アカデミーに入学して半月が経つ頃には、同期の女の子たちのほとんどが成績優秀で学年トップのイタチに対して憧れを抱いていた。彼は俗に言う眉目秀麗、文武両道というやつで、何をやっても完璧だった。

『(……ああ、しまった。せっかく潜入できたけど…)』
「(…主、ドウシタ…)」

今だってそれは変わらない。イタチに想いを寄せる子たちは多いと思う。生まれた時から隣にいて、成長を共にしてきた私にとって、イタチはずっと…家族、兄弟、そんな存在だと思ってた。

『(ハクセン…今日は保管庫に入れない。残念だけど…)』
「(?)」

けれどそんな思いは簡単に消え去って…そう思っていた頃の自分に戻れなくなった。否定し続けているけれど、本当は…オビトさんの言う通り。
事件が起こる少し前、イタチに想い人がいると知ったあの日から…私は自分の気持ちをどうやっても押し殺せなくなった。
見て見ぬふりをしていたけれど、意識もしない心の深いところにある何かが、今も小さな悲鳴を上げ続けている。

『(…今日の警備を欺ける自信がない…)』
「(はたけ、カカシか?)」
『(いいえ…。私の、幼馴染…)』
「…(この気配は…。気のせいか?)」

完全に気配を気取られる前に、紺色のフードを目深にかぶりリクハはその場からそよ風のように姿を消す。保管庫の前に立つイタチは面の下の瞳を気配のした方へ向け、己の研ぎ澄ました感覚に疑問を抱くのだった。



イタチにとっての休暇とは、正直不要なものだった。暗部での任務に忙殺されている方がよっぽど有意義だと分かっているからだ。彼の最優先事項は忍として経験を積み、一日でも早くより強い力を身につけること。任務よりも休暇を待ち望んでいる同期の少年少女たちと比べてしまうと、根底の意識からして異なっている。
そんな、天才がゆえに異端的な思考を持つイタチだが、全ての事柄において…という訳ではない。

「悪いなリクハ。付き合わせて」
『ううん、どうせ私も今任務に就けないから』
「退屈か?」
『んー、まあ。実戦に出られないのは』
「お前らしいな」

休暇は不要だが、幼馴染であるリクハと過ごせるならば話は別だ。イタチは長い髪を後ろ手に結びながら"女の子らしくない"発言をする幼馴染に、小さな笑いをこぼした。死と隣り合わせの任務に就くことを恐れず、己の成長のため経験を重ねることに意欲的なリクハ。心身共に強いくノ一だと改めて思う。

『ねぇイタチ』
「なんだ」
『だいぶ伸びたし、髪切ろうかな…』
「え?」
『ちょっと邪魔で。いっそ短く…リンさんくらいに』

そう言ったリクハは結んだ髪の束を手に取り、毛先に触れながらリンの姿を思い浮かべる。生まれてこの方ずっと腰辺りまでの長さを保っていたが、モヤモヤと蓄積され続ける気分を少しでも晴らしたくて、髪を切る。そんな安易な考えにたどり着いた次第だ。
修行終わりにリクハが茶屋へ行きたいと言ったので歩幅を合わせて歩いていたが、その問いかけを受けイタチがピタリと歩みを止めた。

『イタチ?どうしたの?』

不思議に思ったリクハが数歩先で立ち止まり振り返る。高い位置で結ばれている髪がさらりと揺れて綺麗だと思った。そう感じるのは、今に始まったことではない。物心ついた時から、リクハの柔らかな空色の髪が好きなのだ。幼い頃、よく髪を結ってくれとせがまれていた思い出が不意によみがえり、どうにかリクハの気持ちを変えなければと思った。

「切る必要はないと思う。やめた方がいい」
『短いと似合わないかな?』
「そうは思わないが…」
『なに?』
「…せっかく綺麗な髪をしているんだ。勿体無い」

少しばかり表情を歪めてそう言ったイタチの言葉に、リクハの視線が泳いだ。多分それは、彼女の中にあるイタチへの想いのせいだろう。女性にとって髪は命というように、好きだと自覚した相手からそれを褒められるということは、リクハでなくとも嬉々としてしまうものである。

『そ、そうかな…』
「ああ。綺麗だと思う」
『…ありがとう』

二度目には恥ずかしくて俯いてしまった。こんな時には可愛らしく微笑めばいいのだろうがリクハにはそれが難関で、嬉しい思いとは裏腹に味気ない感謝の五文字が限界だった。

「切るなよ?」
『う、うん。…でも、そんなに切ったら駄目?』
「駄目だ」
『(即答…)』

リクハの問いを上から叩くようにして払い除けたイタチに、なぜそこまで?と疑問が湧く。若干瞳を伏せ再び歩みを進めたイタチは、リクハの背後に立つとおもむろに手を伸ばし今しがた結ったばかりの髪を解いてしまった。

『えっ!!!な、なに!?』
「じっとしてろ」

突然の予測不能な行動にプチパニックを起こすリクハ。髪に触れられ心臓が一気に高鳴り、体が強張る。気持ちに気づく以前の自分であればこんなに動揺することはなかったのにと、心の中で悲鳴を上げた。そんなリクハの動揺を体の動きで察知しながらも、想いまでをも見透かすことのできないイタチは先程と同じ高さでもう一度髪を結い直すと、満足げな笑みを浮かべ「いいぞ」と束になった髪を手に取りサラサラと流した。

『し、縛り直してくれたの?』
「ああ。お前は昔から、少し雑なところがあるからな」
『(ガーンッ…。分かっていたけれども…)』
「クスッ。このままでいい。やっぱり切る必要はない」

ぽんっと束になった髪を手の上で跳ねさせ、穏やかな表情を浮かべるイタチ。若干顔を後ろに向けたリクハは、ショックを受けながら『分かったよぅ』としょんぼりとそう言った。が、次の瞬間にはその頬が桜色に染まりより一層鼓動を早くさせたのだった。

「オレはお前の長い髪を、昔から気に入ってるよ」


Y.4
(互いの気持ちが少しだけ近づいた気がした日)


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