけに腕を組み、首を傾げる。
言われた通り、比べたことがないと言ったら嘘になるし、どちらがシスイから出された課題を先にクリアするかや、新しい忍術を覚えるかなど、思い返せば幼い頃から競い合っていたこともあるが…サスケの言うような誰かに認めてもらいたいが為に競い合う、ということはなかった。どちらかというと、自分たちの掲げた目標に向けて切磋琢磨する日々を送って来た気がする。

『イタチと私は得意な忍術も違うし、比べても敵う相手じゃないって分かってるから、そうゆうことはあまりないかな。先を越されて悔しいって感じることはあるけどね』

穏やかな表情でそう言ったリクハに、「そっか」と短く返事を返し視線をクナイの刺さった的へ移動させたサスケ。こうして割り切ることができるほど自分にしかない力を持っているリクハを、少しばかり羨ましいと感じた。

「そういえば、明日から任務に行くんでしょ?」
『うん。イタチから聞いた?』
「兄さん、しばらく里をはなれるって言ってた」
『そうね。少し里から離れた場所へ行くから』
「兄さんとの任務って、どんなかんじか教えてよ」
『フフッ。気になるの?』
「さ、さんこうにするんだっ。オレだっていつか…兄さんや姉さんと任務にでるんだから」

小さな両手を膝の上で握りしめ、背筋を伸ばしながらそう言ったサスケに頼もしさと可愛さを感じる。

『サスケだって、この前猪退治について行ったんでしょ?』
「そうだけど、そうゆう任務じゃなくて、もっとこう…」
『私もイタチと任務に出たのは下忍の時、数えられるくらいしかないの。戦時中じゃなかったし、難しい任務はほとんどなかった』
「忍猫つかまえたりとか?」
『フフッ、それに似たような任務ね』
「なんだよ、つまんないなあ」

唇を尖らせて、納得のいかない表情を浮かべるサスケ。

『帰ってきたら、沢山話をしてあげる』
「ホントッ?」
『うん。サスケは頑張ってるから、特別ね』
「へへへっ」

陽気に片目を閉じてそう言ったリクハに、サスケも歯を見せてニッと嬉しそうな笑顔を浮かべた。



任務を終えて、真っ直ぐ敷地内の出入り口に向かうイタチ。昼間監視塔から見えた弟と幼馴染が修行に行ったことは知っていたから、必ずここを通ると見越してのことだ。夕食の時刻が近づき、立ち並ぶ屋台や店には人が集い賑わいを見せている。行き交う人々はみな大体笑顔を浮かべていて、他愛も無い話に花を咲かせている。平和だと感じた。
と同時に、自分がこの場所には不釣り合いな気がして歩く速度を速めようとしたした瞬間、背後から聞き覚えのある声がイタチの名を呼んだ。

「イタチくんっ」
「…?」
「今任務終わり?」

人混みを避けながら駆け寄って来たのは、イズミだった。サスケをリクハのお見舞いに連れて行った時以来となる。あの時のことをまだちゃんと謝罪していなかったなと思いながら、イズミの質問に「ああ」と短く返事を返した。

「今ちょうど夕食の買い物してて、そしたらイタチくんが見えたから」
「そうか。それよりイズミ…」
「あ、あのねイタチ君っ…」
「「…………」」

同時に言いたいことが重なり合い会話が途切れる。イタチは表情一つ変えないが、イズミは慌てたように「ごめんっ」と謝罪すると人差し指で頬をかいた。

「何だ?」
「え、あ、イタチ君から先にどうぞ」
「…この間の、弟の無礼を謝りたかった」
「……」
「すまなかった」
「!!ちょ、ちょちょっ…頭なんか下げないでよっ」

礼儀正しく頭を下げたイタチに対し、イズミは周りをキョロキョロと見回しながら慌てて顔を上げさせる。くすくすと笑い声が聞こえた気がした。

「わ、私もそのことを謝りたくてっ」
「何故お前が謝る必要があるんだ」
「弟くんに、悪いことしちゃったかなって…」
「何も悪くない」
「そ、そうかな?なんか、私嫌われたみたいだったし…」

あの時のことを思い出し苦い表情を浮かべたイズミ。幼い子供には懐かれる方なのだが、サスケにだけは何故かあんな風にあからさまな態度を取られて正直ショックだった。それが想い人の弟であれば尚更だろう。

「知らない相手に慣れていないだけだ」
「…そ、そうなの?」
「ああ」
「…リクハちゃんにも?」
「何でリクハが出て来るんだ」
「え、あ、と、歳も近いし…どうなのかなあって」

最近イズミは、事あるごとにリクハの名を出しては何かの確認をするのだ。まるでイズミ自身と幼馴染を比べているようにイタチは感じていた。数日前のことになるが、リクハを誘い茶屋に行っていたとシスイから聞いた。何も無いといいとは思っていたが、その後からリクハの自分に対する態度が変わったような気がしてモヤモヤとした感情を感じているのだ。
必要時以外は極力自分に寄り付かず、話しかけてもさり気無く距離を置かれてしまう。ただでさえハクセンから聞かされた話のことや、暗部を嗅ぎ回っているリクハを心配しているのにそれに拍車がかかったままここ数日を過ごしている。

「リクハは幼馴染だ、だから弟とも仲は良い」
「そ、そうなんだ…」

わかりやすく肩を落とすイズミ。

「リクハちゃんがいつもイタチ君の隣に居れるのって…」
「?」
「幼馴染だから…?」

俯き、人混みの賑わいにかき消されてしまいそうなほど小さく呟かれたイズミの言葉。よく聞き取れなくて首を傾げたイタチが声をかけようとした、その時…。

「…っ!?」
「リクハちゃんばっかりずるいよっ」

そう言って大きな瞳に薄らと涙を溜めてイタチを見上げて来たイズミに対し、あまりにも突然のことで固まるイタチ。幸いなことに周りの人々の賑わいのおかげで注目の的にはならずに済んでいるが、イズミがいつ本格的に泣き出すかも分からず正直内心戸惑った。
自分の知らないところで何かが勝手に進み、巻き込まれているような、自分が直接何かをしたわけではないが泣きそうになっている女の子の感情の矛先が自分というだけで悪者になったような気分に陥る。
表情を変えないイタチの瞳に見つめられたまま、イズミは届かない思いと、湧き上がる羞恥心からその場から走り去ろうとしたその時だった…。
事態が最悪な展開に一変したのは。

「兄さん…」
「!?」
「…っ!リクハちゃんっ……」
『……』

イタチの背後から聞こえた弟の声に勢いよく振り返ると、そこには気まずそうな表情を浮かべた幼馴染と、不服そうに口元をへの字に曲げたサスケの姿が映り込んだ。


Bad things happen.
(思いの交差が始まる)


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