済んでしまった事を気に病むな。そうシスイは言ってくれたけど、この気まずい雰囲気を作ってしまった張本人からするとそうも言っていられないわけで…。

「話ってなんだ、リクハ」
『えっと…あの』

数歩先を歩くイタチの背中を見つめながら、やっぱり怒ってるよなあ…と肩を落とした。いつもならなにも気にせず話せるのに、こんなに気まずいなんて。ただ言葉を発する作業がこんなにも難しいことだとは思っても見なかった。

『シスイから…いろいろ聞いて』
「…そうか」
『……怒ってる、よね?』
「オレが?」
『う、うん…』

リクハの問いかけに足を止めて振り返ったイタチ。面と向かって顔を見る事ができずに何度か目を泳がせる。

「怒る必要がどこにあるんだ?」
『えっ?…怒ってないの?』
「何に対して」
『それは、私の…勝手な行動とか…諸々』
「…お前、まさかそんな事をわざわざ謝りに来たのか?」
『う、うん…』

少しだけ呆れたようにそう言ったイタチの反応が意外で驚いた。シスイとサスケの言ったことは本当だったらしい。温厚で優しい性格なのは知っているが、さすがに今回はと思っていた。が、今回もイタチは「怒ってるわけないだろ」と確かにそう言った。ああ、なんて優しいんだろうと思わずにはいられない。
本当に記憶がなくて、でもあの薬がどんな物なのかを知っているからこそ絶対イタチに迷惑かけたに違いない。そう思っていたと伝えれば苦笑いを浮かべながら何もなかったから安心しろと返された。

『あまり聞きたくはないんだけど…』
「なのに聞くのか?」
『…聞かない方がいい様なことした?』
「……」
『え…ちょっとなんで黙るのっ…まさかっ』
「いや待てリクハ。逆に何があったら嫌なんだお前は」

自分とリクハのどこまでがアウトなのかという線引きはもちろん違うだろう。だから聞かない方がいいこと、と言うのがどこまでの事なのかが分からず答えに困る。

『…じゃああの…。逆に聞くんだけど、どこまで要求してしまったのでしょうか…』
「…………」

医療の知識を深めるため読み漁った実例書の中に、この薬を使用した人間のそれがあった事を思い出しリクハはげんなりした表情でイタチに問いかけた。シスイからは語られなかったイタチしか知り得ない内容が、聞きたくはないが気になってしまう。そして全力で謝罪がしたい。それはもう地面におでこを擦り付けるほどに。

「…大丈夫だリクハ」
『へっ…?』
「オレが嫌だと感じた事は何もなかった」
『………』
「だから本当に気にしなくていい」
『(すっごい気を遣ってくれてるっ…!)』

こんな優しいイタチに対し、自分はさぞ好き勝手に暴れまくったんだろうなと思うと胸が痛い。イタチもイタチできっと言いにくいこともあるだろうし…これ以上自分が気になるからと言って詮索するのは彼の心遣いを無駄にしてしまうとリクハは腑に落ちない点は多々あるが無理矢理に何もなかったという事で納得することにした。

「ほら、帰るぞ」
『えっ、あ…いいよイタチ!一人で帰れるから』
「いいから、早く来い」

穏やかな表情で歩き始めたイタチの姿を見つめながらリクハは困った様に少しだけ立ち尽くし、

『……なんでそんなに優しいかなぁ』

と小さくそう呟いた。



『ねえ、イタチ』
「ん?」
『聞いてもいい…?』


薬の効果が切れるまで一緒に居たい。そんなことを言われて残りの数時間を一緒に過ごす。月明かりに照らされた木ノ葉の里を見渡せる高台から見る景色は、実に綺麗だった。この場所が好きでよく来るんだと話してくれたリクハは今、イタチの肩に頭を預け寄り添う様に座っている。

他愛も無い話をしている最中、頭が痛いと言い出したリクハ。これは薬が切れる兆候で多分そのうち睡魔に襲われて眠ってしまうと説明してくれた。それから数十分。うつらうつらしてきた意識を呼び戻そうと、繋いでいたイタチの手をぎゅっと握りしめてそう切り出したリクハの問いかけに首を傾げた。

『薬の効果が切れた後も、私のこと好きでいてくれる?』
「……」
『私が今の気持ちを忘れちゃっても、イタチの気持ちは変わらない?』

物心ついた時から明確になったリクハへの気持ち。きっと分からなかっただけで、もっと前からあったんだろうなと今では思う。例えリクハに気持ちがなくても、この想いが消えてなくなることは絶対にない。そう言い切る事ができた。

「変わらないな、オレの気持ちは」
『ホント?』
「ああ」
『じゃあ、約束ね…。はい』

そう言って差し出されたのは、繋いでいない方の手の小指。そんな些細な行動にも愛おしさを感じ迷う事なく小指を絡ませ指切りすると、破っちゃダメだよと嬉しそうに微笑むリクハがいた。

『私もずっとイタチのこと好きでいるから』
「…そうか」
『他の誰かを好きになっちゃダメだよ』
「じゃあ…オレからも一つ、頼み事だ」
『ん?』

指切りをし一度離れたリクハの手を再びぎゅっと握りしめ、月明かり照らされた空色の瞳に自分だけを映す。そして、形のいい桜色の唇にそっとキスを落とした。数秒の間の、触れるだけのキスに優しさを感じる。唇が離れゆっくりと目を開けると、穏やかな表情で自分を見つめているイタチがいて。そして…。

「…気持ちを忘れて元のお前に戻ったら、またいつもみたいに幼馴染のいい奴になるんだろうなオレは」
『……』
「でも、どんなに時間がかかってもオレはお前のそばにいたい。だから…」

だから…。

「…必ずオレを選ぶと、そう約束しろ。リクハ」

そう言って綺麗に微笑んだイタチの想いをしっかりと胸に刻みながら、リクハはゆっくりと目を閉じ意識を手放した。


覚えていたい事があるんだ
(それは果たされるかどうかも分からない、君との曖昧な約束)


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