「兄さん…ちょっと、話が…」

家に帰ってきた兄は浮かない表情をしていて、本当に分かりづらいが苛立っているように感じた。帰宅が遅かったのは恐らくシスイと会っていたからだろうと察しはついた。
疲れているだろうに帰宅後すぐにフガクに呼ばれ小一時間程の話し合いの後、イタチは珍しく縁側に座り月を眺めていた。そんな兄の元へ恐る恐るといった感じに歩み寄り様子を伺う幼い弟。
サスケの脳内では今、数時間前にリクハが打ち明けてくれた兄への想いがループしていた。

「座れ」
「う、うん…」

イタチは上げていた顔を下げ、月から視線を外しながら自分の隣を軽く手で叩きサスケを誘う。少しばかり緊張した面持ちで近づき、持っていた数枚の縦四つ折りにされた紙をイタチに差し出してから腰を下ろした。

「これ、姉さんから。わたしてってたのまれた」
「リクハから?」
「うん。明日からの任務のしょうさいだって」
「……そうか」

今回は急遽任務が決まったものだから、二人で話を詰めることが出来ていなかったことを思い出す。サスケから手渡された資料を受け取り、内心溜息を吐いた。あえて直接渡して来ないリクハの行動が面白くなかったからだ。

「あのさ、兄さん…。あの時は、ごめ…」
「別に謝らなくていい。悪いのはオレだ」
「そんな風には…」
「リクハとの修行はどうだったんだ?」

夕刻時のことを特に詳しく話すでもなく、話題を変えたイタチにちらりと視線を向ける。長い前髪のせいで表情を伺うことはできなかったが、声が若干沈んでいるような気がした。

「的当てをしたんだ」
「……」
「兄さんみたいにかんぺきにはいかなかった」
「リクハは何て言ってた」

兄の問いに表膝の上で拳を握りしめるサスケ。
背筋を伸ばしてから深く息を吸って、吐き出した。

「兄さんとくらべるなって…」
「正論だな」
「くらべるのはわるいこと?」
「良し悪しの話じゃない。どう比較するかが重要なんだ」
「どうゆう意味?」
「他者を憎しみや妬みの感情で比較するのか、己の成長の為に越えるべき壁として比較するのかでは大きな違いが生まれる」
「…??」

イタチの言葉がイマイチ理解できない様で表情を歪めているサスケ。懸命に答えを探ろうとしているそんな姿に小さく微笑むと、少しばかり気持ちが和らいでいくのが自分でも分かった。

「兄さんは、姉さんと自分をくらべたことある?」
「リクハと?」
「うん。姉さんはないって言ってたけど…」

昼間の修行を思い出しながら、イタチにも同様の質問を投げかける。

「そうだな、オレも比較した事はない。ただ…」
「ただ?」
「…リクハより強く在るべきだとは、常に思ってる」
「…なんで?兄さんは姉さんより強いでしょ?」
「真剣にやり合った事がないから分からない」
「ぜったい強いよ。じゃなきゃ姉さんをまもれないだろ?」

眉を吊り上げ真剣な眼差しでイタチを見上げるサスケ。何故強く在りたいと思い続けてきたか…イタチにしか分からないその思いをいとも簡単に代弁してしまった弟を前に少しばかり目を見開き驚いて見せた。まさかそう来るとは予想していなくて、イタチは困った様に、けれどどこか嬉しそうに目を閉じ微笑んだ。

「その通りだな」
「そうさっ。だ、だから…」
「ん?」

『私ね、イタチのことが好きなの』

「…二人はこれからも…いっしょにいないと」
「?」

リクハの想いを告げ口するようなことは絶対にしないと心に誓いつつ、イタチの想いも知っているサスケは兄を後押ししたい一心で、二人は離れちゃダメなんだとさり気無く忠告をする。先程の真剣な眼差しとは打って変わって、サスケのチラチラと様子を伺うような視線にイタチは何かあったなと確信した。

「帰り道、リクハに何か言われたのか?」
「!!??」

イタチの問いかけに対して肩をビクつかせたサスケ。

「べつに何もないよ!きょうの修行の話をしてかえったんだ」
「…他には?」
「ほ、ほかって?」
「何か別の話だ」
「な、ないよ。してない!」

イタチの全てを見透かしてしまいそうな漆黒の瞳に見つめられ、唾を飲み込むサスケ。明らかに何かを隠している様だが、これ以上幼い弟に詰め寄る気にもなれず「そうか」と納得はできないが短く返事を返した。
イタチのその言葉にサスケの上がった肩が安堵と共に下がり、溜息が聞こえた。

