二日目の朝。

「イタチ」
「シスイか…リクハは?」
「とりあえずサクラとナルトが足止めしてる。今のうちに行くぞ」
「そうか。すまないな」

昨日のこともあり、シスイが気を利かせて先手を打ってくれていたらしい。今日は二人でアカデミーでの特別授業を任されているから、あんな状態のリクハをくっ付けていくわけにはいかないのだ。それこそ教師としての立場で行くのに示しがつかない。リクハには内心悪い事をしたなと思いつつも、昨日のような態度ばかりされていては自分の身が持たないのも確かで。
イタチは軽くため息をつくと、シスイと共にアカデミーへ向かう。

「昨日は大変だったな」
「ああ…。早くいつものあいつに戻ってもらわないと困る」
「…それは大好きなリクハが可愛くて困るからか?」
「…おい…シスイ…」
「ああ、すまんすまんっ。ちょっとからかっただけだ」

人の気持ちなど露知らず、隣でクスクス笑っているシスイにイタチは不服そうな表情を浮かべる。
イタチが抱いているリクハへの想いは知っているから、昨日は必死で止めに入った。しかしよく考えてみれば薬の効果があろうとなかろうと、どうせ二人は両想いなのだからそんな必要なかったなと思っていたところだ。ただ、イタチとリクハが両想いだという事は二人から相談を受けるシスイだけしか知らない秘密。

「役得だと思えばいいんじゃないか?」
「何言ってるんだお前…、リクハは薬のせいであんな状態になってるんだぞ」
「いや、まあそうなんだが。お前を好いてる事に変わりないだろ」
「だからって、素直にあれを受け入れてどうなる」
「リクハは喜ぶだろうな」
「…本心じゃない相手と向き合っても意味はない」
「そうか?それは向き合ってみないと分からないだろ」
「………」

ニッと人懐っこい笑顔を向けてくるシスイの真意がわからず首を傾げたイタチ。その言葉はリクハと向き合って気持ちに応えてみたらどうだ?と後押しされているみたいで、正直良心が崩れそうになるのが自分でもわかった。
もう何年も前から想いを寄せている相手にあんな態度を取られれば、誰だって嬉しくないわけがない。それはイタチも例外ではなく、いけないと分かっていても今の状態のリクハを受け入れてしまえたらどんなにいいだろうと思ってしまう。

「ま、オレだったら例え本心じゃなかったとしても受け入れるけどな」
「本気か?」
「ああ。それがどうしようもないくらいに好きな奴ならな」

今はこの前向きさが羨ましいとさえ思った。
シスイは隣で思い悩んでいるイタチを横目に小さく微笑むと、内心「がんばれよ」とエールを送った。



入学してからたったの一年で卒業したアカデミーには、あまりいい思い出がない。同じクラスの男子生徒からは「優秀」というだけで目をつけられ、その後いろいろあって上級生とのトラブルにも巻き込まれたりした。
学ぶ忍術と言えば生易しいものばかりで、当時のイタチにはアカデミーで学ぶことはほとんどなかったと言ってもいい。唯一の救いと言えば、イタチと同じく一年でアカデミーを首席で卒業したリクハがいたこと。ほぼ同じレベルで物事を考え話せる存在は、あの時のイタチにとって貴重な存在で校内でもいつも一緒に過ごしていたことを思い出した。

「こうしてアカデミーの生徒たちを相手にするのも、悪くないな」
「お前はいつも警務部隊の精鋭を相手にしてるからな」
「お前だって、暗部でくせ者ばかり相手にしてるだろ」
「…まあな」

シスイのもっともな意見に、苦笑いを浮かべるイタチ。お互いに苦労の絶えない環境に身を置いているからか、今日のアカデミーでの特別講師という仕事には癒しすら感じた。目の前には自分達を尊敬し、目をキラキラと輝かせた子供たちが必死に努力している前向きな姿がある。

そんな姿を毎日毎日見守りながら仕事ができたらどんなにいい事か。けれど、やはりこの場所どこか光り眩しいのだ。自分たちには無縁の世界で不釣り合いすぎると、校庭で遊んでいる生徒たちを眺めながらそう思わずにはいられなかった。

「あーっ!いたいたあそこっ」
「キャーッ!やっぱり近くで見るとさらにかっこいいっ」
「本物のイケメン!美男子!ね、誰から行く!?」
「あんたから行きなさいよっ」
「え、やだよ!みんなで行こうよっ」

二人から少し離れた場所にある物影に集まり、談笑しているイタチとシスイを盗み見て黄色い歓声を上げる数人の女子生徒たち。朝ここについた時点で教室の窓から何人かの女子生徒がこぞって顔を出し、「ワー」「キャー」言っていたのだがここにいる数名はそれだけでは足りなかったのだろう。

手にはそれぞれ何かプレゼント的な物を抱えており、誰が先に渡しに行くかと揉めている。年頃の女の子たちのそんな可愛らしい行動を、これまた少し離れた物陰から目を光らせ見つめている人物が一人。

「そう言えばこの前、リクハとの任務で…」
「プッ…!」
「なんだ…?」
「イタチお前それ、無意識なのかっ?」
「???」
「ハハハッ…!」
「おい、何を笑って…」
「いや悪いっ。…お前はいつも、こうやって会うたびにリクハの話してるなって思ってさ」
「なっ……」

