やっとの思いで修行場まで来ると、先客がいる事にすぐ気づいた。会えて嬉しいが、今一番会ってはいけない相手のような気もする。イタチは見慣れすぎたその後ろ姿に、嬉しくも複雑な気持ちを抱いたまま歩み寄り声をかけた。

「…リクハ」

今日が薬の効果が切れる日だとは聞いているが、実際のところはどうなのだろう。ここ最近の行動から察すれば、自分の存在を見つけるやいなや抱きついて来るのが定石だが…。イタチは恐る恐るその表情を伺おうと隣に並び、覗き込む。
すると同時にトクンと心臓が高鳴るのが分かった。

「どうした、リクハ…」
『…イタチ…』
「なんでお前…」
『…うっ……』
「泣いてるんだ…」

嫌な冷や汗が頬を伝う。
大きな瞳に涙を溜めて、イタチの存在に気づいたリクハは表情を歪めて唇を噛み締めた。一体何事かとたじろいでいるイタチに、リクハは『イタチのバカッ…』と言われる身に覚えのない罵声を吐き捨てた。

「お、おい…」
『うぅ〜…っ。イタチの浮気者〜っ…』
「…なんでそうなる」
『だって、だってさっき道端で女の子にっ…』

『告白されてた』とついにポロポロと溢れ落ちる涙。まさか見られていたとはつゆ知らず、完璧に気配を消すリクハに感心すらしたが今はそれどころではない。イタチは参ったなと言わんばかりにため息をつき、リクハの涙を拭うため手を伸ばした。

「リクハ、泣くな」
『だって…っ…イタチが…』
「?」
『他の子に取られちゃうの、凄いヤダよ…っ』
「………」

なんという破壊力だろう。
今にも消え入りそうな声で大好きで大好きで仕方のない幼馴染からそう言われ、もういろいろと崩壊寸前だ。これが所謂ヤキモチという奴なら、それはもう嬉しくて堪らない。泣いているリクハには申し訳ないのだが、可愛くて仕方ない。

『誰のものにもならないで…』
「…リクハ…」
『…私だけの、イタチで居て…っ』

潤んだ瞳に上目遣いで放たれた一言は、崩れかけていた理性を崩壊させるには十分過ぎるものだった。薬の効果はもう直ぐ切れる、ダメだと分かってはいる。けれどこんなに愛して止まない想い人から伝えられる気持ちに応えられない方がもう苦しくて嫌だった。

イタチはリクハの涙を拭うと、力強くその体を抱き寄せた。突然の事に驚きはしたが、大好きなその温もりや香りに包まれリクハはイタチの肩に顔を埋めたままゆっくりと目を閉じる。

「オレはずっと、お前だけを見て来た」
『え…?』

閉じて目はその言葉に驚きすぐに開かれた。

「他の誰かなんて考えた事もない。ずっとそうだ」
『………』
「お前がこんな状態でこんな事を伝えるのは不謹慎かもしれないが…オレは」
『……』

やっと伝えられる。消えてしまう記憶だと、叶わないと分かっていてもこの僅かな時間だけでも気持ちが重なり合うのならそれで良いと思った。
イタチは少しだけ体を離し向き合うと、真剣な眼差しでリクハを見つめる。

「オレは、お前の事を…」
『っ…!』
「…リクハ?」

イタチがそこまで言いかけた時、突然リクハを襲った激しい頭痛に表情を歪め頭を押さえる。一体何なんだと見当もつけずにいると、更に痛みは増し視界がフラフラと揺れ動いた。

『…っ…』
「おいっ…どうした」

なんて言うタイミングの悪さだろう。そう感じずにはいられない。意識が朦朧とし立っていられなくなると、イタチが体を支えてくれた。そのまま幾度と無く自分の名前を呼ぶイタチの声が聞こえたような気がしたが、遠のいて行く意識に逆らう事が出来ず次第に視界が暗闇に包まれてしまった。




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