例の事件からリクハが目を覚まして数日が経った頃、少し体に異変が起きていた。どこかが痛むとか、体調が思わしくないとか、病気や怪我の類ではないのは医療忍者である本人が一番よく分かっていた。
では原因は?と問われると明確な答えがないのだが、とにかくハクセンとの口寄せ契約をし新たな力を手に入れてからこう…無意識のうちに全ての感覚が研ぎ澄まされてあらゆる"声"を感知できてしまうようになったのだ。
声というのは物の例えで、表現しづらいが気配や自然の気の流れが分かるようになって来たのだ。もともとリクハは感知能力に長けている忍ではないが、人並み以上だったものがさらに高まり過ぎて、常に頭の中が騒々しくなる程だった。
気を張っていないと無意識のうちにその…生命の流れのように計り知れない何かが押し寄せてくるようで、ここ数日はあまり眠れていない日が続いていた。
『イタチ大丈夫?』
「…?何がだ?」
『なんかいつもより、疲れてるみたいだから』
「…すまない。顔に出てたか?」
『あ、ううん。何かそんな感じがしただけ』
退院祝いをしたいからというミコトからの半ば強制的な誘いを受け、通い慣れた幼馴染の家で一夜を過ごす。アカデミーから帰って来たサスケはリクハの訪問に飛んで喜び、フガクとミコトからは「神手」を受け継いだことを祝福された。
複雑な思いを抱えながらもなんとか悟られることなく温かな時間を過ごすと、待ち受けている現実から目を逸らしたくなった。
「お前も少し疲れてるようだが…」
『早くこの力に慣れたくて、夜通し資料を漁ってる』
「その目の下の隈は寝不足が原因か?」
『ハハッ…まあそんなところ』
サスケたちが寝静まった後、イタチとリクハは縁側に座り他愛も無い会話をしている。任務を終えてイタチが家へ帰って来た時感じたのは、精神的な疲れの蓄積。今までは長く一緒に居る幼馴染の勘という理由で変化に気づけていたが、今はまるで違うのが分かる。心の中を覗く事はできないが、イタチのチャクラの動きを通して気持ちの揺れ動きのようなものが明確に分かるようになっているのだ。
これまで鈍感と言われ続けて来た自分は一体どこに行ってしまったのだろうと、イタチに意識を集中し過ぎないように視線を夜空に浮かぶ月へと移動させた。
「神手の事について調べているなら、オレも協力しよう」
『ありがたいけど、でもイタチ、医療忍術は…』
「確かに専門外だが、うちはとは関わりの深い力だ」
『この間貸した本もう読んだのっ?』
「ああ、熟読したよ。今はシスイが持ってる」
『…さ、流石はイタチ』
「別に普通だ」
両手で抱えないと持っていられないくらいの厚さと重さのある古い書物を、イタチはたったの二日で熟読したらしい。専門用語と古典的な文字が羅列していたというのに、それをよくもまあ二日で…自分は五日はかかったというのに。
「何か協力できることがあったら言ってくれ」
『うん、ありがとう』
「お前が継いだ力なら余計に知っておきたい」
『………』
ただ何の意図もなくイタチに視線を向けたら、頭を優しく撫でられた。いつもなら特別何かを感じることはないのだが、今日に限ってはイタチの穏やかな表情と共に優しさ、親しみ、安心、愛情が入り混じったような気持ちが伝わってくる。なんだか照れくさくて白い歯を見せはにかんでから、イタチを直視できなくて視線をまた移した。そして話題を変える。
『そ、そういえばさ…』
「ん?」
『私、イタチにお礼を言ってなかった』
「お礼?なんの?」
イタチの視線を感じつつ、リクハはリンの意識が戻らずに試行錯誤を繰り返していた時のことを思い返していた。仙波の医療忍術が一切通じず、回復の糸口が見つからず行き詰まっていた時のことだ。
リンを想う一心だったと理解していたが、オビトからの期待や言葉が不安と葛藤を生み、正直言って自分の力に自信喪失しかけていた。いつもなら前向きに負けず嫌いな性格が働くのに、相手がリンという親しい間柄にあるというだけで恐怖していた。もし助けられなかったら、死んでしまったら、そんな最悪の結果ばかりを考えてしまっていた自分。そんな最中、やはり背中を押してくれたのが幼馴染のイタチだった。