「そろそろ休め。オレも明日の任務の準備をする」
「アカデミーがあるから…みおくりはできないけど」
「大丈夫だ。危険な任務じゃない」
「うん。リクハ姉さんにもがんばってってつたえてよ」
「ああ」

ゆっくりと立ち上がったサスケは「おやすみ」と穏やかな笑みを浮かべ、イタチに背を向け歩き出した。



数時間前。

「また…いつも以上に浮かない顔をしてるな」
「……」
「何があった?」
「………」
「…何だよ」

イズミと別れた後、イタチは南賀ノ川にやって来ていた。昨日の日暮れ、シスイが今日ここに来ると言っていたからだ。思い切り眉間にシワを寄せ表情を歪めている親友を前に、シスイは両手を軽く上げて説明を仰いだ。
そして、つい先程起こった出来事の一連の流れを話し終える頃には、シスイの穏やかだった表情が苦虫を噛み潰したようなそれに変わっていた。

「とんだ事故だな…」
「………」
「リクハの性格上、イズミやお前にとって自分が邪魔な存在だと思い込んでるだろうな…」
「………」
「あいつは、お前たちが両想いだと思ってる」
「!?…リクハがそう言ったのか?」
「ああ」

シスイの衝撃的な告白にイタチが目を見開き、そしてすぐに表情を歪めた。何をどう捉えたらそう思い込むことが出来るのだろう。自分は常日頃からリクハを想い、あの幼いサスケでさえ気づくような言動をしているというのに。いくら恋沙汰に超がつくほどの鈍感な幼馴染といえど、そろそろ気付いてくれてもいいんじゃないかと正直思う。
そんな様々な感情を抱きながらも口には出さず、溜息を一つ吐いただけのイタチを前にシスイは腕を組み目を閉じた。

「なあ、イタチ」
「なんだ…」
「もうお前、リクハに気持ちを伝えろ」
「……」

考えた末の究極のアドバイスだ、と言いたげなシスイの眼差しを受け止めながら、イタチはその案に賛同しかねているようだった。

「あいつは今何か別の問題を抱えて悩んでるんだぞ…」
「まあな。昨夜の火影邸潜入には肝を冷やされたばかりだが」
「余計に混乱させるだけだ」
「いや、むしろ抱えてる問題を減らしてやった方がいい」
「…?」

シスイの言葉に首を傾げるイタチ。

「リクハはお前との関係にも悩んでる」
「………」
「どう接していいのか分からないんだろ」
「…そう見て取れるよ」
「カカシさんのこともな…」
「ああ…」

寡黙な親友が、あからさまな溜息を吐く。脳裏に浮かぶのは、数日前に見た幼馴染とカカシのやり取り。思い出すだけでも胸の奥から不快な感情が込み上げてくるが、それを無理矢理押し殺してシスイへと視線を向けた。

「せっかくツーマンセルで任務に出るんだ。邪魔は入らない」
「……」

イタチに一歩踏み出して欲しい一心で遠回しではあるが提案してみるものの、やはり反応が悪い。シスイの言葉に押し黙り、イタチはやんわりと首を横に振った。

「お前が何考えてるか、今なら手に取るように分かるぞ」
「優先順位はオレの気持ちを伝えることじゃない」
「うかうかしてると他の誰かに奪われるぞ。いいのか?」
「そうは言ってない」
「だったら…」
「オレが今すべきことはリクハを守ることだ」

シスイの言葉を遮り漆黒の瞳を向けるイタチ。これ以上は何を言っても無駄だと感じ、小さな溜息を吐いた。

「お前はこんなに頑固だったか?」
「…状況による」
「…まあ、無理強いは出来ないしな。何かあったら暗号文で連絡しろ」
「ああ」
「リクハを頼んだぞ」
「分かっている」

イタチの肩に手を置きはっきりとした口調でそう言ったシスイの言葉に一度だけ頷き、明日の準備があるからとこの場を後にしていく親友の姿を見つめながら、シスイが呟いた一言は南賀ノ川に落ちる滝の轟音にのまれイタチに届くことはなかった。

「想い合っているのに、どうして上手く行かないんだろうな」


He knows their feelings.
(彼は二人の架け橋だから)


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