母の形見である白孔雀『ハクセン』と口寄せ契約を果たしてから、あらゆる物が鮮明に、色濃く、体の中に入って来る感覚がした。
『ダメだ、全然見つからないっ』
「主、リスクが高スぎる行為ダ」
『暗部の情報がそう簡単に手に入るわけないか…』
「私ノ言葉に耳ヲ貸せ」
深夜。深い闇を探り抜け帰宅したリクハは、着ていた上着を雑に脱ぎ捨て少々苛立ちながらソファに腰を下ろした。納得のいかない表情を浮かべる。チャクラコントロールにより体のサイズを自由に変化させることのできるハクセンは、普通の孔雀ほどの体型を保ちながら反対側のソファの背もたれに足をついた。
『何もしないんなんて無理だよっ』
「気持ちハ理解すルが、単独デ暗部潜入など無謀ダ」
『単独じゃない。貴女がいる』
「…主…」
『口外できないし、こんなこと誰かに頼れないっ』
身を前へと乗り出し、ハクセンに強く訴えかけるような口調でそう言ったリクハに深い溜息を吐く。一度決めたことを曲げない頑固さは両親そっくりだと内心呟きながら。
「前二も話シただろウ。ダンゾウは危険ダと」
『…分かってる』
「いいヤ、理解デきてイない。上層部ヲ敵に回すナ」
『上層部を敵に回すなんて大それたことは…っ』
「やっテいる事ハ、規律違反ダ」
『………っ』
「私ハ主を守ルためノ存在。死なれてハ困る」
ハクセンの静かだが、強い口調に苦虫を噛み潰したような表情のまま押し黙るリクハ。言っていることは理解している様だ。一人独断で暗部に探りをいれるなど禁忌行為で、規律違反だと。どう処罰されても文句は言えない。おまけに暗部には幼馴染であるイタチと師であるカカシがいる。ハクセンがそこも危惧しているということも。二人と関係の深いリクハが裏で暗躍するということは、万が一の時何かしらの矛先が二人にも向けられるリスクがある。
理解している。
理解しているが…このまま何も聞かなかった、無かったことにはできないとリクハの中で葛藤が始まった。
『何か掴まないと…私の両親が関係してる…』
「二人ハお前が危険に晒されルことヲ、望んでハいない」
『ハクセン…申し訳ないけど、私の気持ちは変わらないわ』
「主……」
眉間にシワを寄せ、自分の言葉を受け入れるつもりはないとリクハの目が強く訴えかけてくる。ハクセンは首を垂れて黄色の眼光を閉じると、これ以上の説得は不可能だと感じた。
「…分カった…。だガ、失敗ワ許されナいぞ」
『ありがとう。肝に命じる』
*
三代目からの正式な指示が下りて来るまで、リクハは里内で待機。任務に就くことも許されず、ある意味缶詰状態となった。イタチの話していた護衛がすぐにつくわけでもなく、退屈な一日の過ごし方といえば修行か、病院での仕事につくか、うちはの演習場の手伝いをするか、どれかだった。時折周囲から暗部の監視の気配を感じることはあるが、四六時中ではなかったので気にしないことにした。
そして、夜には暗部を探る。
そんな日常が三日ほど続いた頃、リクハの周りで少しずつ異変が起き始めたのだ。
『("根"の構成員名簿には父さんの名前は無かった…。なぜ?…まるではなから所属していなかったように跡形もなく情報が抹消されてる…)』』
「リクハ」
『(これは間違いなくダンゾウの判断…でも何で…)」
「おいっ」
『!!』
意識を思考の中に沈めていたら、突然肩を掴まれ強制的に現実へと戻される。はっとしながら我に返ったリクハは目の前で口をへの字に曲げ、不服そうな表情を浮かべるオビトが居ることに驚いていた。
「どんだけ無視かましてんだ」
『オ、オビトさん。気付かなかった…』
「お前それ、忍としてどうなんだよ」
やはり何かあるなと、オビトの疑問が確信に変わる。演習場の隅っこでただ一点を見つめうわの空状態だったリクハ。ここ最近ずっとそうなのだ。いつもなら真っ先にやって来て、ケガはないかと口うるさかったり、年上の自分に対して失礼な態度を取ってきたり、リンとの仲を取り持ってくれたり、リクハの方から積極的に絡んで来るくせにどうしたというのだろう。
オビトはリクハの隣に腰を下ろし、ふぅと短くため息をついた。
「随分とうわの空だったぞ。まだ体調悪いのか?」
『私そんなにぼーっとしてました?体調は良いですけど…』
「ああ。ここ最近ずっとな」
『………』
「なんか悩んでんのか?」
少し真剣な表情でリクハに問う。
『いや別に…』
「このオビト様が話を聞いてやらんでもないぞ」
『えー、なんですかその上から目線』
「オレ上忍だぞ!」
若干身を乗り出し、眉を吊り上げながらそう言ったオビトにリクハが笑みをこぼした。吹き出すようにけらけらと笑う。特別な感情を抱いているわけでないが、やはり笑顔が似合うと思った。
「恋煩いか?」
『……』
「イタチのことで悩んでんのか?」
『…は?』
「いやだから、ついに恋煩いかって聞いてんだ」
いたって冷静な表情で問いかけてくるオビトに対し、リクハは何を言ってるんだとジト目を向ける。どうしてイタチの名を限定して出してきたかも分からず、とりあえず首を横に振り否定をした。
