私の病の原因は、よく分からない。
生まれつきのもので、遺伝だと言われている。
物心がついてすぐに亡くなった母も、私と同じ病だった。
症状は前触れなく段階的に悪化していく。
今も記憶に焼きついて離れないのは、人形のように床に伏せ、涙を流しながら息を引き取った母の最後だ。
*
『いつ見ても、杏寿郎さんの剣技はお見事ですね』
「そう思うか!」
『ええ。文武極めれば洗練され、美の領域に達す』
『お婆様の言葉です』と、優しく微笑んだ灯華がいつもの座敷で花を生けながらそう言った。庭先で振るっていた日輪刀を鞘に収めた煉獄は、彼女の生ける花こそ言葉通り美の領域に在るものだと微笑を浮かべ縁側に腰を下ろす。
自分が贈った花たちに、毎度欠かすことなく命を吹き込んでくれる灯華。その姿は儚くて、とても美しい。眺めているだけで心が和み、いつも癒しを与えてくれる。
『杏寿郎さん、梅の花の花言葉を知っていますか?』
「俺は花には疎い!考えたこともないな!」
小ぶりな筒型の花器を両手で持ち、近くにあった棚の上へ置き飾る。使われている花はたったの二種類で、色味も決して派手やかではないが、質素ながらも和室に合う控えめな仕上がりとなっていた。
『"不屈の精神"です。こんなに可愛らしい花を咲かせるのに…言葉の意味はまるで杏寿郎さんのようですね』
振り向き様にふふっと着物の袖を口元に当てながら微笑んだ灯華。花を生けている時の凛とした姿を眺めるのも好きだが、やはり穏やかに笑う彼女の笑顔はいつもたまらなく愛おしい。
「こっちへおいで灯華。話をしよう」
そう言って右手を伸ばし、自分のそばに来るよう促すと、灯華は可愛らしい笑みを浮かべて歩み寄って来てくれる。差し出した手に彼女の細身な手が重ねられると、煉獄は壊れ物を扱うかのように優しく握りしめて隣に腰を降ろさせた。
『あの、杏寿郎さん?』
「ん?」
『この間の縁談の一件、まだちゃんと御礼をお伝えしていませんでしたね。…本当に、ありがとうございました』
深々と頭を下げて感謝の言葉を口にした灯華。あの一件以降、一族間の繋がりにはとても慎重であった祖母のお鶴が破竹の勢いで不徳な輩が当主を務める家とは縁切りしていったものだから、面倒な行事事に駆り出されることも、くだらぬ権力闘争に巻き込まれることも無くなった。お陰で灯華とお鶴の評判はガタ落ちしたが、煉獄にそれを伝えると豪快に笑って「一件落着!」と喜んでいた。
彼からしてみれば感謝されることなど一つもなくて、灯華に近づく害虫を駆除できて万々歳なのだ。
「礼など不要だ!当然の責務を果たしたまで!」
『でも、結果凄く助かりました。祖母も喜んでいましたし』
「うむ!そうかそれはよかった!!」
ハッ、ハッ、ハッー!と視線を庭に向け愉快に笑う煉獄を横目に、灯華は少しだけ顔を俯かせて膝の上に乗せていた右手をきゅっと握りしめた。
『そ、それと、あの…』
「なんだ!」
『お、お話を立ち聞きしてしまって…ごめんなさい』
「最初から気配には気づいていた。気にするな!」
『(で、ですよね。柱ですものね…)』
「それに君は、昔から気配を消すのが下手だ!」
『えっ…!(ガーンッ)』
そうだったのね!と内心ツッコミを入れるも恥ずかしかった。もしも隊士だったら致命的弱点じゃないかと自分の才のなさに幻滅した。が、気を取り直し言葉を続ける。
『凄く…嬉しかったです』
「???」
彼女は俺の妻になる女性だ!
『あのように、言ってもらえて。凄く嬉しかったです』
あの時のことを思い出すだけで気恥ずかしくなり灯華の頬が桜色に染まる。煉獄杏寿郎という一人の人間を慕い続け、想いが通じ合い、もうどれだけの月日が経ったことだろう。いつ死ぬかも分からない人生を互いに歩んでいるからこそ、まさかあの言葉を言ってもらえる日が来るとは正直思っていなかった。まさに奇跡。ここまで生きることを許してくれた神に感謝したい。
「うむ!あの場で俺が言ったことに嘘偽りはない!全て本心だ!」
下唇を噛み締め感極まりそうになっている灯華の手をグイッと引き寄せ、強制的に視線を重ねる。小動物のような丸い目が、自分を不安げに見つめ戸惑っていた。
『き、杏寿郎さん…?』
「俺は灯華の気持ちが聞きたい!」
『えっ?』
「あのような情緒も無い状況で言いたくはなかったのだが」
『………』
ゆっくりと立ち上がった煉獄が、灯華の目の前に移動し両手を取り優しく握りしめた。可愛らしい少女から見目麗しい心の清らかな女性へと成長した灯華を見つめていると、今までの思い出が走馬灯のようによみがえる。
幼い頃、まさにこの部屋で花を生けていた灯華に心を奪われ知らずうちに恋に落ち、気づけば最愛の人にまでなっていた。短命だと言われ続けて来た少女はもうすぐ立派に成人を迎える。その日が来たらとは思っていたが、病は確実に彼女を蝕み待ってはくれない。
ならばせめて、ほんの僅かな時間だったとしても…愛おしくて愛おしくて仕方がない灯華のため、最高の幸せを与えてやりたいと強くそう思ったのだ。
「君はただ、俺と幸せになることだけを考えろ!」
『…えっ…』
握っていた手がパッと離れ、煉獄の大きくて温かい両手が灯華の頬を包み込む。そして次の瞬間には額をこつんと重ねられ、優しく細められた瞳から逃げられなくなった。
「俺と結婚しよう!!灯華!!」
そう言った杏寿郎さんの、太陽にも負けないくらい眩しくて優しい笑顔に…私の目から涙が溢れた。
そして…少しでも長く、この方のそばに居たいと切に願った。
純愛を全て君へ
(一章.完)
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