「オレは何もしてないさ。お前の力だ」
『ううん、イタチのおかげ。いつもここぞって時には支えられてる』
「…それはお互い様だ」
悩んだ時、壁にぶつかった時、悲しい時も、苦しい時も、嬉しい時も、どんな時でも互いが隣に居た。これからもそれは変わらないと思っているし、そうでなければならないとさえ感じる。そんな風に考えているのは自分だけだろうかと、互いに同じ思いを抱きながら顔を見合わせ微笑んだ。
『本当、イタチが幼馴染でよかった。ありがと』
「…いや」
リクハと幼馴染として特別な関係性で居れることには感謝している。だが今の言葉は、幼馴染でよかったという言葉は、彼女に対してそれ以上を望んではいけないということなのだろうか?余計な負担をかけてしまうことになるのだろうかと、イタチの中で一抹の不安がよぎった。
リクハはそんなイタチの思いに気づくことなくあの日の夜も、こんな風に月が綺麗だったなあなんて呑気なことを考える。
『(ん?…そういえばあの夜…)』
イタチの温かな腕の中、愛おしげな漆黒の瞳が自分を見つめている光景が蘇る。顔に熱が集中してくるのが分かった。よくよく冷静になって思い返してみたら、あの日の夜…自分はイタチに抱きしめられ不安な感情をぶつけながら泣いていたではないかと。
そして、その時に感じた気持ちも鮮明に。
『…!(私イタチに抱きしめられたっ…)』
「リクハ?」
『(待って!でもそれは幼馴染としてであって、慰めてくれてただけだ。うん、そうだよ。それしかない。変な考えはよそう私…)』
「おい」
『(そもそも昔からイタチは優しくて、だからああゆう…)』
「どうした?」
『え、うわっ!』
「…??」
急に黙ってしまったリクハを心配して、顔にかかった長い髪に指を添えて様子を伺ってきたイタチ。一人思い出に浸り焦っていたせいか、不意に触れられたことで驚き過剰な反応をしてしまった。絶対におかしいと思われたことだろう。イタチの表情が歪んでいる。
『ご、ごめんっ…ちょっと考えごとを…』
「リクハ…」
『な、なに?』
数回瞬きした後、心配そうなイタチの眼と視線が重なる。
「具合でも悪いのか?顔が赤い」
『なっ……!』
「熱でもあるんじゃないのか?」
『違うの、大丈夫っ。何でもない』
「…そうか?」
『うん!』
「ならいいが…。少し長話したな、そろそろ休もう」
時刻はとうに日を跨いでいる。
こうして二人で過ごす時はどこか居心地がよくて、つい時間の経過を忘れてしまうのだ。イタチの言葉に『そうだね』とバツが悪そうに答えたリクハがゆっくりと立ち上がり、それに続いてイタチも立ち上がる。幼い頃は泊まりとなれば同じ部屋へ向かっていたが、今はもう違う。成長を感じる。
『じゃあ、また明日』と控えめに挨拶をしてから背を向けようとした瞬間、イタチの手がリクハの手首を掴み待ったをかけた。
『!』
「リクハ…」
『…イタチ?』
少しばかり悲しみを含んだ幼馴染の漆黒の瞳が、不謹慎だが月明かりに照らされて美しいと思った。心臓の鼓動が少しだけ速まる。名前を呼ばれてイタチの言葉を待っている時間が、とても長く感じられた。
「一緒に寝よう」
『…はい?』
耳を疑う幼馴染からの衝撃的な一言に、目が点になり素っ頓狂な声が出た。
『え、待って、今、なんて…?』
「嫌か?」
『イタチ、言葉が足りなすぎてその…、変な意味に聞こえる』
「…そうじゃない。サスケと三人でだ」
ああなるほど、と心底納得した。
サスケを真ん中に、川の字で、だ。
昔から当たり前のようにやっていた。サスケが朝起きて喜ぶから、その顔が見たいのだろう。一瞬でもイタチの発言を疑ってしまった自分を恥じながらも、誤解を生んでしまいそうな幼馴染の相変わらずな話し方に苦笑いを浮かべた。
『安眠できそう』
DAY.1
(君の温もりが恋しいと感じた日)
*前 次#
○Top