何気ない会話をしていたのに突然リクハの話題を振ってくるイタチに、シスイはふとそんなことを思った。もちろんイタチは意識なんてしてなくて、言われて初めて気づいたことだがそんな自分に恥ずかしくなる。
少しだけ頬を染めて、バツが悪そうに視線をそらした親友にシスイはクスクスと笑いをこぼした。

「大好きだもんな」
「からかうのはよせっ…」
「リクハが聞いたらなんて言うか…な、イタチ」
「お、おいっ…それはっ」
「あの…!!」
「「??」」

リクハにだけは絶対に言うなと念押ししようとしたところで、イタチの言葉を遮った声に振り向く二人。そこには恥ずかしそうにキョロキョロと目を泳がせている数名の女子生徒たちがいて、イタチとシスイは顔を見合わせ「?」を浮かべた。

「どうした?オレたちに何か用か?」

どんな相手でも人当たりの良いシスイがそう尋ねれば、女子生徒たちからは「話しかけられた!」「かっこいい!」と歓声が上がる。それを聞いて意図がつかめたのか、イタチはすぐにため息をつきシスイは苦笑いを浮かべた。

「あ、あああの…これっ!」
「これは?」
「イ、イタチさんとシスイさんに食べて欲しくて…つ、作りました!」
「オレたちに?」
「は、はい!迷惑じゃなければ受け取ってくださいっ…!!」

無言の自分に変わり対応するシスイを横目に、流石だなと思った。女子生徒の一人が頭を深々と下げ、勢いよく弁当らしき包みを差し出してくる。するとそれを皮切りにほかの生徒たちも何かの包みを差し出して来るものだから、シスイは少しだけ顔を引きつらせて「気持ちは嬉しいが…」と受け取れない意志を示そうとしたその時だった。
ついに彼女が、姿を現したのは…。

『私の許可なくイタチに手作りのお弁当ですって…?』
「へっ…?」
「「……!?」」

ゴゴゴゴゴッ!という嫌な効果音と共に殺気を含んだ恐ろしい声に顔を上げる女子生徒。イタチとシスイがまさか…と唾を飲みゆっくり声のした方向へ振り返ると、そこには鬼の形相で女子生徒たちを睨みつけるリクハの姿があった。

『この私を差し置いてイタチに手作りなんて、100万年早いわーっ!』
「うわあぁぁっ、仙波リクハさんっ!?」
「無理!この人には勝てないっ、すみませんでしたぁぁぁっ」
「「………」」

どこから湧いて出て来たのか、リクハの登場に驚き一目散に逃げ出した女子生徒たち。いつもの彼女なら、『わぁ。すごいね、イタチ受取りなよ』と言っていたところだろう。
だが今のリクハは薬によってイタチに心底惚れ込んでいる状態。逃げていく女子生徒たちに『しゃー!』と牙を突き立てる姿は、凄まじいものだった。

「…リクハお前…ナルトとサクラと修行じゃあ…」

渋い表情でそう問いかけるシスイを無視し、リクハは不機嫌丸出しでイタチに詰め寄る。

『ちょっとイタチ』
「リクハ…どこから…」
『今のなにっ?私以外の女の子から、て、手作りのお弁当だなんてっ』
「いや、今のは…」
『ありえないっ。絶対駄目!シスイからも言ってよ!』
「受け取ってなかっただろ?」
『それでも嫌なのっ。他の子が寄り付くのがいやっ』
「…お前だってよく変な虫付けてくるだろ」

シスイの言葉にあーでもない、こーでもないと反論するリクハ。小さく頬を膨らませてむくれている。いつもなら絶対にあり得ないことだが、これはあれだ。「やきもち」というやつだ。
イタチはシスイに宥められているリクハを見つめながら、正直可愛いなと表情を歪めた。

『ねぇ、イタチッ』
「…な、なんだ」

拗ねたような表情で顔をグイッと近づけられたかと思えば両手を力強く握られ、今度は子犬のように潤んだ瞳で見つめられくらりと眩暈を起こしそうになった。

『約束して欲しいの』
「なにを…」
『他の子からのプレゼントも手料理も受け取らない…』
「……」
『私のことだけをちゃんと好きでいるって…』

想いを寄せるリクハから熱い視線でそう言われたイタチを覗き込むと、その破壊力に完全にフリーズしていた。シスイは薬の効き目の恐ろしさとリクハのかわいさに恐怖を感じ、イタチからリクハを引き離す。

『それに私ねっ』
「おい、これ以上イタチに…」
『お弁当作ってきたんだから!』
「…あ"〜っ、リクハ〜〜」

お弁当=リクハが料理をしたという事実に頭を抱え項垂れるシスイ。

『愛情がたくさん詰まってるの。食べてくれるよね、イタチ』
「…いや…気持ちだけ受け取ることにするよ…」
『……それって、私の作ったものは嫌いだから食べたくないってこと?』
「リクハ違う。そうじゃない…」

今にも泣き出してしまいそうなリクハの表情に怯むイタチ。決して食べたくないわけではないのだ。好きな相手が作ってくれた手料理なら、むしろ食べたいというのが男の願望だろう。
だがそれはあくまでも…食べられる物が出てきたときに限るのだ。

『イタチのために作ったのに…』
「…本当に、気持は嬉しいんだ」
『だったら…っ』
「リクハ、お前いい加減にしろよ?」

ああ、こんな時だからこそシスイがいて良かったとそう思わずには居られなかった。

「またオレたちを、"あの料理"で殺す気か」
「………」
『え…?なんのことだっけ?』


かわいさとそれとは別件です
(イタチ、情に流されて食うなよ…絶対)
(危ないところだった…)


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