『違いますよ。それ、ありえないです』
「こないだの騒動のせいで忘れかけてたが…」
『何をですか?』
「イタチに好きな奴が居るって話だよ。お前びーびー騒いでたじゃねぇか。気になる〜、気になる〜ってよ」
『騒いでませんよっ…!いや、騒いでたか…』
「イタチに好きな子ができた〜、ず〜んってなってただろ」
『なってません!』
自分の真似をしながら数週間前のやり取りを再現するオビト。全く似てない変な顔、と内心呟きながらそんなこともあったなと思い出す。ここ数日の出来事のせいですっかり忘れかけていた。
イタチの想い人の存在を。
「嘘つけ、お前相当気にしてたぞ」
『…なんか、今思い出したくなかったです』
口を尖らせたリクハが、不機嫌丸出しで呟く。ただでさえ両親のことで頭がいっぱいなのに、気になることが一つ増えてしまったと。さらにこの間イタチと過ごした夜のことを思い出し、その時の感情が鮮明に蘇る。気にしてしまえばしまうほど、イタチの気持ちを深く読み取ろうとしてしまうのだ。目を向けて来なかった部分に触れようとすると、自分とイタチが抱く気持ちの何かに気づいてしまいそうな気がして頭を左右に振り思考を振り払った。
今自分は、それどころでないと。
「その後話は聞いたのか?」
『イタチに?好きな子が誰かって?』
「おう」
『まさか。聞いたって教えてくれませんよ』
「聞けよ一応。それで悩んでたんだろ?」
『いやだから、悩んでないです』
平手でオビトの肩を叩き、しつこいとつっこむ。
「なんだよ強情だな!オレにくらい本心で話せよ」
『何をですか!なんでオビトさんに?シスイならともかく!』
「あ、おまっ…シスイになら言うのか!?オレの好きな子が誰か知ってるくせに、お前は教えないとかフェアじゃねぇ!」
『アカデミー生ですかあんた!大体オビトさんのは教えてくれなくてもバレバレなんですよ!リンさんが好きって誰がどう見たって分かるじゃないですかっ』
ギャーギャー言い合いをする姿は、いつもの二人だ。演習場にいる他の者たちも、「またやってる」と呆れて声をかけずに放置する。これがリクハとオビトの日常なのだ。中にはオビトを羨む者が数名いるが、二人がその事実を知るところではない。
互いに眉を吊り上げながら言い合いを続けていると、オビトがビシィ!と人差し指を突き出し少々乱暴に言葉を投げつけた。
「いい加減にしろよこの生意気鈍感娘!」
『なまいきっ…!?』
「お前イタチに好きな奴がいるって分かった瞬間あれだけ動揺して気にかけてたくせにまだ鈍感ぶる気か!自分の気持ちくらい素直に受け入れたらどうなんだっ!この生意気鈍感娘!」
『うわ、二回言った!』
「ああ何回だって言ってやるよ!お前が自分の気持ちを自覚するまでな!」
『自覚ってなんですか、リンさんへの必要以上なうざいアプローチを自覚してない人に言われたくないです!』
「だぁぁぁ!カカシだな、カカシが吹きこみやがったな!」
両手を後頭部に回し、カカシへの言葉にならない不満を「ギャー!」と声を出して解消するオビト。見ているだけでうちはの人間らしくない、なんとも愉快な人だとリクハはジト目を向けた。
「師弟そろって嫌いだオレは」
『…もうリンさんとの仲は取り持ちません』
「なんだよリクハ、オレはお前のこと大好きだぜ」
『うわっ……』
「引くな気持ち悪がるな!」
『戦闘以外で鳥肌立つなんて…』
「お前ってホントオレに対して失礼極まりないよな」
冷めた眼差しでリクハを見つめるオビト。こうゆう瞬間にも思うのだ、自分とイタチに対する態度がこんなにも違うということを、本人は自覚しているのだろうかと。オビトは小さなため息を吐いた後咳払いをして、改めてリクハと向き合い真剣な表情で口を開いた。
「まあ冗談はさておき…自覚しろっていうのは自分自身の気持ちのことを言ってんだオレは」
『私の気持ち?』
「そうだよ。お前さ、オレの前とイタチの前とじゃ天と地の差くらい態度違うの自覚してるか?」
『…媚びは売ってませんよ』
「そうゆうんじゃねえよ。要はだ、イタチの前だと女子なんだよお前は」
『………え』
「イタチを見る時のお前の目は、完全に女子だ」
『……え、冗談やめてくださいオビトさん』
「イタチに好きな奴がいるって分かった途端びーびー騒いでたのに?」
『それはただ単に気になっただけでっ…』
見て見ぬふりを、していたのかもしれない。
「違うだろ。オレにも、師であるカカシにも、親友のシスイにも見せない顔を、イタチの前でお前はするんだ。優しくて、穏やかで、幸せそうな、花が咲いたような笑顔をあいつには向ける」
『…………』
「それは、幼馴染だからとかじゃなくて…」
心のどこかで、やめて欲しい、それ以上は言葉にしないでと懇願している自分がいた。その事実に触れてしまったら、もう今までの自分には、戻れなくなってしまう気がしたから。
「…イタチのことが好きだからだろ」
DAY.2
(本心に触れた日)
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