「兄さん…」
「リクハ…ちゃんっ」
『………』

サスケの声に振り返り、リクハの姿を視界に収めた瞬間、行き交う人々の流れがまるで停止してしまったかのように思えた。何故そんな悲しそうな顔をしているのかと、すぐにでも駆け寄り問いた出したい衝動を抑える。イズミも表情を歪め心底驚いた表情を浮かべている。先程の会話を聞かれてしまったんじゃないかと、内心焦っているのだろう。
口をへの字に曲げ、兄とイズミ両者に怒りのこもった視線を送るサスケ。ほんの数秒前までの楽しい時間を台無しにされた気分だった。修行を終え、リクハと手を繋ぎいろいろなことを話しながら帰り道を楽しんでいたのに、リクハの名前が聞こえ立ち止まれば、そこにはイズミと兄の姿があった。

「またその人…?」
「…!」

サスケの嫌悪感を含んだ声が、イズミの肩を揺らした。リクハも控えめな視線を二人に送り、すぐに逸らす。正直気まずかった。何を話しかけて良いかも分からず、今しがた聞こえて来たイズミの言葉に何とも言えない複雑な思いが込み上げて来る。サスケの手を引き数歩後ずさった。この場からすぐにでも立ち去ってしまいたいからだ。

『…サスケ行こ?二人の邪魔になる』

その言葉を聞き、イタチの表情が歪む。

「リクハ、何を言って…」
「え、なんだよそれっ」
『早く帰らないとミコトさんに怒られちゃうから』
「姉さんといっしょならおこられないよ!それよりっ」
『私も明日の任務の準備があるし、帰らなきゃ』
「あ!まってよ!」

これ以上いるとサスケが何を言い出すか分からなかったし、イズミの思いを知るリクハは自分の存在が邪魔であると理解していた。急ぐようにサスケの手を離し、イタチとは視線を合わすことなく二人に背を向け別の方向へと歩き出すリクハ。去り際に、イズミに対し『ごめんね』と謝罪の言葉を残して行った。

「リクハ…!」
「兄さん!」

リクハを追いかけようと一歩踏み出したイタチの前に、サスケが立ち塞がりキッと自分を睨みつけて来る。

「姉さんとはオレがいっしょに帰るからいいよ!」
「……!」
「兄さんはその人といればいいだろ?」

大好きで心から尊敬している兄に対してフンッ!と顔を背け、リクハの後を追うため人混みの中へと姿を消した弟を見つめながら、イタチは幼馴染の悲しそうな表情を思い出し眉間にシワを寄せた。

「あの…イタチくん…私…ごめんなさいっ」
「…イズミ…」
「…??」

イズミに視線を向けず、二人が立ち去った方を見つめながら口を開いたイタチ。

「他者と己を比較するのはよせ…特にあいつとはな」
「っ……」

感情のない声色で淡々とそう言ったイタチの言葉に、イズミは唇を噛みしめ胸の奥から込み上げて来る何かを必死で抑えつけた。到底及ばないと頭の中では分かっていても、芽生えてしまった淡い気持ちを消し去ることなどできないのだ。視界が歪みだし、溢れそうになる涙が落ちないようにと下げていた顔を上げると、イタチが自分の目の前を通り過ぎて行く最中で、引き止めたいと心が願っているのに対し、実際の行動は彼の立ち去る姿をただ受け入れだけだった。



「姉さん」
『…ん?』
「…だいじょうぶ?」

小さな手でギュッと自分の手を握りしめ身を案じてくれる幼いサスケの優しさに触れ、感情的になりあの場から逃げるように立ち去ってしまった行動に情けなさを感じた。
不安気にリクハを見上げて首を傾げたサスケに対し、苦笑いを浮かべて歩みを止める。小さく深呼吸を吐きながらサスケの視線の高さになるようしゃがみ込み、漆黒の丸い瞳を優しく見つめた。

『さっきはごめんね、サスケ』
「ううん…。あのさ、リクハ姉さん」
『ん?』

繋いでいた手をやんわりと離すと、サスケは言いづらそうに口を曲げてリクハから一瞬視線を逸らした。手を後ろで組みながら一息置くと、目の前で自分の言葉を待っているリクハを上目遣いで見つめ意を決して口を開いた。

「兄さんと…けんかでもしたの?」
『えっ…?』

予想外の問いかけに、目を大きくしてサスケを見つめる。

『私がイタチと?…どうして?』
「だって、さっきみたいなのは変だよ。いつもの二人じゃない」
『………』
「オレが姉さんのことを聞く時は、兄さんはいつもうれしそうに話をしてくれるのに、最近は話を聞いてもこまった顔するばっかりで、なんかあったのかなって気になってたんだ…」

幼いからこそ純粋にそう思っただけなのか、はたまたサスケの持つ観察力の賜物なのか、どちらにしても自分たちの様子の違いに気づくとは大したものだと感心せずにはいられなかった。それと同時に、そうんな風に不安にさせてしまっていたことを申し訳なく思うリクハ。

『喧嘩はしてないけど…』

その疑問にどう答えるべきか迷い一度視線を伏せると、サスケが再び口を開く。確信を得ることに躊躇しているような声色での問いかけに、リクハは伏せていた視線を上げすぐさま首を横に振り、否定の意を示した。

「……兄さんを、きらいになったの?」
『サスケ…そうじゃないよ』
「じゃあ何があったの?オレにはいえないこと?」
『それは…』
「兄さんとくらべたら、オレはたよりないかもしれないけどさ…。姉さんの話を聞くことくらいはできるよ…」

大きな瞳にリクハを映し、訴えかけるような眼差しを向けるサスケ。いつもリクハに頼られているイタチをどこか羨ましいと感じていた。その思いは複雑なものではなくて、幼い子供がヒーローに抱く憧れのようなものに近い。自分もあんな風になれたらな…と羨ましく思っているのだ。
イタチには話せない事情をもし自分が知り得えたとしたら、少しだけ兄と対等になれるような感覚がした。

『…ありがとう、サスケ』
「兄さんには言わないよ」
『絶対秘密にできる?』
「うん!ヒミツはぜったいまもる!忍のてっそくだよ」
『フフッ、じゃあこれは極秘のお話だよ?』
「ごくひだね!?わかった!」

何故か極秘というワードに身を引き締め真剣な表情を浮かべたサスケ。背筋をピンッと伸ばし、同じ目線の高さに合わせてくれているリクハの瞳をじっと見つめながら言葉を待つ。
そんな純粋で可愛らしい反応に触れると、先程まで抱いていた複雑な感情が和らいでいくのが分かった。と、同時に、サスケには嘘偽りなく本心を伝えたいという思いが湧き上がる。リクハは自分を見つめているサスケの柔らかな頬に右手を添えると、実に穏やかな表情を浮かべて口を開いた。

『あのねサスケ』
「うん」
『私ね…』
「…?」

ここ数週間で、気づいた想い。
分かっていたのに、見て見ぬふりをしていた。
自分の感情と、真正面から向き合える自信がなかったから。
けれど…一度認識してしまった想いを消すことは…。

『私ね……』

できなかった。

『イタチが…好きなの』


She opened her heart
(君に初めて打ち明ける想い)


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